3月30日、東京・渋谷の駅前を、乗用車の車列と歩道の人混みに挟まれて30台ものトラクタがデモ行進した。この「令和の百姓一揆」が訴えたのは、農村で農家がどんどん減っている実態と、資材費高騰や農産物の価格が上下するなかで農業を続けるには所得を補償するような制度が必要なことだ。
『季刊地域』No.61(2025年春号)では、農家が減った理由を農業政策やデータから振り返りながら、農家を増やすために各地で動く人たちを取り上げた。
(『現代農業』2025年5月号「主張」より)

深刻なのは「農業」より「農村」
「私が『農家が足りない!』と感じるのは、自治会のクリーン作戦や農会のため池周辺の草刈りや溝掃除の人員が年々明らかに減っていること。主力メンバーも70代です。今はまだよいとしても、私自身は圧倒的に若手に入るので10年後がマジで心配です。人員が減るとどうなるか? 1人にかかる労力負担が倍になったりというよりは、やむをえず管理をあきらめる箇所が年々増えているっていうのが現状です」
これは、『季刊地域』No.61(2025年春号)の特集「農家が足りない! 増やすために動く」に掲載した記事の一節。農家の中には、ふだん同じようなことを感じている方が多いのではないだろうか。
この20年で農家の数は半分近くまで減っている。2023年時点で116万人いた基幹的農業従事者数が今後20年で30万人まで減るという政府の予測もある。では、なぜ農家は減ったのか? それは政府・農水省がそういう政策を進めてきたからだ。一つは、全農地の8割を担い手に集積しようとしてきたこと。目標としてきた23年度でもようやく6割を超えたところだが、あくまでも8割をめざすのか、担い手への集積をやめる気配はない。それに、長く続いた低米価の影響もあるだろう。「令和の米騒動」と騒がれた昨年来の米価急騰だが、店頭価格が2倍以上に跳ね上がったのは、前年までの米価が低すぎたからでもある。とくにコロナ禍と資材高騰が重なった2021・2022 年は、統計による稲作農家の時給がわずか「10円」だったことが最近話題になっている。
新しい食料・農業・農村基本法は制定されたが、こと農村政策に関してははなはだ心許ない。農家が減るのは自明のことで、農業のほうはスマート農業と企業参入でなんとかすればいい、というのが政府の本音ではないのか。
冒頭の引用にあるように、農家が減って困るのは農業以上に農村の暮らしである。農山村に人々が暮らすことは、国土保全や生物多様性の保全にもつながっており、都市住民もその恩恵を受けている。むらで暮らす人たちは、農家の減少を前提とはしない。では、農家を増やすために何ができるのか、『季刊地域』No.61(2025年春号)の特集から拾ってみよう。
「スモールスタート農業」急増中
冒頭で農家が足りない現状を話してくれたのは、神戸市北区淡河町でIターン就農した森本聖子さん(46歳)。森本さんは、地域の有志4人が社会人向けに始めた「マイクロファーマーズスクール」運営メンバーの一人でもある。
大都市近郊で人口が多いとはいえ、農業に関心を寄せ一歩踏み出す都市住民がこれほどいるのかと驚く。農業以外の仕事をしながら自給自足の暮らしを目指す人を対象にこの学校が開校したのが20年9月。以来、年間18万円の受講料を払って、4年半の間に64人が修了。うち19人が、神戸市が設けた準農家制度ともいえる「ネクストファーマー」となって農地を借りている。地域の特産物であるテッポウユリの部会に入り専業農家として活躍する人や果樹農家になる人も現われた。
こうした「小さい農業」の広がりは静岡県浜松市でも起きている。ことの始まりは、2年前の農地取得下限面積の廃止だ。従来は50a(北海道は2ha)を原則に、新たに農地を取得するには最低限これだけの農地を所有あるいは借地しなければならない下限規準があり、新規就農のハードルとなっていた。農地法の改正でそれが廃止になったのが23年4月。浜松市では、22年度まで農地の新規取得(借地も含む)件数は年間1桁だったが、23年度は63件、24年度は100件に迫る勢いなのだ。
急増の背景には、「スモールスタート農業」と名づけて法改正を市民に積極的にPRした農業委員会の動きがある。農業算出額が500億円を超える浜松市だが、耕作放棄地は年々増え、現在は1000ha以上。その一部ではあるが、市中心部に近い宅地化が進んだエリアに小面積の農地が点在している。市の農業委員会は、こうした農地を「農ライフ」を始めたい市民と結びつけようと考えた。
大竹峻さん(41歳)は、10aほどの畑を3年契約で借りて農ライフを始めた一人。子供と野菜づくりを楽しむため市民農園を利用してきたが、昨年、農業委員に紹介されて畑を借りることになった。10aあればけっこういろいろな野菜をつくれる。なんと現在は無人の直売スタンドを設け、会社には副業申請するまでの「兼業農家」になった。
自身も畑を借りる農業委員会事務局の加藤裕さんは、宅地の間の細切れ農地は農ライフにピッタリで、農ある暮らしの提案で移住促進にもつなげていきたい、と話している。


