
執筆者:山端直人(兵庫県立大学自然・環境科学研究所教授)
『季刊地域』67号(2026年秋号)「獣害対策を地域政策に変える」より
足りないのは技術ではなく政策
獣害対策の技術や手法は、すでに確立していると言ってよい。農地を個別に電気柵で囲う方法、農地をブロック単位で囲う方法、あるいは集落全体を金網やワイヤーメッシュなどで囲う集落柵の整備。柵の適切な維持管理と加害個体の捕獲を組み合わせることで、多くの地域で被害は大幅に軽減できることが明らかになっている。近年では、センサーや通信技術を活用し、ワナの作動通知や遠隔で監視するなど、ICTを利用した省力化技術も実用段階に入っている。
これらの技術を組み合わせることで被害を大きく改善したモデル集落も全国各地に存在する。それにもかかわらず、多くの地域や集落では獣害が依然として深刻な問題となっている。新しい技術が不足しているからではない。地域ごとの課題に応じて技術を適切に配置し、継続的に実施する政策が十分に構築されていないからである。
「地域政策」の三つの視点
獣害対策を個別の事業ではなく、地域の課題を解決する「地域政策」として進めるためには、少なくとも三つの視点が必要である。第一に、被害や課題がどこに存在するのか。第二に、その場所にはどのような被害の原因があるのか。そして第三に、それらを解決するためにどこで何を実施するのかである。
本来、政策とは、地域の現状を把握し、課題を分析し、結果に基づいて限られた予算や人材をどこへ重点的に投入するかを決定する営みである。そのために多くの市町村では鳥獣被害防止計画が策定されている。
計画には、被害額や捕獲頭数、防護柵の整備延長などは記載されている。しかし、「被害が大きい集落はどこか」「防護柵が不足している場所はどこか」「動物の密度が高いにもかかわらず捕獲が進んでいない地域はどこか」といった地域ごとの課題が具体的に整理されている例は少ない。例えば、「今年度は金網柵を△km整備する」と記載されていても、どこを整備し、なぜそこを優先するのかが示されていなければ、それは事業量を示した計画にとどまり、政策とは言えない。
もちろん、現在の被害防止計画を否定するものではない。重要なのは、既存の計画と地域の課題・対策を結び付けることである。そのために有効なのが、データの可視化である。
データの重ね合わせ、可視化で課題が明らかに
行政には、獣害対策に活用できるデータが数多く蓄積されている。集落ごとの被害発生状況、防護柵の設置位置、有害捕獲の実績、箱ワナやくくりワナの設置場所、さらにはシカやイノシシの生息密度を示すSPUEなどの指標である。
これらは個別の資料として保管されていることが多いが、地図上で重ね合わせることで、それまで見えなかった地域の課題が明確になる。
例えば、被害と防護柵の設置位置を重ね合わせた図1と図2、捕獲実績と生息密度指標を重ね合わせた図3と図4を見ると、同じ「被害が大きい集落」であっても、原因が異なることがわかる。情報を重ね合わせることで、初めて「どこで何を実施すべきか」という政策が見えてくる。


被害と防護柵の設置位置を見比べると、被害が大きいにもかかわらず防護柵が設置されていない後地集落では、防護柵の新設が優先課題となる。一方、防護柵が設置されているにもかかわらず被害が継続している東芦田集落では、新たな柵を設置するよりも、柵の破損や設計、維持管理体制を見直すことが重要である


地域ごとの捕獲実績に生息密度を表わす図を重ね合わせると、捕獲政策の課題も見えてくる。★で示した密度が高く被害も多いのに捕獲実績が少ない地域では、捕獲体制そのものを強化する必要がある。捕獲者の育成や近隣地域との連携、ICT機器による省力化など、地域の実情に応じた捕獲支援策が必要となる
SPUEは、狩猟者による目撃数÷(出狩猟者数×日数)で求められる。
これらの地図はすべて、現行の市町村や県の行政データからGISソフト「QGIS」などを使用して行政職員自身が無料で作成可能なのである。
可視化は集落単位の対策でも大きな効果を発揮する(図5・6)。被害状況、防護柵の位置、耕作放棄地、河川や道路、箱ワナやくくりワナの設置場所、捕獲実績などを一枚の地図に整理すると、住民は被害の発生要因を具体的に共有できるようになる。一見すると個々の農地の問題に見える被害も、地図上では河川沿いや柵の切れ目が侵入経路となっていることがわかる場合がある。実際に、侵入経路を特定して重点的に捕獲を実施した結果、数年で被害をほぼ解消した集落もある。
捕獲対策による被害の変化(兵庫県相生市小河集落)


可視化は、専門家が分析するためだけのものではない。住民が地域の課題を理解し、「何を優先すべきか」を共有するための共通言語となる。さらに、柵の管理、捕獲、草刈りなど、それぞれの役割分担も考えやすくなり、地域が主体的に獣害対策に取り組む体制づくりにもつながる。
情報が手に入る環境づくり
兵庫県では、こうした分析を簡便に行なうため、「兵庫獣害対策GIS」の整備を進めている。このシステムは、行政が保有する被害、防護柵、捕獲実績、生息密度などのデータを統合し、ウェブ上でデータの閲覧や操作を可能とすることで、市町村の広域分析と集落単位の詳細分析の双方を支援するものである。担当者や住民が必要な情報を容易に共有し、地域課題を把握できる環境づくりを目指している。
ただし重要なのは、GISというツールそのものや、きれいな地図をつくることではない。これらは目的ではなく手段である。重要なのは、可視化することで、担当者や住民が地域の課題を共有し、「どこで何を実施するのか」を論理的に考えられるようになることである。
獣害対策には、すでに技術も成功事例もデータも存在する。今後求められるのは、それらを地域の課題と結び付け、優先順位を明確にした政策へと組み立てることである。
集落支援や可視化手法についてのお問い合わせはyamabatanaoto(at)yahoo.co.jpまで ※(at)は@に置き換えて下さい