2025年10月23日、『季刊地域』の執筆陣が語る全2回のセミナー「ゆるがぬ暮らしをつくる~『季刊地域』セミナー」が開催されます。セミナーを記念して、第1回講師・猪原さんの連載をご紹介。セミナーへの参加前に、ぜひお読みください。

執筆者:猪原有紀子(和歌山県かつらぎ町・くつろぎたいのも山々)
『季刊地域』63号(2025年秋号)「地域課題を宝物に変える商品のつくり方」より
「もったいない」では売れない
「廃棄フルーツ、もったいないから商品にしてみよう」
もし私がそんな発想からスタートしていたら、地域課題を巻き込んで開発した「無添加こどもグミぃ~。」はまったく売れない商品になっていたに違いありません。ポツポツは売れたかもしれない。でも、SNSだけで12万袋を売り上げるような共感の波は絶対に起きませんでした。
地域で起業する人が陥りやすい落とし穴。それが「地域課題から事業をつくろうとする」ことです。
耕作放棄地がある、空き家がある、廃棄フルーツがある。たしかに、それらは目の前の「もったいない」であり、地域にとっての課題です。でも、お客様にとってそれは関係のない話なんです。
お客様はとても忙しいです。子育て、仕事、日々のあれこれで手いっぱい。「なんかいいことやってるよね~」だけでは財布の紐は緩みません。

著者:猪原 有紀子
兼業農家でありながらソーシャルビジネスを複数立ち上げる。「無添加こどもグミぃ〜。」販売、「くつろぎたいのも山々」運営、女性の社会起業スクール「SBC」主宰、株式会社やまやま代表取締役。
生活者の不安・不満が出発点
私は現在、有形(無添加こどもグミぃ~。)・無形(社会起業スクールSBC)・施設(観光農園兼キャンプ場くつろぎたいのも山々)の3形態で事業を運営していますが、どの事業も必ず「生活者の不」から設計を始めています。これは商売の原理原則であり、例外はひとつもありません。
例えば、おやつの「不」はこんな感じです。「市販のおやつ、添加物が多すぎて不安」「お菓子買って~!とせがまれるのがストレス」「無添加と表示されていても、裏を見ると添加物だらけ」「カラフルで甘くて、子供が夢中になる本物の無添加おやつがない」「虫歯も気になる」。こうしたおやつに関する日々のストレスを、子育て中のお母さんは抱えています。
この「おやつストレス」をまるごと解消するために生まれたのが、無添加ドライフルーツ「無添加こどもグミぃ~。」。フルーツを特殊な技術で乾燥させただけ。なのにカラフルで、甘くて、柔らかい。子供が夢中になる罪悪感ゼロのおやつです。

