
全国のスーパーのお米の平均価格は3920円まで下がりました(5kg白米、6/9~15)。現在の高騰した米価はずっと続くわけではないでしょう。米価が下落した2014年、通常のJA出荷とは違う販売ルートがあったおかげで苦境を乗り越えた集落営農法人がありました。引きつづき『季刊地域』2015年冬号(No.20)の記事から、そんな事例を紹介したいと思います。
山口県阿武町・農事組合法人福の里、文・写真=編集部

役場のある町の中心部から車で20分以上、山道をひたすら上った標高400mの田んぼの中。(農)福の里がそんな場所に直売所をオープンして9年目を迎えた。
営業日は水・土・日祝のみだが、年間の売り上げは2500万円以上。しかもその半分は米や米の加工品で稼いでいるというから驚きだ。
●米価下落と交付金半減で3800万円の減収
福の里がある旧福賀村の福田地区は四方を山に囲まれた盆地で、地元では昔からおいしい米がとれる地域として知られる。農家1戸あたりの平均面積は1haと中山間地にしては大きく、法人ができる前は各家が大型機械を揃えて隣が新型を買えばうちも……と競い合いながら「おいしいお米」という地域の誇りを守ってきた。

当然農地への思い入れも強く、法人設立の時にはいろいろと反対意見も出たが「やれるまでは自分でやればいい。でも農地は誰かが守らないかん」ということで法人化に踏み切った。2003年のことだ。
その後、機械の更新や高齢化を理由に農地の集積は年々進み、5集落30haからはじまった福の里は、いまや7集落111.4haの農地を任される存在になった。
設立時から組合長を務める市河憲良さんは、「もらえるもんはもらって、出すもんは出さん」というポリシーのもと、中山間地域等直接支払や農地・水、最近では農地中間管理機構なども積極的に活用して、地域にカネを落とすことに力を注いできた。法人の取り組みは何度も様々な賞を受賞。「うちの法人がダメになるようなら、日本中の法人はダメになる」と市河さんがいうほどのモデル経営だ。だが、そんな敏腕組合長にとっても、14年産米の米価下落の衝撃はデカかった。なにせ主食用米の作付けはもち米2ha、コシヒカリは84haもあるのだ。
「だいたい3800万円ですかね」
米価下落と米の直接支払い半減(*)で減る収入だ。農協の概算金は前年より3240円安い1俵9000円。「こんな米価が続けばもうおとーさん(倒産)ですよ」と、冗談めかしながらも事態はやはり深刻だ。
*2012年までの民主党政権時代に導入された戸別所得補償が、1万5000円から7500円に減額になった。
●5kg2000円、価格では勝負しない
直売所と加工所は「地元のおいしいもち米でお餅をつくって販売したい」という女性部の熱い要望で、2007年に県の事業を活用して建設した。週3日ほどの営業だが、地域のお年寄りや女性たちにとっては、お小遣いを稼ぎながらおしゃべりも楽しめる、この地域で暮らす生きがいそのものだ。
13年の売り上げは約2530万円。そのうちお米は自慢のコシヒカリともち米を合わせて約700万円で、量にすると700袋(1袋は30kg)にもなる。販売価格はもち米が5kg2200円、コシヒカリの白米は5kg2000円、玄米30kgなら9000円と決して安いわけでないが、売り上げは年々伸び続けているそうだ。
「お客さんはここのお米はおいしいからって気に入って買っていくんですよ」
米の直売ももう9年目。30kg袋をじゃんじゃん買うようなリピーターのお客さんも、初めてのお客さんも「福の里のおいしいお米」を求めて山の中までわざわざ来てくれる。「安い米」がほしければ、近所のスーパーで買えば済むのだ。だから、直売所は安売り競争にはなじまない。
福の里にはじつは普段店頭には出していないもうワンランク上の米もある。こちらはタンパクの値が6.9以下のもので、玄米30kg9500円。14年は夏の長雨で量があまりとれなかったので、裏に隠しているのだが、「一番いい米が欲しいいう人も結構いるんで、早いもん勝ちって感じですね」。

