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季刊地域Vol.58 (2024夏号)試し読み

長野

【動物と一緒に農地を守る 】サル害もイノシシ害も減った 集落みんなでヤギを飼う

長野県小谷村の伊折集落では、地域全体で農地を守るためにヤギを飼育する取り組みが行われています。集落では、サルやイノシシなどの獣害が問題となり、高い電気柵による対策が一般的でしたが、住民はこの方法に不満を持ちました。そこで、滋賀県の事例を参考にしてヤギの放し飼いを始め、集落全体での協力体制でヤギの飼育と管理を行い、地域の農業と生活環境の改善を目指しています。

長野県小谷村・青木剛司

生産組合で雪中キャベツを収穫中。一時途絶えていた生産方法だが20年ほど前に地域の特産品として復活させた。生産組合ではイネ1ha、ミニトマト20a、キャベツ10aを共同でつくる

住民全員参加で集落営農

 伊折集落は長野県北安曇郡小谷おたり村の南部に位置している小さな集落で、10戸25人ほどが生活しています。伊折集落には、住民全員が加入する伊折農業生産組合という集落営農組織(以下、生産組合)があります。今から約20年前に、集落の活性化と増えつつあった耕作放棄地の問題に対応するために設立されました。設立当初から共同で田畑を耕作し、棚田での稲作に加え、夏はハウスでのミニトマト、冬は小谷村特産品の雪中キャベツを栽培しています。

 筆者は東京の非農家出身ですが、伊折集落とは学生時代からの縁があり、2017年に移住しました。今は勤め仕事をしながら、土日を中心に生産組合の活動に参加しています。

6年前からサルの被害が増えてきた

 伊折集落の農地は、生産組合の設立メンバーであるおじいさんやおばあさんたちが中心となって守り続けてきました。私が移住した当時は、生産組合ができて10年ほどが経過した頃で、おじいさん・おばあさんたちも元気ではありましたが「そうはいっても年をとってきた」と口々に漏らしていました。山際の傾斜のきつい農地や集落から離れた農地は、徐々に耕作されなくなり、草が生い茂った耕作放棄地も増えつつありました。

 農作物にイノシシやクマ、シカ等による食害が見られたため、3段張りの電気柵を設置していましたが、6年ほど前からはニホンザルによる農作物被害も見られるようになりました。サルの被害を防ぐには7段張りの高い電気柵の設置が必要です。しかし、設置の労力が膨大なうえに、草刈りなどの電気柵周辺の管理を怠ると簡単に侵入されてしまう問題がありました。

高い柵に囲まれた暮らしはイヤだ

 サルをはじめとした獣害対策について、集落内で幾度となく話し合いました。その結果、集落の多くの人から「高い電気柵に囲まれるような生活はしたくない」と声が上がり、「協力し合って別の方法を検討していこう」という話にまとまりました。

 その後、情報を集める中で、果樹園周辺にヤギを放飼するとサルの被害が軽減されたという滋賀県の研究事例を見つけました。そこには、ヤギがサルに興味を示して凝視するため、サルが警戒して下りてこなくなったと書かれていました。

 筆者は大学時代に野生動物の対策を学んでいた経験があり、山際の耕作放棄地にヤギを放し飼いして緩衝帯をつくることで獣害対策になるのではないかと考えました。さっそく、集落の集会でヤギの放し飼いによる緩衝帯づくりを提案したところ、反対意見はありませんでした。「電気柵以外の対策にみんなで協力しよう」というのが、集落内の誰もが持つ想いでした。

2頭のヤギで飼育をスタート

                                          写真=曽田英介

 村内でヤギの飼育経験のある知人がいたので話を聞き、世話の仕方や必要な小屋づくりなど飼育方法を教わりました。また、ヤギでの獣害対策を考えていることを話すと、飼っているヤギを快く譲ってくれることになりました。こうして、飼育計画を立ててから半年もしないうちに、2頭のヤギが集落にやってくることになりました。

 実際に飼育してみると、しばらくの間は試行錯誤の連続でした。山際の木にロープを張ってつないだり、らせん杭を打ってつないだり、電気柵を張ってそのエリア内で放牧したり、いろいろ試しました。しかし、エサとなる草が少なくなったり、自分の気に入らない場所だったりすると、脱走することが何度もありました。

 また、木に直接つなぐと、ヤギは一方向にしか回らない習性があるため、ロープが絡まることも多々ありました。最終的に、雪のない4~11月だけ山際に電気柵を張ったエリアに放牧することになりました。

夏の放牧の様子。獣害対策用の柵を利用して山際の農地に放牧。現在は休耕地30aほどで3頭のヤギを飼育している

ヤギが生み出す不思議な景色の力

 ヤギの放し飼いの効果は高く、飼育を始めて今年で3年目をむかえますが、獣害はほぼ見られなくなっています。

 実際に飼育してみて、ヤギが獣害対策に役立つと思われる点が大きく二つあると感じます。一つ目は滋賀県での事例でもあったように「ヤギの見つめる効果」です。ヤギは人や車が近くを通ると興味を示してじっと見つめてきます。山際にサルの群れが下りてきた際も、じっとサルのいる方向を見つめていました。

 二つ目はヤギによる「不自然な景色の形成」です。ヤギの除草効果については生えている草がきれいになくなるのではなく、食べる草の好みがあり、好みでない草は残します。すると、見通しのいい場所や草が残っている場所が見られ、不自然に手入れされたような景色ができます。野生動物にとってはこのような不自然な景色は、何があるかよくわからないので不安に思うのではないかと感じています。

ヤギがところどころ草を食べ残すことで生まれる不思議な景色。草を食べた跡が動物の侵入を防ぐ緩衝帯となる

冬場のエサやりもみんなで対応

 ヤギを飼育するには小屋が必要であったり、草のない冬期はエサやりも必要であったり、集落での協力体制が不可欠です。

 伊折集落では、小屋は村からの支援も受けながら自分たちで建てました。冬場はその小屋の中でヤギが生活します。夏は放牧しますが、直射日光や雨をしのげる簡易な小屋を別に設け、湧き水がある場所で水が飲めるようにもしています。

 エサは放牧する夏の間は不要ですが、冬は毎日エサやりが必要です。・・・

動物と一緒に農地を守る」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌(紙・電子書籍版)でご覧ください。

  • ・ヤギが好む植物ランキングと除草への応用
  • ・鳥たちの実力 ニワトリ・七面鳥・フクロウ・ガチョウ・アイガモ
  • ・ヤギ糞・鶏糞・人糞でバイオガストイレ
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髙山耕二 著
ヤギ、アイガモ、ガチョウが草刈り・草取りに大活躍。田んぼや畑、農地まわり、庭先、遊休農地などで、家畜たちはのびのびと動き回り、草刈り・草取りに驚きの能力を発揮する。この本では、家畜の食性・行動特性、「適材適所」の放牧・放飼のやり方、脱走の防止と超獣害対策、繁殖のやり方、日常の世話や健康管理の留意点、卵・肉・糞の利用などをわかりやすく解説する。このほかにニワトリ、コールダック、ブタの放飼・放牧も収録。山あいの農地での著者の15年余りの実践をもとに、草刈り動物で身近に家畜がいる暮らしを始める1冊。
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