地方だから集客できない。地方だから子供や若者がいなくなる。地方では新しい取り組みができない――。そう感じている人にこそ、読んでもらいたい。
「 【新連載】地方で挑戦するあなたへ 社会起業家いのはらゆきこの地域マーケティング講座」が、今号よりはじまりました。
猪原有紀子(和歌山県かつらぎ町・くつろぎたいのも山々)
移住、起業、全国展開へ
読者の皆様こんにちは。社会起業家の猪原有紀子です。
私は、和歌山県かつらぎ町という人口1万5000人の町で、株式会社やまやまという、社会課題を解決する会社を営んでいます。ブルーベリーと原木シイタケを栽培する認定新規就農者でもあります。
幼い3人の子供を連れ、大阪市内から縁もゆかりもないかつらぎ町に移住したのは2018年5月のことです。あれからまもなく6年。和歌山の廃棄フルーツでつくった「無添加こどもグミぃ〜。」は、販売2年で広告費をかけず累計販売5万袋を突破。昨年は経済産業省からシリコンバレーに派遣され、世界展開の大きな一歩を踏み出しました。
また二つ目の事業、耕作放棄地を生まれ変わらせた「くつろぎたいのも山々」という観光農園は、年間3000人の子育てファミリーが訪れる場所になりました。テレビや新聞などメディアの掲載は120を超え、ボランティアの受け入れは200回以上。20代の移住者も誕生しました。
地域マーケティングとは
つい5年前は自分のSNSアカウントも持ってない無名の主婦。認定新規就農者になろうと、乳飲み子を抱えながら役場の産業観光課に通うものの、「田舎では集客できない」「ネットでモノは売れない」と書類審査で落ちるような状態でした。
都心で生まれ育ち、都会で仕事をしてきた私にとって、地方で新しい挑戦をすることはこんなにも大変なのかと心が折れそうになる瞬間もたくさんありました。
そんな私が全国から人を呼び込み、売り上げを上げ、全国へ事業を拡大し続けられている秘密。それが、まさに私が提唱する「地域マーケティング」です。
地域マーケティングとは、地域の資源を活用し、顧客が求めている魅力的なサービスをつくり、提供することで利益を上げる営みのことです。マーケティングの神様、*フィリップ・コトラーはこう言っています。
「マーケティングは販売に注力するのではなく、むしろ販売が不要なほど魅力的な製品の開発に注力すべきだ」
フィリップ・コトラー
*フィリップ・コトラー(1931〜)
アメリカ合衆国の経営学者(マーケティング論)。時代とともに変わるマーケティングの概念を平易で具体的に説明していることなどから、「近代マーケティングの父」「マーケティングの神様」と評される。
神様〜!!さすがのコトラーさんです。もう首がもげるほどうなずいてしまいます。
お客様の課題を解決できる魅力的な商品であれば、うちの商品いいですよ!買ってください!うちのお店いいですよ!来てください!と言わなくても集客できるのです。
理由は、お客さまが求める場所だから
さて、今年でオープン2年となる日本一お子様連れを歓迎する観光農園・キャンプ場「くつろぎたいのも山々」。なぜ、過疎地域に年間3000人ものお客様が全国からひっきりなしに訪れるのでしょうか?そして、なぜグーグルの口コミ170件すべて星五つという驚異的な満足度を誇っているのでしょうか?それはズバリ、お客様が求めている魅力的な場所をつくったからです。
え、それだけ? と思った方もいるかもしれません。はい、それだけです。でもそれが、簡単なことのようでとても難しい。
例えば、コロナ禍のなかキャンプブームが巻き起こりました。和歌山県内にもキャンプ場が次々にオープンしましたが、昨年、複数のキャンプ場が閉店に追い込まれました。さまざまな要因があると思いますが、お客様にとって魅力のある場所ではなかったから、利益を出せるだけの料金を払っていただけなかったのです。
キャンプ場を併設している観光農園の平均単価は数千〜1万円未満。そんななか「くつろぎたいのも山々」の平均単価は1組2万円。なんと4割のお客様がリピーターです。
私自身が欲しかった場所
なぜ、こんなことができたのでしょうか? その秘密は私が「くつろぎたいのも山々」を立ち上げた原体験にあります。
移住前、大阪市内で子育てをしていました。息子たちは虫が大好きだったので、週末になると、1〜2時間かけてイチゴ狩りやシイタケ狩りなど自然体験施設に連れていきました。ですが、授乳スペースもない、おむつ替えをきれいにできる場所もない農園が多く、二度と行きたくないと思うほど毎回疲れてしまいました。
さらに、家族でのお出かけがうれしくてはしゃぎ大暴れする息子たち。野外といえど、店員さんや他のお客さんに気を遣います。「静かに!!」と怖い顔をして怒らなければいけません。
「大暴れ大騒ぎ大歓迎の場所があればいいのにな〜。何も気を遣わなくていい場所に連れていきたいな〜」と心の底から思っていました。
