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基本法改正にもの申す連載

群馬

【基本法改正にもの申す 第4回】食料、農業の前に「農村」がある ~群馬県甘楽町長・全国町村会経済農林委員長 茂原荘一さんに聞く~

先週、衆議院を通過した基本法改正案は、議論の場を参議院に移して国会審議が続きます。群馬県甘楽町長の茂原荘一さんは、農水省が改正案をまとめる前の「基本法検証部会」に参加していました。その場で茂原さんが強調していたのは農村政策の重要性です。改正案に反映されたとは言いがたいようですが……。『季刊地域vol.55(2023年秋号)』の記事から――。

文=編集部

 農村についての今後の施策の方向をテーマにした「基本法検証部会」第13回(2023年4月14日)の会議で、茂原さんは次のような意見を表明している(議事概要より)。

農村は、農業生産に限らず住民の暮らしの場であり、地域社会そのもの。文化や伝統が息づき、生活に潤いを与え、国土の多様性を支えている。その視点に立てば、農村を農業生産に貢献するかしないかという狭い視野で捉えてしまうと、農村政策の縮小や撤退論につながりかねない。国を挙げて地方創生を推進する中、農村政策の軽視は政治的にも大きな問題になりかねない。

(現行の)基本法は都市農村の交流を掲げているが、両者はより深く相互に補完しあう関係であり、生産者と消費者をつなぐ場として農村が果たしている役割を明記すべき。このことは食料安保に留まらず、国内農業や農村が抱える問題に国民全体で関心をもってもらううえでも重要。

 この背景となっている甘楽町の話、考えをうかがった。

茂原荘一甘楽町長

大きい農業も小さい農業も大事

 基本法検証部会は、最初の頃はいろいろな方からのヒアリング。だんだん核心に近づいていくんですが、ウクライナの話で食料の危機だってことになり、輸入のこと、輸出のこと、そういう大きな話が多かったですよね。

 そうすると農業は、法人化に向かって大規模農業を進めていくことが必要なんだっていう話になります。確かに論法としては必要だと思いますよ。でも農業をやっている全部の人がそうなれるわけじゃない。ここ甘楽町のように、中山間地域で農業やってる人もいるわけですから。大きい農業だけでなく小さい農業も地域で果たしている役割は非常に大きい。そういうところにも目を向けてもらうことが必要だ、ということは発言してきました。

 甘楽町にも何十町歩も田んぼをつくる人がいます。そういう人を、周りにいる人たちが応援をしながら農業を維持していくんです。でっかい法人が多くの面積をやっていても、水路とか道路とか、そういうものは法人だけでは管理できないですよね。そこには行政の役割も大事で、農業政策だけじゃなく農村政策があってのことなんじゃないかな、と思います。

「三ちゃん農業」を核に農村都市交流

 昔の話ですけども、私が役場の職員だった頃、養蚕業がダメになってクワ畑が荒れてきた。どうするか? その時の助役が、これからは農村都市交流、有機農業、そういう得意分野を広げて特産物をつくっていくことが必要だといったんです。当時、私は開発振興係長を拝命して特産物づくりを始めました。

 そのときも私は思ったんです。小さい農業、あの頃は「三ちゃん農業」って言いましたけど、じいちゃん、ばあちゃん、母ちゃんの農業で多品目を少量ずつでもいいからたくさんつくって、それを市場で売れるようにしたいと。それで昭和58年(1983年)頃だったか、新農業構造改善事業の認定を受けて物産センターをつくりました(物産センターオープンは85年)。今でいう直売所ですね。

 つくったはいいけど、どう運営するか? 農協に相談したら「そういうものはたいてい赤字になります。赤字になったとき町が補填してくれるならやりますよ」って言うんです。赤字を前提にしているような農協には任せられないと町長が言って、町が直営で始めたんです。

