閉園した保育所を人が集う拠点に
櫻井歓太郎
三重から
子供が少なくなり、むらの保育施設は減少傾向。伊賀市の比自岐地区にも、利用者が少なくて閉園した保育所がある。
バイクでその前を通りかかると、エプロン姿の母ちゃんたちが、市内から講師を招いてそば打ちをしていた。さっそく見学させてもらったが、彼女たちの元気のよさに終始圧倒されてしまった。
そば打ちをしていた母ちゃんたちは、月に1回開かれる「ワンコインカフェ」のメンバー。60〜70代の母ちゃんたち15人が、いつもは100円を出し合って、茶飲み話をする。「口だけじゃなく手も動かすよ」と比自岐住民自治協議会の代表・中西加代子さんは、端切れ布でのれんやティッシュケースなどの手芸品をつくっていることも教えてくれた。
この場所ではほかにも、福祉サロン「憩いの部屋」が月に1度開催されている。80代のメンバーを中心に14人が参加するという。
8月27日のサロンでは、夏休み最終日ということもあって、地元の子供たちも集まった。新聞紙を丸めてかごに入れる玉入れゲームを、お年寄りと子供たちが一緒にやって、世代を超えて大いに盛り上がったそうだ。
閉園してしまった保育所だが、地区の住民自治協議会が管理・運用して、こうした利用が可能になった。
みんなのお金で建てた自慢の公民館
板垣紫乃
宮崎から
高千穂町の野方野公民館は、急傾斜地にあったことから、15年前に場所を移転し、建て替えられた。
元手になったのは中山間直接支払の交付金。野方野集落ではこれを各農家に配分せず「むらのために使おう」と5年間貯め、2500万円を集めた。
建て替えた公民館は広い間取りで、グラウンドも併設している。前の公民館では、集落の寄合が月に1、2回開かれるだけだったが、改築して便利になったので現在の公民館の利用率は約2倍になった。
利用方法も幅広い。寄合はもちろん、伝統ある野方野夜神楽、集落の運動会などの行事に加え、高齢者の週2回のグラウンドゴルフや、スポーツ少年団の宿泊の受け入れもする。畳敷きの広い部屋や洋式トイレがあり、いろいろな備品もそろっているので、葬儀後の会食、結婚式の2次会、結納など、人が大勢集うときの会場としても便利がいい。
「近くのお寺から祭壇を譲ってもらって、ここで葬儀もできるようにしたいな」と、元館長の甲斐四郎さんは言っていた。
使用料を徴収し、それを公民館の維持費として充てているので、地区の公民館費を値上げせずに済んでいる。ちなみに、去年は使用料だけで二十数万円が集まった。
この公民館を中心に、お金も、人も、文化もまわっている地域だった。
復興ボランティアの無料宿泊所を開設した
若手農家集団
向井道彦
愛媛から
西日本豪雨から1年。被害の大きかった宇和島市の玉津地区では、土のうをつくって崩れた園地の土台にしたりと、現在も復興作業が進みます。
今でも継続的に来てくれるボランティアのため、今年の7月1日にできたのが「たま家」という宿泊所です。宿泊は無料。管理しているのは、地区の若手農家16人で結成した「㈱玉津柑橘倶楽部」です。空き家を活用し、市と農協と地元で家賃を折半することで実現しました。
たま家のおかげでボランティアの負担は軽減。以前は市街地の宿泊所までボランティアを送迎していた地区の人たちもラクになりました。
玉津柑橘倶楽部は高齢化が進む産地で、以前から園地を請け負って守っていくことを構想していた若手集団です。豪雨災害を機に、園地を手放す人が増えてはいけないと法人設立に踏み切りました。「自分たちまでつないできてもらったミカンを終わりにするわけにいかない」と、同倶楽部の宮本和也さん。干ばつや、台風の塩害を、みんなで協力して乗り越えてきたそうです。
復興は道半ばだと思いますが、みんなで立ち向かえる強さっていいなと思いました。ボランティアの受け付けは、伊予吉田営農センターが窓口です。ぜひ玉津地区に足を運んでみてください。
集落ブランド米で放棄地を出さない
宮本奈緒
千葉から
集落営農ではなく、ブランド米づくりで集落の農家がつながっている面白い集落があります。香取市佐原地区の旧東大戸村にある関集落です。
「この辺で放棄地がないのはうちだけだ」と、関営農研究会の代表・髙橋清行さん。関集落の水田面積は約40ha。全33戸のうち、18戸が稲作をします。1筆の面積は10〜20aが主で、大きくても30a。筆数が多いと、アゼ草刈りや水管理など作業も大変です。基盤整備をしていない関集落で、なぜ耕作放棄地がないのでしょうか。
