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季刊地域Vol.57 (2024春号)試し読み

愛媛

【「使い切れない農地」活用】農家以外を巻き込む仕掛け 貸し農園と地域運営組織

全国各地で農村RMOの活動が盛り上がっている。愛媛県東温市では、遊休農地を活用した市民農園を運営。若い人に人気があり、移住促進にもつながっている。制度や仕組みも上手に取り入れた、これからの農地の守り方を取材した。

愛媛県東温市奥松瀬川地区、文・写真=編集部

1月末のぽんぽこ農園。ジャガイモを植えにやって来た親子がいた。バーベキュー場や休憩場所になるツリーハウスもある

山間の貸し農園 

 1月下旬、晴れて風もないとはいえ厳寒期の平日。今日は誰もいないだろうと聞いていた山間の畑で、小さい女の子を連れた若い女性が鍬を振るっていた。これからジャガイモを植えるという。松山市の自宅からは1時間近くかかるそうだが、ドライブがてらよく通って来るらしい。

 畑の名前は「ぽんぽこ農園」。愛媛県東温とうおん市の地域運営組織・奥松瀬川創生会議が運営しており、10aほどの面積に6m×3mに区切られた貸し農園が約50区画ある。年間利用料は1区画1万円。利用者は22人いて、複数の区画を利用する人もいるので29区画が埋まっている。

 ぽんぽこ農園も遊休農地の活用例だが、ここ奥松瀬川地区には竹やぶに覆われた農地を復活させてユズを植栽した畑が1.5haある。さらに昨年からは農村RMO形成支援事業を利用して、レンゲと菜の花の粗放栽培を1.5haの農地で始めた。地区住民が養蜂するニホンミツバチの蜜源にするという。

農業だけでは地域は活性化しない

 東温市は松山市に隣接しているが、その東端にある奥松瀬川は、名前のとおり川沿いの谷の奥まで細長く延びた地区だ。地元の松山市農協を定年退職したばかりの渡部 光右衛みつうえさん(74歳)を中心に、「桜羅おうら楽農会」を立ち上げて集落営農を始めたのが2009年。イネの共同育苗と田植えや収穫の作業受託を始めた。

集落営農組織・桜羅楽農会のメンバー。この日はイネ育苗ハウスのビニールを張った

「国が、集落単位で農業を考えて農地を集約して規模拡大しなさいよ、というんで始めたんですが、農業のことだけ考えても地域の活性化は図れないんです」と渡部さん。当時、約130世帯が暮らす奥松瀬川の未就学児が4人まで減ったことにも危機感を持ったそうだ。農家が高齢化し、地域の子供も減っていくなかで「農家以外も巻き込まないと限界が来る」と思ったという。

 そこで16年に地域運営組織として創生会議を設立する。農業だけでなく、文化や生涯学習、教育も柱に活動することで、非農家にも関わってもらえるし地域外からの交流人口も増やせると考えた。

 この年から地域おこし協力隊にも入ってもらった。それが森田将史さん(50歳)で、現在は奥松瀬川で暮らす農家かつ集落支援員でもあり、渡部さんの右腕として活躍している。

奥松瀬川創生会議事務局長で桜羅楽農会代表の渡部光右衛さん(左)と森田将史さん。ほっこり奥松は住民が交代で当番をする(9:00-16:00、水木休館)。大人の体験教室としてパン教室や手芸教室、竹加工教室を定期的に開催

郷土の文化・歴史を知る意味

 京都出身の森田さんが奥松瀬川に来て驚いたのは、秋に50〜60人もの住民が地区内の名所・史跡を探訪してまわる行事だった。これは13年に愛媛県の「ふるさとづくりワークショップ事業」として始まったもの。以来、地域の歴史や文化を学ぶ活動として毎年続いていて、近年は地域の自然環境を知る生きもの観察会などに形を変えている。

 谷に沿って細長い奥松瀬川地区を貫くのは、香川の金比羅宮へ続く道として開かれた讃岐街道。枝分かれした道をさらに奥へ進むと、中世の瀬戸内で活躍した河野水軍に縁のある五柱神社。かつて周囲の山が薪炭林として機能していた昔は、この神社が集落の中心。ここより奥に70軒も家があったとか。それが今では3軒しか残っていない。また奥松瀬川には、200年余り前に起きた山の大崩落災害が「大崩壊おおつえ物語」という龍神伝説になって伝えられている。

「ここで生まれた住民でも、ふるさとづくりワークショップをやる前はこうした歴史を知らない人が多かったんです。何よりも子供たちに地域の歴史を伝えたい。ここで育った、ふるさとだ、という意識を持ってもらいたい」と渡部さん。それが、進学や就職で都会へ出ても、いつか地元に帰ろうという気持ちにさせるのではないかと思うのだ。

非農家住民を巻き込むための地域運営組織

 地域運営組織・奥松瀬川創生会議では、国の地方創生推進交付金を使った事業(東温市地方創生推進交付金事業)で、16年に拠点となる「ほっこり奥松」を建てた。空き家の廃材を利用して、住民の大工さんの指揮のもと自分たちで建ててしまったそうだ。建物内には「ほっこり市場」という小さな直売所も設けた。大人の体験教室の場になるピザ窯や農産加工ができる施設も併設した。定期開催するパン教室、手芸教室、竹加工教室には地区外から通ってくる人もいて、交流人口を増やしている。

