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季刊地域Vol.58 (2024夏号)試し読み

島根

【牛と一緒に農業】アゼ草とクズイモで牛を飼う 繁殖成績も抜群(全文掲載)

10年ほど前から集落営農による和牛の飼育を進めてきた島根県。
みんなで牛を飼うことは、しぶとく農地を守る力になる。

飯南町・農事組合法人かわしり

「ここは中山間じゃなく、山々間だからな」と話すのは、(農)かわしりの代表・熊谷兼樹さん(68歳)。山あいの小さい田んぼは米をつくるのに非効率とWCSに替え、法人設立の2016年当時から、集落の空き牛舎を利用した和牛の繁殖経営を取り入れたという異色の集落営農法人だ。

 川尻集落は13世帯と小さいながら、個人の農家も60代が多く元気。農地の利用権はすべて法人に設定しているが、半分以上の面積にあたる6haは9戸の地権者自身が法人から委託される形で耕作を続けている。集落営農は個人でできなくなった農地4・5haの受け皿で、WCSとサツマイモをつくる。

かわしりの代表・熊谷兼樹さん(右)と、法人の草刈り・草集めを担う加藤博樹さん。親牛13頭を舎飼い。WCS3ha、サツマイモ1.5haのほか、冬はシイタケのホダ木や薪の生産もする。構成員は13戸

飼料の自給で地域内に雇用を生む

 新型コロナウイルスや物価高の影響を受け、子牛の価格は下がり基調。加えて円安で輸入飼料の高騰も続く中、さぞ大変なのだろうと思っていたが、熊谷さんの様子は予想とは違っていた。

「子牛は雄雌平均で55万円、今くらいで売れてくれりゃあ妥当なところ。繁殖農家も何とかなるし、子牛を買う肥育農家も負担にならない」

 カギになるのは飼料の自給。なんと、夏場は13頭の親牛を、集落内で刈った草のみで育てるというのだ。訪れた4月中旬も、法人の中心メンバー中邦昭さんと「草が立ってきた(生えてきた)のう」「今年は早いな」と草話題。かわしりでは、5月末、8〜9月、10月の年3回、田んぼのアゼや山際の草を刈って集めている。「こんなに刈り草を食べさせているところはない」と自慢げだ。

牛のエサのために山際まで草を刈れば、イノシシも出ない

 冬場はさすがにすべての飼料を自給とはいかないが、半分は法人の田んぼでつくったWCS、残りを購入粗飼料でまかなう。加えて、冬場には飯南町特産のサツマイモも食べさせる。濃厚飼料代わりと考えているそうだ。出荷先である町の選果場から、焼きイモにも干しイモにもならないクズイモ1tを1万円で買い取ってくる。

 飼料を自給するよさは、輸入飼料の価格に影響されないこと。それは同時に、エサ代を海外にだだ漏れさせないことでもある。

「自給するか輸入するかの違いって、労賃をどこに払うかってことでしょ。集落の中に草刈り・草集めの労賃を払う分にはいい。雇用を生んでいるから」

 また、牛のためにWCSを3haつくる分、水田活用の直接支払交付金を得られることもメリット。WCSの栽培にかかる10aあたりのコストは、苗や人件費で田植えに2万円、収穫してホールクロップにするのに資材や人件費で2万円というのが熊谷さんの概算だ。交付金を加算も含めて10a9万円と考えると、差額を経営のほかの部分にまわすことができるし、農地も荒らさずにいられる。

WCSは15~20㎏のロールにする。直径40cmほどしかない。人力で運べるサイズのほうが、狭い田んぼや牛舎までの道には都合がいい

集落みんなで牛を飼う

 子牛の価格が下がってもやっていける理由はもう一つ。13頭の親牛の分娩間隔が350日ほどと、島根県の平均400日と比べてかなり短いことだ。繁殖牛農家は、1回の発情を見逃すと20日は種付けできない。収入になる子牛を出荷できる時期は、その分先になるわけだが、親牛はその間、関係なくエサを食べ続けるので支出ばかりかさんでしまう。

 かわしりでは、集落に住むJAの授精師に、本業の仕事の後、法人の仕事として親牛の産後の状態チェックや種付けをしてもらっているそうだ。

「みんなで飼ってる牛だという想いがあるから、仕事後で大変だと思ってもちょっとがんばれるんよ」と熊谷さん。

サツマイモをうれしそうに食べる

 そして、ちょっとがんばっているのは、この授精師の組合員だけではない。夏場の粗飼料になる刈り草は、法人の農地のアゼ草だけでなく、個人の農家が耕す圃場でも集めてもらっているのだ。どうせ刈る草だからと、特別に手当は出していないというが、草集めこそ大変な作業。

「3人いる法人の中心メンバーだけじゃ、アゼ草で飼料自給はとても無理」

 これが集落営農みんなで牛を飼うということ。地域の底力か。

牛と一緒に農業」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌(紙・電子書籍版)でご覧ください。

  • ・米づくりを減らしても牛で農地を守れる
  • ・水田放牧でウィンウィンの耕畜連携
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糸賀盛人 著 、榊田みどり 取材・構成
35年前、全国初の集落営農法人として誕生した島根県津和野町の「農事組合法人おくがの村」。山奥の小さな集落営農ながら、農家を減らすことなく、U・Iターン者を受け入れる組織として成長してきた秘訣は何か。創立当時から代表理事を務める糸賀盛人氏の個性と魅力あふれる語りから、その実践哲学と集落永続のヒントをさぐる。
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