「集落営農では、機械を動かせる人に稲作が集中して人任せになる」「稲作をやめると草刈りしなくなるし、仕事もなくなって、集落のまとまりも欠ける」と髙橋さん。専業も兼業も、老いも若きも、稲作を続けてもらうためには、集落での米づくりを誇りに思ってもらうことが大事だと考え、「関ほたる米」というブランドを立ち上げました。
関ほたる米となるのは、集落内で栽培されたコシヒカリ。梅雨が終わる頃になると関集落にはホタルが飛び交うことから名付けました。1kgあたり300円で個々の農家がそれぞれ販売。ほとんど直販でなくなってしまうそうです。
「経営は大事だけど金儲けだけじゃ米づくりはできない。地域づくりでもあることを忘れないようにしないと」というのが、髙橋さんの考えです。
パート代の一部を黒大豆で払う
三輪里子
広島から
北広島町にある農事組合法人「ほよばら」は、設立して24年になります。顔なじみのおばちゃんたち8人が、普段着でわいわい働いています。彼女たちの仕事はハウストマトが主ですが、時期や状況によって黒大豆の作業もします。
ほよばらでは、パート代の一部を黒大豆で払います。耕耘やタネ播き、定植、摘心、防除など、黒大豆の作業に関わった人に、働いた時間に応じて現物を支給します。収穫までにかかった労働時間の総計と、その年の収量から、1時間あたりの分量を計算。このやり方は、今年で4年目になります。
そもそも黒大豆の栽培を始めたのは、中山間直接支払の条件を満たすため耕作放棄地を出すわけにいかなかったから。ただ、人件費をどうやって工面するかが悩みの種でした。そこで、みんなで相談し、現物支給というやり方に踏み切ったそうです。
黒大豆は無選別のままで渡されます。お金をもらうよりうれしいという人もいて、味噌はもちろん、もちに入れたり、煮豆にしたり、黒豆しぼりにしたりと、黒大豆の加工を楽しんでいます。家で食べきれないものを、直売所で売っている人もいます。
ほよばらとして、黒大豆の栽培で利益が上がるわけではないけれども、現物支給で耕作放棄地を出さず、地域の農業を守ることにつながるのならそれでいいと、理事の松原徹さんは言います。
父ちゃんたちのやさしい野菜で
地域がにぎわう
吉田祐貴
広島から
庄原市七塚町に、毎週火曜日に集まって野菜づくりをしている「農楽会」という父ちゃんグループがあります。もともとは、高齢者独居男性のひきこもり対策のサロン活動で、2017年4月に約10人でスタートしました。
活動を支える市の補助金は、最初の年が5万円、以降は3万円、1万円と減額されてきましたが、農楽会は活動の幅を広げています。
庄原の中心街で毎月9日に開催される「しょうばら九日市」や毎月第4土曜日の「軽トラ市」で、自分たちのつくった野菜を対面販売したり、市街地に住む高齢者が買い物難民にならないように、地元の古本屋と協力して店頭に野菜を置いてもらったりしています。
栽培法にもこだわり、すべて無農薬です。「身近な人を思って丁寧につくってる」と、活動の発起人・永迫眞二さん。メンバーみんなでどこに何をつくるか作付け図にまとめてから作業に取り組みます。自慢の野菜に加え、元気の出る手づくり黒ニンニクもおすすめです。
昨年の豪雨災害後には、市内の避難所にある子供食堂へ食材を提供しました。ひきこもり対策だったはずの野菜づくりが、今では地域を支える活動にまで及んでいます。そんな農楽会の父ちゃんたちの「やさしい野菜」を楽しみに待っている人も多いそうです。
地域を離れた人ともつながる川路カレンダー
井上郁実
長野から
今年度から「川路カレンダー」をつくり始めたのは、飯田市の川路地区。地域の予定を記したA3用紙表裏の年間計画表です。4月始まりで、保育園・小中学校の予定、役員会・美化作業・避難訓練など自治会の予定、スポーツ大会など公民館の予定、祭りやマルシェなど地区のイベント、消防団の予定など、これ一枚で地域の予定が全部わかります。
このカレンダーを、地域住民はもちろん、川路を離れた人にも送り、地元の様子を知らせています。発案者の「川路まちづくり委員会」の会長・中島千明さんは、「離れていても地元とのつながりがあるということを思い出してほしい」と言っていました。
また、近年、地区には不在地主が増え、空き家戸数は100軒を超えました。不在地主が亡くなれば相続の問題になります。その土地をどうするかは相続した人が決めることですが、地元ではその場所の状況に応じた土地活用をしてほしいのが本音です。
中島さんは「売りに出すときに相談してほしい」と、このカレンダーを不在地主とのつながりづくりの一歩にしたいとのこと。役場の支所に相談窓口も設置してもらう予定です。
「祭りの日にみんなが日付を見て帰ってこられるように」と中島さん。いろんな人をつなぐ「川路カレンダー」、最高です。