
「地域力」とは何かを探す旅。第3回のテーマは「手間」です。
私たちは手間は減らすべきものと思っていますが、鴫谷さんは、先輩農家が田んぼにかけてきた手間の中にあるものに注目します。
執筆者:鴫谷 幸彦(新潟県上越市・たましぎ農園)
田植えが終わった村は美しいなと思う。
真新しい布に縫い付けられた刺繍のように、水面にチクチクと並ぶ苗がかわいらしい。
水見の時間にきらめく朝の光も、仕事上がりの真っ赤な夕日も、透き通るような夜の月の光も、みんな田んぼに映り込む。カエルも喜んで鳴いている。
「手がかかる田んぼ」とは
「山の田んぼは手がかかる」と、よく言われる。手がかかる理由として一般的には「大小様々で形がいびつな田んぼ」であり「田んぼより畦畔(アゼ)が大きい」からだと思われている。
もちろん間違いではないけれど、実際に一番手がかかると感じるのは、田んぼに水を引き入れるまでの準備だ。とくに水源をため池や沢水、横井戸に頼る田んぼでは、各自が一枚ごとにあれこれ準備をしないとならない。
大量のスギの葉拾い、倒木の処理、泥上げ、雪やイノシシに崩された水路直し。「ソヨ」を作り直すのも入水前の大切な仕事だ(ソヨは山側から差す水を逃がしたり、田んぼに入れる水を温めたり、生きものが逃げ込んだりできる江のこと)。長いホースを駆使し、水源と田んぼを何度も往復しながら調整しようやく水が入る。これらの作業を一つ一つ丁寧にやらないと代かきはできないし、真夏に水が不足してしまう。
就農前の研修で管理を任された田んぼは、パカッと水門を開ければ水が入ったので、それが当たり前だと思っていた。ところが就農時に石谷集落で貸してもらった田んぼは、入水に手のかかる田んぼばかりでビックリ。でも「面倒な田んぼだから手放したんだな」とすぐに納得してしまった。
分けてもらったのは「いい田んぼ」だった
就農一年目から借りた田んぼは、私の管理がいい加減だったため水路や畦畔が荒れてきて、徐々に管理しづらくなり、まもなく収量が落ち始めた。村の先輩が管理していた頃と比べると、明らかにみすぼらしくなってしまったのだ。慌てても時すでに遅く、元の田んぼに戻すには何倍も手が掛かかった。最近になってようやく、元のように水が自由になり、つくりやすくなった。以前の姿を取り戻した田んぼは、なんだか喜んでいるように見える。
じつは研修先から分けてもらった田んぼは、普通の田んぼではなく、特別に便利な「いい田んぼ」だったのだ。そして石谷の田んぼもまた、手はかかっても水が豊富で困らない「いい田んぼ」だったんだと、就農から10年以上経ってようやくわかってきた。毎年の丁寧な管理のおかげで、ずーっと変わらずお米がとれる状態を維持していたことも知った。ガムシャラでも大掛かりでもない、小さな力と小さな投資で田んぼを良くし続けてきたのだ。「面倒な田んぼ」などと思ってしまった自分が恥ずかしい。
昨年、若者中心の「農地中間管理チーム」(注)で引き継いだため池の田んぼで大失敗をした。判断を誤ったため春作業が遅くなって水を無駄にし、真夏には水不足で田んぼに大きなヒビを入れてしまった。そのため秋も水がたまらず、秋の代かき(水持ちをよくし、春のため池の水を節約する技術)ができずじまい。結局この春に慌ててみたが、もはや水をためる機能はなくなっていた。
たった一回のミスが、長年作りつづけてきた田んぼを壊してしまったなんて。ショックは大きかったが、なんとか復活できないか、先輩方に相談しながらやれることを尽くしてみようと思う。
注)地域ビジョンとともによくなった10年 そしてこれからも! | 川谷もよりのビジョンづくり⑤参照
手をかけただけつくりやすくなる
近頃、春の田んぼの準備が面白くなってきた。手のかかる田んぼほど、手をかけただけつくりやすく、管理しやすくなる。この感覚が嬉しくてたまらない。
田んぼを手放した先輩農家たちは口では「難儀な田んぼだすけ、荒らしても仕方ねえこて」と言うけれど、内心はつくってほしいし、維持してほしいと思っているはず。そしてきっと「ああ、よくなったねー」「上手になったねー」と喜びたいはずだと思うし、私もみんなを喜ばせてあげたい。
大きさも形も様々な田んぼが並ぶ棚田はまるでジグソーパズルに見える。意図的に整えられた景観と違い、一人一人の手入れの集まりがつくり出す農村風景は本当に美しいと思う。ジグソーパズルなら1ピース抜けても完成しないし、壁に飾ろうとしても抜けたピースの穴から崩れてしまうのがオチだ。難しいことは承知で、なるべくすべての農地を守り続けたいという気持ちになる。

引き継ぐのは田んぼだけではない
国が義務化した「地域計画」。地域の農地を誰が利用していくのかという目標地図をつくるにあたり「守るべき農地」を話し合ったが、裏を返せば「捨てる農地」を決める作業でもあり、残酷だった。それは手のかかる不便な農地から順番に捨てられることを意味した。
地域の田畑や山林、道を守るということは、果たして不便を捨てることだけでいいのだろうか。不便を捨てることは、やがてなにもかも捨てることにつながっていかないだろうか。仮に村の外から大きな経営体がやってきて「守るべき農地」を引き継いだとしても、不便を感じれば捨てられるかもしれない。「守るべき農地」の選定ではなく、「残したい農地」を堂々と言える人を育て、増やしていかない限り、地域は本当には続かないように思う。
そのためには、田んぼだけでなく、手間の中にある「やりがい」や「技術」も一緒に引き継ぐことが大事な気がする。田んぼがよくなる喜びを知り、やがて田んぼへの愛が生まれたなら、田んぼを守る本当の地域力になるはずだ。そう考えると、未来へのバトンは田んぼではなく手間のような気がしてきた。
手間は捨てるべきものなんかじゃない。農家が見つけてきた、小さな力で暮らしを続けていくための技術なのだから。
地域力を探す旅
- #1 カズコさんの泥つきジャガイモ
- #2 普請はむらで暮らす入り口、むらを引き継ぐ場
- #3 田んぼの「手間」の中にある地域力

執筆者:鴫谷 幸彦(しぎたに・さちひこ)
1977年千葉県柏市生まれ。青年海外協力隊、出版社(農文協)勤務を経て、2012年に新潟県上越市吉川区の川谷もより地区で就農。水田2.2ha、畑80aの経営。『季刊地域』24年冬56号~25年冬60号で「川谷もよりのビジョンづくり」を連載。26年4月発売の65号には、筆者が講師を務めた「季刊地域セミナー」(25年11月28日開催)の様子を収録。
*本連載は、季刊地域WEBにて2カ月に1回掲載予定です。