農文協が運営する農業情報サイト「ルーラル電子図書館」で読者が注目した『季刊地域』の記事を連載形式で公開します。
今回ご紹介する「水田フル活用」コーナーは、各市町村で作成されている「水田収益力強化ビジョン」に基づく、地域の特色を生かした魅力的な産地つくりの実現に向けて、基礎知識の再確認、栽培技術、各地の実践事例など参考になる記事を作物別にセレクトしました。*この記事は『季刊地域』2022年秋号(No.51)に掲載されたものです。
八田浩一(農研機構 作物研究部門畑作物先端育種グループ)
68品種をグループ化すると
国産小麦の生産量はおよそ90万tで推移しており、輸入小麦が490万t弱なので、およそ15%を自給しています。その15%を構成する品種は68(2021年)にも上り、品種名をパッと見ただけではどこの地域でつくられているのか、どんな品種か、何に向くのか、専門家でもわかりにくいのが正直なところです。
海外も同様に品種数自体はとても多いのですが、加工利用上よく似た性質を持つ品種をまとめてASWとか1CWといった銘柄として流通させているので、生産者以外のユーザーに品種が認識されることはほとんどありません。
日本には複数品種をまとめた銘柄で流通するという制度はありませんが、デンプンとタンパク質の性質に注目することで品種をグループ化することができます。
タンパク質とデンプンの話
話を始める前に、小麦のタンパク質とデンプンの質について少し予備知識が必要になりますので、ちょっとだけおつきあいください。
小麦がこれだけ世界中で食べられている理由の一つは、小麦粉のタンパク質が生地をこねているうちにグルテンを形成することにあります。このグルテンにより、細長い麺に加工すれば独特の食感が得られ、こねた生地を発酵させれば炭酸ガスを生地内に保持してパンをつくることができます。品種のグルテンの強さは、強力粉・中力粉・薄力粉の用途とおおむね一致するので、ここでは品種も強力的・中力的・薄力的と分類することにします。
小麦が種子に蓄えるタンパク質は大きく三つ、グルテニン、グリアジン、アルブミンがあります。グルテンとは、このうちのグルテニン、グリアジンを主成分とする粘弾性のある混合物を指す言葉で、グルテンの強さはグルテニンというタンパク質の質で決まることがわかってきました。
一方、デンプンの質も、加工した際の製品の食感(触感)に大きな影響を及ぼします。デンプンは、アミロースとアミロペクチンという二つの成分に分けることができます。
通常の小麦のデンプンは30%程度がアミロース、70%程度がアミロペクチンで構成され、アミロースがゼロに近い状態を「もち」と呼んでいます。小麦はアミロースを合成する遺伝子を三つ持っており、通常のデンプンから「もち」まで様々なバリエーションができます。本記事中では、通常アミロース、やや低アミロース、低アミロース、もちという4種類の品種群に分類します。
さらに小麦は、粒の硬さという性質により硬質小麦と軟質小麦に分類されます。硬質小麦は製粉時に損傷デンプンができやすく、これが酵素の分解を受けやすくなるため発酵の持続にプラスに働きます。一方、うどんなどに使う小麦粉に損傷デンプンが増えると、製品からもちもちとした食感が損なわれてしまいます。そこでパンや中華麺用には硬質小麦、日本麺や菓子用には軟質小麦が主に用いられます。
硬質品種——パン・中華麺に
さて、ここから各グループとその代表品種を紹介していきます。初めに硬質品種についてグルテンの強いほうから順に説明します。
▼パン用のブレンドに
まずは、グルテンの強さが超強力的な品種群から。北海道の「ゆめちから」、埼玉や長野の「ハナマンテン」で、両品種ともアメリカの育成系統KS831957を親に用いており、生地の強さ、タンパク質含有率の高くなりやすい性質を日本品種に持ち込んだ画期的な品種といえます。
また、これらの品種はアミロース含有率が少し低い、やや低アミロースという特徴があり、これによりパンがもちもちした食感になります。
▼パスタ用もある
強靭なグルテンを持ち、通常アミロースを持つのは北海道の「北海259号」、通称「ルルロッソ」です。パスタに加工するならこの性質が必須。東北から北陸向けの「銀河のちから」も同様の特性を備えています。輸入銘柄ではSH(セミハード)が近い遺伝的特性を持っていますが、タンパク質含有率が異なるので生地物性はだいぶ異なるようです。
▼パンを焼くならこれ