 そして、冒頭に紹介したぽんぽこ農園がオープンしたのが17年春。定年退職後の60〜70代が近隣から通って来ることを期待したそうだ。それが期待以上の変化をもたらす。

 たとえば、東温市の市街地から農園に来るようになった60代の夫婦は、小さい畑ではもの足りず、40a(当時の東温市の農地取得下限面積)の農地を取得して農家になった。家も空き家を見つけて奥松瀬川に引っ越して来た。奥さんのほうは、後述するほっこり奥松でのリースづくりにも参加している。

 渡部さんと創生会議を切り盛りする森田さんも、ぽんぽこ農園ではないが渡部さんの農地を借りて野菜づくりを始め、現在は高齢農家の果樹園を継承してナシ農家になっている。さらに奥松瀬川に来てから伴侶を見つけ、地域の人たちに結婚式を開いてもらった。

東温市奥松瀬川地区には132世帯282人(2023年4月時点)が暮らす。夏祭りや収穫祭、音楽会などのイベントにも大勢の人が地区外からやって来る。中山間直接支払の対象になっている農地は約27ha(出典:地理院地図 GSIMaps(3D写真))

ぽんぽこ農園から地域の農業の後継者が続々

 当初、農園の利用者は60代以上の層を見込んでいたが、冒頭の女性のような若い世代の利用者が多いことに渡部さんは驚いたそうだ。その中にはさらに2人、小さい農家になりそうな人がいる。

 1人は東温市出身だが自宅は千葉県にある男性。病院通いする父親のサポートでこちらで暮らすうち農園を利用するようになった。リモートでできる仕事らしく、いずれはこっちに移住したいと言っている。渡部さんには、竹やぶを伐採して植えたユズ園をいずれ彼にまかせたいという目論見がある。

 もう1人の男性は、農薬を使わず有機栽培がしたいと利用者になった。仕事はトラック運転手。彼には10〜20a程度の米づくりも勧めたいという。田んぼの管理なら野菜をつくるより手間がかからないからだ。

「他に仕事を持ちながら農業をする暮らしは、われわれの世代は普通だったんですよ。他の農園利用者にも、お米づくりもやってみんかと声をかけていこうと思っている」

 農家になるといっても、渡部さんが想定しているのは兼業農家だ。自身も農協で営農指導員をしながら自宅で農業をしてきた。奥松瀬川のような山間では、かつては薪炭づくりとの兼業、その後は土建業をしながら農業という家も多かった。もう一度、兼業農家を地域の農業の後継者として増やすことが活性化につながるという。

「昨年4月に農地取得下限面積が廃止になったでしょ。おかげで、僕らが考える農業というのがやりやすくなった(笑)。農家の息子は、親父が難儀してるのを知っとるけ、やりたがらないが、今の時代、農業を知らない人こそ兼業農家になる可能性があるんです」

農村RMOの支援事業を利用して粗放栽培

 とはいえ住民の高齢化は進む。昨年から始めた農村RMO形成支援事業で重視しているのは福祉の分野だ。その活動の一つに、創生会議の手芸部によるリースづくりがある。

 材料は畑で栽培したり山で採取した花や実。それをドライフラワーにしたり脱色したり、ニスを塗ってツヤを出したりしたものを編んでつくる。メンバーは70代後半から80代の女性8人ほどで、集まって楽しく作業することが健康につながる。

 山で材料を採取するのは男性。手芸部の女性が製作し、販売担当も置いている。ほっこり市場で販売するほか、近くの温泉施設でも売っている。見せてもらった商品は2100円の値札が付いていたがよく売れるとか。また、3月のホワイトデーに合わせて、材料を白く塗ったホワイトリースのインターネット販売も始める。

「こっちで2000円なら、東京だと4000円、5000円で売れるのでは」と渡部さん。福祉の活動でありながら、新たな仕事づくりも狙っている。農村RMO形成事業の補助金を、材料のタネ代、採取や製作の人件費、広告宣伝費などに充てている。

手芸部のみなさん(写真=奥松瀬川創生 会議提供)

 もう一つが蜜源作物の栽培だ。昨年秋にレンゲと菜の花のタネを1.5haの田んぼに播いた。奥松瀬川には以前からニホンミツバチを飼う人が数人いて、・・・

農地を守る(どうやって?)ー人と農地のための仕組み・制度を活かす」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌(紙・電子書籍版)でご覧ください。

  • ・養蜂農家と連携使い切れない農地を蜜源に
  • ・不在地主問題に先手、これは農地と地域を守る手段
  • ・集落まるごと農地バンクへ
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農文協 編
実家や地域の「使い切れない農地」「持て余した農地」は、新規就農者や農的な暮らしを求める人にとっては、活用したい地域資源。手を入れれば、有機農業や自給菜園、養蜂の蜜源地など、新しく農業で生計を立てたり、仲間と自給自足を楽しんだりできる「余地(余裕地)」でもある。本書は、『季刊地域』『月刊現代農業』に掲載された記事を再編集し、「荒らさない、手間をかけない、みんなで耕す」農地活用の工夫を大公開。「25のおすすめ品目」「64の用語解説」「知っておきたい農地制度Q&A」など、田舎暮らしに関心がある人にもおすすめ。
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