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試し読み季刊地域No.62(2025夏号)

富山

【有機農業 点を面にする】収量倍増、技術を磨いて自然栽培の聖地をつくりたい(なべちゃん農場)

2023年、富山県内で最初にオーガニックビレッジ宣言をした南砺市。もとより有機JAS、自然栽培、堆肥を使った栽培など、市内にはさまざまな有機農家がいたが、彼らが地域で仲間を増やしているという。

取材対象者:なべちゃん農場(富山県南砺市

『季刊地域』2025年62号

文・写真=編集部

生きものたくさん、山の上の田んぼに感動

 農薬も肥料も使わない、自然栽培の米づくりを始めて10年。例年田植えが終わると2回は除草機をかけ、それでも草に頭を悩ませていたのに、昨年は除草機の出番がまったくなし。10a当たりの収量は3俵から6俵に倍増! いったい何が起きたのか?

 4月下旬、南砺市内でも中山間地域に当たる太美山地区を訪れると、「なべちゃん」こと渡辺吉一さん(69歳)が迎えてくれた。

 兼業で米づくりをしていた渡辺さんが無農薬・無化学肥料の栽培を始めたのは20年ほど前。山の上の小さな田んぼとの出会いがきっかけだった。高齢でつくれなくなったと近所の人に頼まれたその田は「生きものがたくさんいて、土のにおいや素掘りの水路も少年時代と一緒だった。もう感動して、この田んぼはやらなきゃって思ったね」。

 当時地元の農協に勤めていた渡辺さん。殺虫剤の散布後に体調が悪くなることもあった。資材を販売する職員としての立場もあるから農薬は毎年買ったが、それからは徐々にすべての田んぼを無農薬に切り替えたそうだ。農協を定年退職するのと同時期に、自然栽培の「奇跡のリンゴ」で有名な木村秋則さんに米づくりを学んで「なべちゃん農場」を始めた。栽培面積は2haほどだ。

 自然栽培は、有機農業のように化学肥料・化学農薬を使わないことに加えて、その圃場から採れたもの以外は有機肥料であっても使わない栽培法だ。母親や親戚に「周りに迷惑がかかる、お願いだから除草剤だけはまいてくれ」と言われることもあった。しかし、なべちゃんはあきらめない。

 近所に心強い同志も現れた。市川孝弘さん(61歳)だ。市役所に勤めながら、10年前から自家消費用の米17aを渡辺さんと一緒に自然栽培でつくってきたという。定年退職を目の前に控えた2023年、なべちゃん農場の単収を3俵から6俵に押し上げた立役者が市川さんだ。

法人化したなべちゃん農場のメンバー。左から寺口淳子さん、渡辺吉一さん、市川孝弘さん、中島健二さん

雑草を抑える技術

 市川さんが探し当てたのは、栃木県にある民間稲作研究所。

「ここが草を抑える技術を持っていることを知って、まだ習いにもいってないのに、こりゃいけるぞって、ネットで中古のポット田植え機をぽちった(笑)」

 雑草を抑えるために苗は一般の稚苗より生育が進んだ成苗がいいという。それを植えるのに必要なのがポット田植え機だ。価格は65万円。「渡辺さん、こりゃやるしかねぇぞ、ってね」。

 同年、民間稲作研究所の理事長・舘野廣幸さんを2人で栃木まで訪ね、学んだことが次の二つだ。

▼2回代かき
 一般の代かきより水深を深く、田んぼに10cmほど水をため、1回目は雑草のタネを田面表層に浮かせるように代かきをする。水位を保って10日ほど待つと、発芽してきた草が見えるので、2回目の代かきに入る。この時も水はたっぷり。芽が出た雑草を一掃し、残ったタネは埋没させることができる。(p38参照)

▼ポット成苗の田植え
 本葉が5~6枚になった大きな苗を植えることで、田植え直後から10cm程度の深水で管理できる。田面を空気に当てないことでヒエなどを抑えることができる。

 それに、肥料を施さない自然栽培で収量を上げるのに重要だと2人が口を揃えるのが秋起こしだ。前年の収穫後すぐに浅く田んぼを起こしておくことで、翌春までに稲株やワラが分解され、堆肥と同じような効果を発揮するという。