 物産センターには食事ができるところもつくろうとなった。ところが町内の食堂から、競合するからやめてくれって反対の声が出ました。それでカツ丼とかラーメンとかカレーとか、町の食堂のメニューにあるような物は一切やりません、という方針にした。当時、山の上のほうの農家が雑穀のキビをつくっていたんですね。それにキジの養殖もしていた。それでできたのが、キジの肉とキビを入れた炊き込みご飯。「桃太郎ごはん」と名づけました。じつは桃太郎が昔、甘楽町にも来ていたんだ、っていうことにしまして(笑)。これがヒットしましてね。物産センターが道の駅に変わった今も続いています。

 荒れたクワ畑にはソバを播いた。抜根や整地は役場が援助するからと言って。そば屋も始めました。それに放置竹林がその頃から問題になっていて、お客さんにタケノコ狩りをさせたり、生活改善グループにタケノコの瓶詰や乾燥タケノコ、タケノコの味噌漬けといった加工品をつくってもらった。空き畑でキクをつくったり、葉ワサビの林間栽培をしたり、そういうことをわいわい言いながらやってきたんです。

 今回、基本法の検証部会に出て話した内容には、そういう思いがありました。小さい町の小さい農業は多様な人たちに支えられてきた。そうしてここで暮らしていることが、極端に言えば、東京にきれいな水や空気を送ってる。そういうところに目を向けたいと思うんですね。

 税金をどんどん投入して立派なイチゴハウスをつくり、きれいなイチゴができたら、それは日本人には食べさせないで輸出する。そういうのばかり進めるのはいかがなものか、って話もしました。

町民農園でも有機農業

 有機農業の推進を始めたのも30年以上前です(1986年に甘楽町有機農業研究会設立)。養蚕をやってた人が野菜をつくるようになり、多くがその消毒をするようになります。カイコのエサであるクワを農薬を使わず栽培してきた人たちが、農薬に頼る野菜づくりになっていく。これはまずい、有機農業を推進したほうがいいってなったんですね。吉田恭一さんという人が先駆的にやってくれました。

「甘楽ふるさと農園」ができたのは2000年。市民農園整備促進法でつくった有機農業のための町民農園です。ドイツのクラインガルテンをまねたんです。開園以来24年間、化学肥料・農薬を使わない野菜づくりを149区画で続けています。畑の他に休憩所(小屋)付きの区画が13あり、町外の人も利用しています。

 初めは議会が「絶対赤字になるからよしたほうがいい」って反対しましてね。でも当時の黒沢常五郎町長が「食料の安全を保証し、それを実践する農業がこれからは必要なんだ。甘楽町の農業が安心だってことを示す意味でも必要なんだ」って説得しました。それで議会が予算をつけ、国の補助事業でできた。

 できたら、いろんな人が来るんですよね。「こんなに草が生えて! 草を抜くのもおもしろいですね」と言う人がいれば、「ここにこんな小さなタネを播いたら、芽が出て、双葉が開いて、だんだんデカくなって、キュウリがなったんですよ」ってたまげる人もいたりですね。そういうおもしろさがありました。

 収穫感謝祭で利用者が交流して、1年間きれいに畑をつくってくれた人は町長賞を出して表彰した。どうやってきれいにしてるんですかって聞いたら「毎日来ているんですよ」って言う人もいました(笑)。「有機農業で勇気出すんだ」って言ってきましたが、有機栽培の町民農園があったことが有機農業の支えになったんじゃないのかな。

 甘楽町の農業は、有機農業に限らずパッチワーク農業って言ってきたんですよ。こっちはリンゴやっている、あっちはタケノコ、キク、干しイモ用のサツマイモ、有機農業でニワトリを飼っている……とか。パッチワークのように多様な農業を地域に散りばめてやってきたんです。

有機農業をする貸し農園「甘楽ふるさと農園」 写真=甘楽ふるさと農園提供

北区との交流も有機農業のおかげ

 東京の北区との交流も30年近くなります。北区では学校給食で出た残渣を乾燥して粉にして学校の花壇や庭木の下にくれていた。ところがうんと出るから、困って最後はごみとして出すようになっちゃった。そういう話を聞いて、町の有機農業研究会に聞いてみましょうと、トラックで運んだのが始まり。月1回、甘楽の野菜を運んで北区赤羽の広場で売り、その帰りに給食残渣を運んだ。これを堆肥の材料に加え野菜をつくる、というサイクルがずっと続いてきたんです。