三男が生まれた翌月、私はかつらぎ町に移住しました。当時4歳だった長男と、3歳だった次男は、お庭にいるバッタやカマキリ、カエルそしてクワガタやカブトムシに夢中になりました。
田舎、最高か! 私だったらお母さんが疲れない観光農園をつくることができるかもしれない―そう思ったのです。
お母さんが疲れない施設、うれしいサービス
「くつろぎたいのも山々」では夏は無農薬ブルーベリー、冬は原木シイタケ狩りができます。そして通年キャンプができます。
ターゲットとなるお客様は、未就学児の子供を育てるファミリー。特に「お母さんが疲れない自然体験施設」というコンセプトです。大騒ぎ大暴れ大歓迎なので、お客様には「今日はお子さんに静かにしてなどと言わないでください」とお伝えしています。
また、スタッフが子供の遊び相手になるので、大人たちはゆっくりBBQなどを楽しめます。ベビーシッター付き自然体験施設といっても過言ではありません。授乳スペース、おむつ替えができる広いユニバーサルトイレの他にシャワールームも完備しています。しかも空調設備があるので、冬は暖かく夏は涼しいのです。
おむつ替えができる広いユニバーサルトイレのほか、園児ひとりでも行けるキッズトイレもある
お母さんにとって魅力的なサービスはまだまだあります。土日は子連れ限定。グループに小学6年生以下の子供が1人でもいないと入れません。どこまでも、お母さんに気疲れしてほしくないからです。
さらに、スタッフがお母さんと子供の自然な写真を撮影して無料でプレゼントもしています。これは、外出するとパパと子供の写真はあるのにママの写真がない、というご家庭が多いからです。
わが家も写真撮影の才能がゼロの旦那さんのおかげで、私の写真が1枚もないんです!「撮って!」と言わないと撮影してくれないので、ピースをしている写真しかありません。もっと自然体な写真を撮影してほしいのに!!
お母さんが子供にご飯を食べさせている様子、後ろ姿。こんな自然体の写真が、ものすごく喜ばれるのです!
つまり、観光農園やキャンプ場などを利用する、未就学児を育てるお母さんが、普段、不便に思っていることを、ことごとく解決したサービスをつくったのです。
かつらぎ町の耕作放棄地を生まれ変わらせ、自然豊かな地域性を活用し、顧客のニーズに応えることで利益を上げる仕組みをつくりました。これが地域マーケティングの成功事例「くつろぎたいのも山々」です。
地域のメリット
地域マーケティングが成功すると、いいことがたくさんあります。
一つは、利益を上げる仕組みがつくれるだけでなく、自分が住んでいる地域に多くの恩恵をもたらします。
「くつろぎたいのも山々」のお客様の8割は、かつらぎ町に初めて訪れた人たち。SNSでの拡散やメディアの取材は、そのままかつらぎ町のシティプロモーションになるのです。町からすると、町の予算を1円もかけず、かつらぎ町のことを知ってもらえるなんて、メリット以外の何ものでもありません。
また、私たちはBBQの食材を近くのスーパーで購入していただきますし、産直市場や温泉施設、タクシー会社などをご紹介するので、地域にもお金が落とされます。
そして「くつろぎたいのも山々」は今まで200回以上のボランティア受け入れをしてきたのですが、そこから20代の移住者も誕生しています。
提供する側の都合が優先されていないか
顧客が求めている魅力的なサービスを提供できれば利益が上がるのに、なぜ、それが難しいのでしょうか? うまくいかないパターンの一つは、顧客の都合よりも提供者側の都合を重視している例です。
例えば「くつろぎたいのも山々」は、土日祝日は子連れ限定でマックス5組しかお客様を入れません。普通に考えると、子連れ限定にしないで誰でも入場できるほうが売り上げにつながります。予約が入るならば10組でも15組でも入れたほうがよさそうです。
しかしそれは提供者側の都合です。顧客はあくまで未就学児を育てるお母さん。ビジネスは常に目先の売り上げをとるか、顧客のニーズに応えるかの二択です。目先の売り上げをとると、未来の売り上げがなくなります。
コトラーはこんな言葉も残しています。
「マーケティングは1日あれば学べる。しかし、使いこなすには一生かかる」
フィリップ・コトラー
地域マーケティングを使いこなすために、下のワークに取り組んでみましょう。この七つの質問に答えることで、あなたのビジネスの課題や足りない視点に気がつくことができます。
紙に書いてもいいですし、フォームに(2024年5月7日までに)書き込んでいただくと、次回以降の講座(本誌の連載)で回答できるのでぜひ送ってくださいね。質問なども受け付けます。私(著者)がすべて読みます。
地域マーケティング成功の鍵は、まず、あなたは本当に顧客にとって魅力的なサービスを提供できていますか、ということです。
著者:猪原 有紀子
兼業農家でありながらソーシャルビジネスを複数立ち上げる。「無添加こどもグミぃ〜。」販売、「くつろぎたいのも山々」運営、女性の社会起業スクール「SBC」主宰、株式会社やまやま代表取締役。