●農協に全量出荷、買い戻して販売
「ここらの土質は4種類。米の味は土質で決まる部分が大きいですけ、ええ米がとれる田はだいたいわかっとるんですわ。そういう田の米は農協のカントリーに持ち込まずに、私が個人で経営するライスセンターで乾燥調製して袋詰め。連番がついた『エコ50』のシールを貼って農協に持っていくんです」
そうして出荷した米は袋ごとに検査してもらい、品質が1等米で整粒80%以上のものだけを、直売所用と組合員の保有米・縁故米用として福の里が農協から買い戻している。量は年によっても変わるが、14年産はだいたい2400袋、72tの予定だ。
じつは直売所をつくった最初の年は農協を通さず、米屋に直接売ったのだが「無検査米は売りづらい」と嫌がられてしまった。「やっぱりちゃんと検査して『ええ米』って証明してもらったほうがいい」。そう実感したので、翌年からは全量を農協に出荷して、いい米だけを買い戻して販売する今のやり方にした。
ただ気になるのは、農協から買い戻すときの米の価格だ。14年産米の場合だと、概算金9000円で出荷した米を、農協から1万3000円で買い戻した。直売所では安くても30kg9000円、1俵にすると1万8000円で売るので、損をするわけではないのだが、なんだか農協に余計に取られている気もする。「出荷までしなくても検査だけお願いすればいいのでは?」とも思うが、市河さんは「買い戻すっていっても我々は生産者だから。多少は最終精算で戻ってくるんですよ」。
それに保管場所や米袋についても農協に任せたほうがラクな面があるそうだ。JAあぶらんど萩は米の独自販売に力を入れているので(『季刊地域』2015年冬号65ページ参照)、ブランド米として販売できる福の里の米は他の米と分けて低温倉庫で保管してくれるし、オリジナルの米袋をつくってくれたりもする。どうせ検査するなら一度農協に持っていくことになるし、販売もすべて自分でやるとなると事務作業に手間がかかる。「お互いちょっとずつ助けあってって感じやな」
●保有米と縁故米に900俵!!
そして福の里では直売所以外に、市河さんすら把握していない米の販売ルートもある。それは組合員の注文する保有米や縁故米だ。組合員は事前に注文しておけば、直売所で買うより安く20袋までは1袋7000円、それ以上は8000円で無制限に購入できる。
14年産の保有米と縁故米は、全部で1800袋900俵分の予約があった。これは、直売所で売れる量のじつに3倍!! それだけでも法人の売り上げは1260万円以上になる計算だ。
かなりの量なのだが、買うほうの組合員は140人程度しかいない。高齢者も多いうえに、夫婦で1人ずつ組合員になっている家もあるから、戸数でいえば100戸ほど。
「子どもらに送るぶんを考えても多いわなぁ。みんなそれぞれ昔からのつきあいで、遣いもんに使ってるんだと思うけど」
市河さん自身も毎年個人的に約170袋を福の里から購入している。自分の家族用と萩市内の知り合いに売るほか、大阪に嫁いだお姉さんが、大阪の寿司屋や友人たちに注文を取ってまわったりしているのだそうだ。縁故米といってもお金はきっちり頂いており、立派な個人産直。大阪にもすっかり福の里ファンになった人が多くいるらしい。
直売所の脇にある精米機。中山間地域等直接支払交付金で購入した。縁故米は、JAや市河さんの家の倉庫で保管した玄米を、直売所で随時引き渡すことになっているので、そのまま精米できると大変な人気

市河さんは特別多いほうではあるが、他の組合員でも70袋や80袋の注文は珍しくない。昔から「おいしいお米」として知られる地域だけに、各家が萩市内や山口市内の飲食店や旅館などに、長年つきあいのある売り先を持っているのだそうだ。
「7000円や8000円で買った米をいくらでどこに売っとるんかは知りません。でも安く米が手に入るのは組合員のメリットですし、法人としても助かりますわ」
農家の縁故米は知人や親戚に無料や格安で配るお米だが、法人にとっては立派な商品だ。それに「注文数は毎年だいたい同じくらい。高齢で亡くなる組合員さんがおっても不思議と減りません。むしろ若干ですが増えてるくらい」。法人化しても、個人のつながりは強固なままということだ。
これまで保有米や縁故米の値段もずっと変えずにやってきたが、さすがに14年産は理事会で値下げの話が出た。直売所のお客さんとは違い、組合員はみんな農家だ。概算金が暴落したニュースは当然知っているだろう。
「でも結局値下げはやめましたぃね」
前述のとおり、ただでさえ法人の経営は苦しいのが実情だ。5kgあたり100円の値下げでも結構こたえる。
「値下げは数が多いぶん法人のほうが大変。でもお米を買ってくれる組合員さん一人ひとりにほんのちょっと高いのを我慢してもらえばこちらは大変助かるし、法人もつぶれないですむ。実際組合員さんからまったく文句は出てません。お米を買って法人や地域を応援してもらっとる、そう考えるようにしています」
米をめぐって地元でおカネがまわるしくみ、ここではうまく機能している。
(『季刊地域』2015年冬号〈No.20〉の記事「集落営農のおいしいお米 縁故米と直売所で72tは軽く売れます」を一部省略した内容です)
米価高騰を考える(全6回)
『季刊地域』2015年冬号「集落営農のおいしいお米 縁故米と直売所で72tは軽く売れます」の全文は、ルーラル電子図書館でご覧ください。