パン用品種として私たちが目指しているのはカナダの硬質小麦の銘柄1CWの加工適性ですが、現時点でまったく同じカテゴリーに入る品種はありません。同じくらいのグルテン強度を持つ品種としては、少し強めの「春よ恋」、同じくらいの「はるきらり」「はる風ふわり」といったところでしょうか。「せときらら」は少し弱めです。「ゆめかおり」と「はるみずき」も、少し強めのグルテンになる素質を持っていると思います。いずれも特性を発揮するには原粒で12%以上のタンパク質含有率が必要です。
これらの品種群もやや低アミロースで、通常アミロース品種群主体の1CWとはやや異なります。今やもちもちしたパンが国産小麦パンの特徴みたいになっていますが、今後はより汎用性の高い通常アミロース品種を育成せねばと考えています。
▼その他の硬質品種
フランスパンは皮(クラスト)を楽しむパン。皮にパリッとした食感と味わいが求められます。適度に柔らかなグルテンと通常アミロースという遺伝的な特徴が求められるこのカテゴリーにはまる品種は今のところありません。「さちかおり」はフランスパンを狙って育成された品種で、弱めのグルテンの特性は似ていますが、やや低アミロース品種なので皮の水分の戻りがやや早くなります。
また、中華麺などに用いるには、生地が強すぎると、引っ張って細く伸ばす、あるいはロールで麺帯を圧延するときに狙い通りの太さにするのが難しくなります。「ぷつっ!」という食感が欲しい場合は通常アミロースの品種が向いています。九州の「ミナミノカオリ」はパンだけでなく中華麺やそうめんなどにも使われています。ラー麦こと「ちくしW2号」も、あえて分類するとこの仲間。東北向けの「ゆきちから」、その後続品種の「夏黄金」も同様です。
軟質品種——うどん・製菓に
次に、軟質品種のグループを紹介します。日本麺(うどん)には中庸な強さのグルテンを形成する中力粉が求められます。近年、育成が進んだパン用品種が注目されていますが、現在でもうどん用中力粉が国産小麦の主な用途です。
輸入銘柄として主にうどん用に使われるASWは通常アミロースの銘柄。以下に紹介する国産小麦品種はやや低アミロース品種が主なので、ブレンドの相手として用いられます。また、小麦の種皮が白いこともあり、明るくさえた色のうどんができます。
▼もちっとした食感のうどん
うどん用としては「きたほなみ」は国際的にもトップクラスの品質を持ち、国産小麦のイメージを大きく変えました。やや低アミロースで、もちっとした食感のうどんができます。アミロースが少し減ってうどんが柔らかくなるところを、少し強めのグルテンでバランスをとっています。東海地域で栽培されている「きぬあかり」や「さぬきの夢2009」も同様の特徴を備えます。
うどん用としては変わり種の部類ですが、アミロース含有率がさらに低い低アミロース品種が「あやひかり」と「チクゴイズミ」。グルテンの質は「チクゴイズミ」のほうがしっかりしています。両品種ともに様々な粉にブレンドで用いられることが多いようです。
▼製菓にも向く広い用途
少し固めのうどんには通常アミロース品種が向き、さらに固いうどんが好まれる地域ではグルテンも強めの品種が使われています。東北で広く作付けされてきた「ナンブコムギ」は通常アミロース品種で、タンパク質含有率を上げればパンも焼けるというしっかりしたグルテンを持ちます。
同じ通常アミロースでも、関東の「さとのそら」のグルテンは柔らかく、通常アミロースとは思えないふんわりとしたうどんができます。製菓用としても多く用いられています。
さらに、菓子用として育成された東北向けの「ゆきはるか」「北見95号」も実用化段階です。ただし現在の民間流通では、菓子用については品質によって価格を高くするランク区分がありません。これが普及へのハードルになりそうですが、国産小麦の用途を拡大するうえで期待したい品種です。
新しい用途に期待、もち小麦
アミロース含有率がゼロになるよう育成されたのがもち品種。「もち姫」が岩手県で、「モチハルカ」が九州で栽培されるようになりました。いずれも硬質小麦で、単独での加工は難しそうですが、ブレンド利用を中心に様々な用途が開発されると思われます。
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ここに取り上げなかった品種も含めると、全部で70品種余りが自給率15%ほどの日本で流通しています。これは種子生産関係者の日々の努力の結晶であることをご理解いただいたうえ、このディープなバラエティを活用いただければ幸いです。
『季刊地域』2022年秋号(No.51) 「ここまで来た 国産小麦品種 輸入小麦を急追、約70品種が流通」より