 有機農業研究会がつくる野菜は北区の学校給食でも使われました。北区の小学校が授業の一環で畑を訪ねてきたこともありました。畑で農家のおじさんがピーマンを生でバリバリ食べ始めたのに驚いた子供がまねして、嫌いだったピーマンを食べられるようになったという話もありました。こういう交流が生まれたのも有機農業のおかげです。

 一般に有機農産物は割高に感じられています。持続可能な農業の重要性を消費者に理解してもらうには、学校給食や食育と連動させた取り組みが重要だと思います。

 今回、甘楽町でも有機農業産地づくり推進事業を利用して「オーガニックビレッジ宣言」をすることになっています。甘楽町はイタリアのチェルタルド市と姉妹都市になっていて、ワインやオリーブを輸入して販売しているんですが、町の遊休農地にオリーブ林をつくって、有機栽培のオリーブオイルをまちづくりの一助にしようと思っています。学校給食の有機農産物ももっと増やします。

農村があっての農業、食料

 基本法検証部会の中間とりまとめには、農村政策とか、多様な農業・人材とか、そういうのは多少書き込まれました。ただ、それが今後、政策にちゃんと反映されていくかどうか。中間とりまとめに続いて、政府の食料安定供給・農林水産業基盤強化本部による「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」も公表されています。それを要約した「食料・農業・農村政策の4本柱」は、「食料の安全保障の強化」「農林水産物・食品の輸出促進」「農林水産業のグリーン化」「スマート農業」。農村政策は入っていません。

 検証部会で話したときにもふれましたが、全国町村会では「農村価値創生交付金」という新たな交付金を提案しています。各農村の実情に合わせて、必要に応じて独自の政策をできるようにするための交付金です。これは、現行の国庫補助の仕組みから移行するもので、新たな財源措置を求めるわけではありません。

 家を建てるときに上棟式をしますよね。このあたりでは、上棟式で屋根の上からもちをまきます。下で待っている子供がみんな拾えるよう四方にまくんですが、国の補助金を受けられるのは一部の人ばかりで、昔から一生懸命頑張っている人に届いていない。こういう人たちが見えているのは自治体です。頑張っている人をくまなく見渡せるような交付金をつくって応援したいんです。

 確かに食料は重要です。国民に安定的に食料を供給するのは国の責務でしょう。でも、農業があっての食料、農村があっての農業なんです。農村政策は、単に農業生産のためになるのではなく、環境や生態系の維持、国土の保全など広い役割を担っています。昔の人は「農は国の本なり」と言いました。農が廃れて栄えた国はありません。
(2023年8月8日インタビュー、『季刊地域』2023年11月発行号の内容です)

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農文協 編
実家や地域の「使い切れない農地」「持て余した農地」は、新規就農者や農的な暮らしを求める人にとっては、活用したい地域資源。手を入れれば、有機農業や自給菜園、養蜂の蜜源地など、新しく農業で生計を立てたり、仲間と自給自足を楽しんだりできる「余地(余裕地)」でもある。本書は、『季刊地域』『月刊現代農業』に掲載された記事を再編集し、「荒らさない、手間をかけない、みんなで耕す」農地活用の工夫を大公開。「25のおすすめ品目」「64の用語解説」「知っておきたい農地制度Q&A」など、田舎暮らしに関心がある人にもおすすめ。
農文協 編
いま有機農業の推進に名乗りを上げる市町村が増えている!今年の夏の猛暑は、地球温暖化対策を自分ごとと認識する人を大幅に増やしたはず。本当の「持続可能性」とは何かに世の関心が集まり、有機農業が急速に広まる気配が満ちている。特集「有機で元気になる!」では、この有機農業推進宣言(オーガニックビレッジ宣言)をした市町村の現状を取材。第2特集は「ニッチな山の恵みで小さく稼ぐ」。木を切って売ることだけが林業ではない。
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