遊休農地を活かして農家が育つ仕組み
神戸や浜松のような都市の近辺なら農ライフ、半農半Xによる小さい農業の需要が高そうだが、では中山間地域の農村部ではどうだろう。
各地で農家を増やすために取り組まれているのは、地域おこし協力隊の制度を利用した移住就農だ。長野県のJAみなみ信州ではJAと管内14市町村が連携。JAが新規就農研修を運営し、行政は地域おこし協力隊の受け入れを住まいの面でも支援する。島根県邑南町では、地域おこし協力隊にJAしまねのリースハウス事業を組み合わせ、ブドウ栽培を始める際の初期投資を抑える工夫をしている。
地域おこし協力隊として迎えた就農希望者を地元農家が支援するのは、新潟県上越市の川谷もより地区だ。一般に就農希望者の農業研修というとベテラン農家が受け入れることが多いが、個人で引き受けるのは負担が重い。そこで「川谷もより農地中間管理チーム」という仕組みを作った。
チームの構成は、先輩移住者農家と地域おこし協力隊員の就農希望者。高齢農家のリタイアにともなって出た田んぼを代表者が利用権契約し、チームとして米をつくる。就農希望者は、そこで一緒に米をつくりながら栽培技術とむらでの暮らし方を学び、慣れた田んぼの一部を借りて独立していくというものだ。
チームの田んぼでとれた米の販売代金は、栽培経費と協力隊員以外の労賃に充て、足りない分は中山間直接支払の交付金で賄う。この春には協力隊の任期を終え、農家(兼業農家)として独立する人がいる一方、昨年秋には新たな隊員がチームに加わっている。川谷もより地区では、「数軒の大規模農家だけではなく、大小かかわらず様々な農家がいるにぎやかな地域を目指そう」という地域づくりビジョンを掲げている。そのために継続的に就農希望者を受け入れようと考案したのがこの仕組みだ。

「まるっと方式」で就農希望者を受け入れる
新しい形の集落営農で農家を増やそうという動きもある。山形県飯豊町の山あい、中津川地区では、「地域まるっと中間管理方式」(魅力ある地域づくり研究所・可知祐一郎氏考案)による一般社団法人ふぁーむなかつがわを一昨年5月に立ち上げた。まるっと方式は、営農と農地の利用調整を担う一般社団法人を設立し、農地中間管理機構を通じて、地域の農地をいったんすべて一般社団法人に集積する仕組み。機構集積協力金が活用でき、担い手や自作希望者は「特定農作業受委託」によりこれまでどおりの営農を続けられる。高齢で続けられなくなったときは法人や他の担い手がバトンタッチするのだが、利用権はすべて法人に集積されているのでスムーズに引き継げる。
ふぁーむなかつがわ代表の鈴木泉さん(64歳)は、「地域自体がギリギリ」という危機感からまるっと方式を始めたという。そしてこの方式のメリットは、担い手ごとの農地の集約がやりやすいうえ、品目ごとの適地適作、「ゾーニング」が可能になることだと話している。具体的には、米づくりに加え、比較的手間のかからない露地野菜の特産品目をつくる。たとえば地区の中でもさらに山あいの宇津沢集落では、そこでしかつくれない伝統野菜の宇津沢カボチャ(1個1500円で売れる!)を増やしたり、川際の砂壌地にジャガイモを増やし雪室ジャガイモとして売る。
昨年8月には就農希望者が集まるイベントに参加し、20人もの人と面接しながらこうした地域の農業構想を話したそうだ。するとすでに一人が移住を決め、他にも3人の就農希望者がやって来て農作業を体験した。就農を決めた人はひとまず法人で雇用する予定だが、まるっと方式なら、まとまった農地を特定作業受委託で彼らに使ってもらうことも可能だ。一緒に働いてもらったうえで、独立したいと希望があれば応えたいという。
じつは同じ山形県内の山形市南山形地区でも、まるっと方式による一般社団法人南山形お互いさまの会が設立され、若い移住就農者を迎える準備を始めている。二つの法人はまるっと方式に農家を増やせる可能性を感じ、相談したわけでもなく同時期に動き始めたのだ。
大規模農家1軒で農地と集落は守れない
農家の後継者不足が言われて久しい。だが、身近に後継者が見つからなくても、土や作物にふれることを渇望し、それを生業としても自分の生活に取り入れたいと思う人が世の中に増えている。農村の側がすることは、そうした人たちを受け入れる態勢を整えることではないだろうか。それは就農希望者のためだけでなく、自分たちが暮らしやすくなることにもつながる。
国は、経営規模を拡大してコストを下げ、労力不足はスマート農業で補い、たくさんつくって輸出するような農業を理想としてむらに押しつける。そこには、都市住民に安価な食料を安定して届けるという国家としての大義もあるのだろう。だが、効率の悪い農業はさっさとやめて補助金に頼るな、それで足りない分は輸入したほうが安くすむ、という財政当局の意向もかなり強そうだ。
むらで暮らす当事者にとって大規模化はけっして理想ではない。「川谷もより農地中間管理チーム」を紹介してくれた鴫谷幸彦さんは最後にこう書いている。
「農地と集落機能を百年先まで守るためには、1軒の大規模農家でははっきりいって役立たずです。農地を守りながら、同時に農家を生み育てていく仕組みがなければ、私たちの夢はかないません。いまだ道半ばですが、若者が汗する姿が増えるたびに、人数以上ににぎやかさが増している気がします」
だから、増やすために動く。

(農文協論説委員会)