
『季刊地域』2025年秋号(10月6日発売)の特集は「米騒動の『次』へ お米と田んぼの誘引力」。いま米を自分でつくることに関心を高めている消費者と、そんな人たちに仲間になってもらおうと新しい試みを始めた農家・農村の動きを取り上げています。
熊本県津奈木町
『季刊地域』63号(2025年秋号)
文=編集部、写真=戸倉江里
日曜日に開催される米づくりの講習会
7月中旬、日曜日の午前8時30分。熊本県津奈木町にある「つなぎ文化センター」の大会議室を訪ねると、農家の坂口信行さんと町役場職員、県の普及員らが、9時から始まる「お米の学びなおし講習会」の準備を始めていた。
今日は今年3回目の講習会だそうで、水田除草剤の使い方や獣害対策の電気柵の設置方法がテーマだ。「受講者は勤めの人が多いから日曜日に開催して、時間も2時間くらいで終わらせる予定。午後は遊びに行きたいって人もいるだろうし」と、講習会の講師役を務める坂口さんが教えてくれる。
9時が近づくと、次々と受講者が会場にやってきた。「暑くなってきたし、前回より少し参加者は減るかなと思っていたけど、なんと増えました!」と講習会への関心の高さに驚き喜ぶ坂口さん。この日の受講者は24人、老若男女さまざまな顔ぶれが集まった。

担い手だけでは田んぼが維持できない
津奈木町は人口4600人ほどの中山間地に位置する町で、カンキツ栽培が盛んだが水田も110haほどある。ただ、田んぼは持っていても兼業農家で、農作業は地域の農業法人に委託しているという家も多い。
坂口さんは、そうした水稲の農作業を受託する(株)アグリ津奈木という法人の代表だ。地域の田んぼを守りたいと2018年に法人を設立し、水稲約4haとダイコンの栽培・加工とともに、地域の農家50軒以上から田植えや防除、収穫・乾燥調製などの作業を引き受けている。
だが、年々進む高齢化とともに、町内の耕作放棄地は少しずつ増えてきた。そして、アグリ津奈木には、坂口さんが「パンク状態」と感じるほど作業委託が殺到するようになった。
「80代以上のお年寄りから、もうつくりきらんからつくってくれって、お願いの電話がいっぱいきて。それも狭ーい田んぼ。イネ刈りの時期はスタッフ総出でイネを刈って、倉庫に持ってきてモミすりして。毎日その繰り返し。で、それが間に合わなくなってきた」
高齢化は今後も進んでいくし、このままでは田んぼが守り切れない。そう考えた坂口さんが町と相談して考えついたのが、自分で米づくりをする農家を増やすための「学びなおし講習会」だった。
米価高騰で「米くらいはつくらんばいかん」
町が予算を用意し、県の協力も仰いで今年5月から講習会が始まった。町内の兼業農家やその子供世代、今まで自分で米づくりをしたことがなかった人など町民なら誰でも無料で参加できる。講師は坂口さんや県の農業改良普及員が務め、苗づくりや田植えから収穫まで時期ごとの作業に合わせて、座学3回と現地実習6回の予定だ。
この講習会の企画が固まった頃、24年産米の不足がいよいよ明らかになり、米価がさらに上がり始めた。「そしたら、ミカン農家の息子で勤めに出ていた人が、ミカンはやめてしまうかもしれんけど、米だけはずっとつくりたか、って。今まで一回も田んぼに行ったことがなかったヤツがそんなこと言い出したり。米なんか買えばよか、って言いよった人が、米くらいはつくらんばいかん、って急に言いだしたりね、ハハハ」と愉快そうに話す坂口さん。米価高騰は町民の意識をずいぶんと変えたようだ。それが講習会にも追い風となり、広報誌などで参加者を募ると、すぐに20人の定員を超える応募があった。
除草剤の使い方に質問続々
9時になり、3回目の講習会が始まった。最初は県の普及員による除草剤についての座学からだ。

散布後3~4日は湛水状態を保つことや7日間はかけ流しをしないこと、3~6cmの水深を保つこと、粒剤、フロアブル剤、ジャンボ剤など剤型の違いを理解することなど基礎知識を解説していく普及員。配られた資料を手に説明を聞く受講者はみな真剣な面持ちだ。
受講者は、米づくり未経験だったり、田んぼを持っているが家族と一緒に見よう見まねで作業するだけだったりという人が多いらしい。坂口さんによれば、1回目の講習会では「米1俵」とは何kgか、「10a」とはどのくらいの面積か、といったことから教え始めたそうだ。
除草剤の説明が終わると、受講者から次々に質問が出た。
「除草剤をまいた後の水深の目安を教えてもらったが、それより深くてはダメだろうか」
「水深は先ほどの目安に合わせてもらうのがいいでしょうね。除草剤の処理層を土の表面につくるところがポイントなんです。その間は水が動かないで常にある状態にするということ」と普及員。
「でも、一番大事なのは水が抜けて土の表面が見えてしまわないことだから、水はダブダブに入っているくらいの状態でまいたらいい、と俺は思うけどね」と坂口さん。
さらに別の受講生から新たな質問。
「最近イグサみたいな雑草が生えてきたんだけど、あれはいったい……。ノビエと違って葉齢もわからなくて」
「おそらくホタルイですね。今回紹介した除草剤が効きますよ。たしかに散布時期はノビエの葉齢しか適用表に表示されていません。大きくなると効かないので、ホタルイを見つけたらすぐ、まだ小さいうちにかけるといいですね」
ちょうど雑草が増えてきた時期ということもあり、受講者の質問も具体的だ。講師陣の回答も、それに応える形で熱がこもっていく。
電気柵の解説と除草剤散布の実演
座学が終わると会場近くの田んぼに移動。ここは受講者の一人が所有している田んぼで、今回の実習圃場だ。その一角にはすでにイノシシやシカからイネを守る電気柵が設置されていた。柵の設置の良し悪しで、流れる電圧がどう変化するかを見てもらおうと、前日から坂口さんが準備しておいたものだ。
「電圧はテスターで簡単に測れます。漏電していなければ4000V以上あります。でも、アスファルトに近い位置に支柱を差したところは、動物の足が土に触れないので通電性が悪くなります。これだとイノシシが電柵に触っても効果が低い」
「電源本体が雨でぬれないようにと思ってコンテナに入れる人がよくいますが、これもダメ。湿気がこもって、本体が錆びやすくなるのでやめましょう」
中山間地では獣害対策が欠かせない。丁寧に説明を続ける坂口さんの姿から、米をつくるうえで大事なことをしっかり教えたいという思いが伝わってくる。

次に隣の田んぼで除草剤散布の実演が始まった。粒剤とフロアブル剤がどういうもので、使用する散布機はどう違うか、実際に散布して見てもらおうという狙いだ。「今回は、この時期でもまだ使用が間に合うトドメという除草剤をまいてみますよ。ノビエの7葉期まで使えます。イネには影響なくて雑草は減ります。どう効いたか、次回の講習会で結果を見てみましょうね」
こうして予定の2時間を過ぎ、講習会は終了となった。

学び直しの機会がありがたい
受講者は講習会をどう感じているのだろうか。
夫から講習会を受けてきてほしいといわれ、参加したという兼業農家の下田眞理子さんは「家族で米をつくっていますが、親から言われたとおりに作業しているだけ。講習会のおかげで除草剤のラベルの読み方や使い分けが自分でもわかるようになった。これまで同じ効果の農薬を重複して使ったり、ムダがあったことにも気がつきました」。
また、田植え機とコンバインを持っていて自分で作業もするという60代の受講者は……