集落の田んぼにたくさんの生きものがいる懐かしさとうれしさ。お客さんの「おいしい」の声と、未来を担う子供たちのために、が原動力。
森次高志(山口県周南市・農事組合法人ファームつるの里代表)
スローガンは「子ども100人ツル100羽」
山口県周南市八代は県東部の中山間地域です。本州唯一のナベヅルの越冬地として、特別天然記念物「八代のツルおよびその渡来地」に指定されています。
2005年、地元の定年退職農家3人が、「子ども100人ツル100羽」をスローガンに農事組合法人ファームつるの里を設立しました。当初20人だった組合員は、24年現在、70人まで増えています。法人に利用権を設定している農地の面積は54haで、水稲28ha、大豆11ha、麦13haの営農をしています。
つるの里が有機農業を取り入れたのは、「ナべヅル環境保護協会」のメンバーでもあった設立時の3人が、07年に兵庫県豊岡市のコウノトリを守る活動を視察に行ったことでした。当時はナベヅルの飛来数が年々減少していたそうです。そこで冬期湛水を知り、現在まで続けています。湛水前には、10aあたり牛糞堆肥1tと、ツルのエサになる生きものを増やすための米ヌカ100㎏を投入します。
当初は秋に耕耘してから湛水していたのですが、沼化してトラクタの作業が困難になったり、ガスわき被害が発生したため、現在は不耕起の状態で冬期湛水を実践しています。
法人後継者は全員が移住者
現在、代表を務める私がつるの里の従業員になったのは09年のこと。3人の創業者は、法人を設立したものの後継者がいないことに危機感を持っていたようで、私はハローワークでつるの里の職員募集を知り就業することになりました。
同様にハローワークや就農ガイダンスで従業員となる者が続き、現在は法人の役員3人、従業員3人はすべて市外出身の移住者で構成されています。6人のうち私も含めて5人は、自給をベースにした自分の農業も別に持ちながら法人を運営しています。
つるの里では、田んぼの水管理や自治会・小学校の維持など、少子高齢化による問題対策として、八代への定住を条件に市外出身者に就業を勧めてきました。結果として全員消防団にも入団しています。また民生委員や自治会長、PTA会長になっている人もいます。地域の人たちとのコミュニケーションを大事にして、八代の夏祭り・収穫祭といったイベントにも出店・参加しています。
紙マルチ田植えで無農薬田を拡大
17年前に40aから始まった無農薬・無化学肥料の米づくりを拡大するうえで一番の課題は除草でした。1haまでは手で除草しましたが、3年前に紙マルチ田植え機を導入して一気に面積が広がりました。冬期湛水を3月いっぱい続けた後は、ふつうに耕耘・代かきをして紙マルチ田植え。昨年はそれが2.7haまで拡大し、安定した収穫量を目指しながら面積をさらに増やしていく予定です。
紙マルチ栽培にも苦労はあります。例えば、植える前に紙を濡らすわけにはいかないので、雨天が続くと田植えができません。反対に、雨が降らず田んぼが水不足になると、紙マルチが風でめくれて雑草が繁茂することもありました。いもち病が蔓延して収量がとれない年もありました。
それにしても、紙マルチのおかげで除草の手間が軽くなったことはすごく助かっています。カメムシによる斑点米は色彩選別機で除くことができます。また、カメムシ対策にはアゼの適期草刈りを心がけ、いもち病対策には酢を散布します。無農薬以外の田んぼでもネオニコチノイド系の殺虫剤は使いません。
私たちが無農薬と減農薬(特別栽培)で農業をする54haは東京ドーム12個分の面積です。八代の田んぼにはタガメや希少な水生生物、ナベヅルのエサであるドジョウもいます。それにホタルをはじめ多種多様な生きものが増えてきたことは、多面的機能支払の事業で地元の小学校と行なう生きもの調査でも実感しています。
持続可能な集落営農法人
つるの里の理念は「ツルと人に優しい農業」と「子ども100人ツル100羽」。株式会社のように利潤優先ではなく、地域に根ざした農事組合法人としての本質的な部分を忘れず、持続可能な働きやすい法人を目指しています。
当法人の働き方やルールは月1回の営農会議で話し合ってきました。たとえば、モチベーション対策として「ナべヅル賞」の報奨金を支給します。法人が栽培する28haの水田の水管理は1人5〜6haずつ担当を決めており、反収1位の報奨金は10万円です。
その他にも――