「無添加おやつってマズイから子供は食べないんだよね~」
「無添加といいながら添加物入ってるやつでしょ」
そう疑っていたお母さんたちが、「無添加こどもグミぃ~。」を子供に与えてみて驚き「無添加なのに夢中で食べてる!!!!」。その写真や動画をSNSでシェアしてくれました。販売初日は150セットが即完売。 その後、共感の投稿が波のように広がり、SNSだけで累計12万袋突破。
販路の9割は自社通販サイトのみ。そこにSNS設計とマスメディア連携、いわゆる共感を届けるファネル(顧客が商品を認知し購入するまでの段階)をマーケティング視点で構築しました。
おやつストレスの解決策が廃棄フルーツだった
原材料のフルーツはすべて和歌山県内の行き場のない果物。形が悪くて出荷できないもの、余剰で廃棄されるもの。それらを毎月500kg以上買い取り、県内5カ所の障害者福祉施設で加工しています。
結果的に、フードロスも障害者雇用も「勝手に」巻き込まれていったわけです。主語を地域課題にしてはいけません。失敗します。そうではなくて、お客様(子育てママのリアルな課題)にフォーカスするんです。
提供者側の都合というのは、「障害者がつくってます」「廃棄フルーツ使ってます」こういう話です。それ自体は素晴らしい。でも、お客様にとっては関係がないんです。
お客様である子育てママが知りたいのは、「おやつストレスから解放されるかどうか」「子供が食べるかどうか」。「子供に怒らずに済む」「ノーストレスでおやつ時間が持てる」。その未来を見せることこそ、価値なのです。
生活者の課題を丁寧に見つめて、その解決策として商品を設計する。その結果、地域課題は後から自然とついてきます。
「地域課題」から考えたジャムやドライフルーツが売れない理由も、じつはそこにあります。それは提供者の都合であって、お客様の課題ではないからです。商品が売れない人は、提供者側の都合や地域の事情ばかりを語りがちです。それはまるで、初デートで延々と自分の話しかしない人のようなもの。そんな人、モテませんよね?
相手の関心に耳を傾け、相手の世界に興味を持つこと。ビジネスも、まずはお客様(相手)ありきで始まるコミュニケーションです。恋愛と同じで、お客様のことを知ろうとする姿勢がなければ、心も財布も開くことはできないのです。
お出かけストレス解決策としての耕作放棄地
もう一つ事例を。和歌山県かつらぎ町で私が経営している「くつろぎたいのも山々」。800坪の耕作放棄地を活用した農園型キャンプ場です。ここは、全国から年に7000人以上の子育てファミリーが訪れる、日本一お子様連れを歓迎する場所です。
開業当初の土地は、60年間放置された耕作放棄地でした。土地に入るには、軽トラ1台通れない崩れかかっている道しかなく、草がボーボーで中に立ち入ることができませんでした。
ここでも私が目を向けたのは「地域課題」ではありません。「子育てママのお出かけストレス」に目を向けたのです。
私は3兄弟を育てる現役ママなのですが、都会で生活していたとき、自然体験に連れて行ってあげたいけれど、トイレは汚いし、目を離すと危ないし、授乳スペースがないので駐車場まで戻って、車の中で授乳しなければいけない。さらに、野外であっても子供が騒ぐと店員さんや他のお客さんに気を遣ってしまい、「すみません、すみません」と謝らなければいけない。体力もしんどいけれど、気疲れもしんどくてまるで罰ゲーム。
子供が大暴れ、大騒ぎしてもOKな場所ないかな~。私が食事してる間、お兄さんやお姉さんが子供とその辺で遊んでおいてくれないかな~と思っていたんです。
日本全国探してもそんな場所が見つからなかったので、私は耕作放棄地に、大騒ぎ大暴れ大歓迎! 空調が効いた涼しい授乳スペースに、涼しいおしゃれなトイレでおむつ替えができる、さらにはずっとスタッフが子供と遊んでくれるという、お母さんにとっては天国のような自然体験施設をつくりました。

お客様の課題を解決するために、地域課題を巻き込んだおかげでグーグルの口コミ210件オール星五つ! 人口1万5000人の過疎地域でありながら、全国から子育てファミリーが訪れる場所になりました。近隣の方々からも「子供の笑い声が聞こえて嬉しいね」と声をかけていただいています。

結果として地域課題も改善されていく
地域を動かすのは、地域の課題じゃないんです。生活者の課題を、ちゃんと解決することなんです。
「地域課題を何とかしよう」。そう思って始めたのに、続かない。売れない。それは当然です。地域課題というのは、そもそも「地域の人」にとっての課題であって、「お客様」にとっての課題ではないことが多いからです。
耕作放棄地がある、空き家が増えている、福祉施設の仕事が少ない、農業の担い手がいない。それは全部、生活者にとって、急を要する「自分ごと」ではありません。朝ごはんをどうするか、保育園の連絡帳に何を書くか、夕方までに仕事を終えられるか。今日も子供に強くあたってしまった。 これが生活者が日々考えていることです。
暮らしの中で、「なんかイヤ」「ちょっとしんどい」「これがなければもっとラクなのに」そんな感情に耳をすませていきましょう。すると、最初に見えていた地域課題がまったく違う意味を持ち始めます。
廃棄されていたフルーツは、「子供に安心して与えられる、夢中になるおやつ」に生まれ変わる。60年間放置された草だらけの土地は、「子育てを肯定してくれる場所」に生まれ変わる。
地域の資源は、地域のためだけに使われる必要はありません。それを「誰かの暮らしの不満」を解消するピースとして使えば、ちゃんと価値が生まれるので、お金が動きます。人が集まります。結果として、地域課題も勝手に改善されていくんです。
これが、ちゃんと売れて、ちゃんと続く、地域課題を巻き込んだ商品のつくり方です。