同志がもう1人

  そんな2人に刺激された人がもう1人いる。渡辺さん宅の隣に住む松本一茂さん(51歳)だ。
「うちの田んぼは除草剤をまいてもヒエだらけなのに、渡辺さんの田んぼはきれいだったんですよ。それで、前年のような草だらけには絶対ならんぞって燃えましたね」

 松本さんが田んぼを父親から完全に任されたのは一昨年。誰に教わるともなく見よう見まねで作業したが、アゼ塗りが抜けていた。水が漏れては除草剤が効かず、ヒエだらけになってしまった。見かねた渡辺さんから乗用除草機を借りたりもしたが、時すでに遅し。草を退治できずに終わった。

 渡辺さんが自治会の寄合で「資材費が上がっていくのにこのままでは稲作が難しくなっていく」と自然栽培への転換を熱弁するのは聞いていた。だが、本当に除草剤を使わなくてもできることを、自分の草だらけの田んぼと比べて実感した。

 そこで昨年、渡辺さんに教わって8aの田んぼ1枚で自然栽培に挑戦。ただし、トラクタは集落の機械組合から借りるので、2回も代かきしたら費用がかさむ。深水代かきは1回にして、その代わり田植え後1カ月間ほどは、2~3日に1回、田んぼの中をお手製のチェーン除草器を引いて歩いた。ユーチューブを参考に、塩ビパイプとチェーンを買って3万円ほどで自作できたそうだ。

チェーン除草器を手づくりした松本一茂さん


 朝、出勤前にやるというチェーン除草、たいへんではないのか? 松本さんによれば、この面積なら30分ほどの作業だし、田に入るのは1カ月で終わった。ヒエだらけの田んぼと格闘した前年に比べたらラクなものだという。

 収量も10aに換算すれば6俵ほど。慣行栽培でつくる地域の平均は7・5俵なのでたいして変わらなかった。とはいえ8aだけでは、家族が1年間食べる量には足りない。自然栽培の面積をもう少し増やそうかという気持ちも湧いている。

移住者もやってきた

  自然栽培の”伝道師”、なべちゃんの下には地域の外からも人が集まるようになってきた。
 営業で地域を回っていた農協時代、訪問する高齢世帯からは「息子らは帰ってこん」という話をよく聞いたという。ほっとけば空き家は増えるし、人もどんどん減るという危機感があった。

 地元をにぎやかにしたい。そんな思いで3年前に始めたのが田んぼの教室だ。月に1度、自然栽培の米づくりを苗づくりから収穫まで体験するプログラム。参加費は3万円で、自然栽培米15kgがついている。

 参加者は10人ほど。農地を持っておらず農業はやったことがないという人たちが、金沢市など県外からも通ってくるそうだ。自分で食べる米を自分でつくってみたいという人も出てきた。

 そんな声に応え、卒業生の田んぼとして10aより小さい田んぼ5枚を新たに体験農場にした。作業のたびに通ってくる人もいるが、ここで暮らしたいという人も現われて、卒業生2人が渡辺さんに空き家を紹介され、米を自給する暮らしをかなえている。

 また、今年は米づくりの法人を立ち上げた。渡辺さんたちがつくる米が、東京の小学校の学校給食に通年提供されるかもしれないという話があったからだ。メンバーは市川さんと移住者2人。学校給食用には、10tの自然栽培米を確保しなければならない。販売価格は1kg950円!という話も出たとか。新たに借りる田んぼも増やして、なべちゃん農場を5haまで広げることにした。

みんな定年退職後の60代だが、若い人がやりたいと思える、給料を出せる農業のモデルをつくりたいと燃えている。地域に後継者を生み出していきたい。

 なべちゃんは言う。「ここを自然栽培の聖地にしたいね。いや、なりますよ!」。


「オーガニックビレッジ南砺市 無農薬・無化学肥料だけじゃない それぞれの有機農業拡大中!」という記事の一部です。続きは季刊地域62号をご覧ください。

特集 有機農業 点を面にする」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌でご覧ください。

  • ・オーガニックビレッジ進行中
  • ・有機農業でむらににぎわいを取り戻す
  • ・「三年晩茶」 放棄茶園の復活で地域が一つに
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