
執筆者:渡邉颯太(秋田県生活環境部自然保護課)
『季刊地域』65号(2026年春号)「人の生活圏に現われるクマ 私たちにできること」より
クマ出没の背景は「社会構造の変化」
2025年度、東北を中心に全国でクマの出没が相次ぎ、連日のように報じられました。しかし、こうした状況は突然起きた異常事態というよりも、農山村から人が減り、暮らしの形が変わるなど「社会構造の変化」を背景に生じているものです。クマの分布域は集落や市街地のすぐそばまで迫っています。その延長線上に、いまの大量出没や人身事故があるのです。
私は、秋田県でクマ対策を担当する専門職員の一人として、普及啓発や対策の事業設計、出没時の対応支援に携わってきました。なかでも18年度から職員が直接講師を務めて実施している「あきた県庁出前講座」は、これまでに約2万8000人が聴講しています(26年2月時点)。
本稿では、出前講座の内容をもとに、近年の人身事故の状況や、クマが町に出てくる背景を整理し、寄せ付けない・居着かせないためにできることを紹介します。クマを正しく理解し、皆さんの地域での対策に役立てていただければ幸いです。
事故は山よりも人の生活圏で起きている
秋田県では近年、クマによる人身事故が多発しています。発生する場所は、本来のクマの生息地である「山林」と、住宅地や農地など人が日常的に利用する「人の生活圏」の二つに大別されます。この場所別に事故を分類してみると、次のようになります(図1)。

1991~95年度の5年間では、人身事故は32件発生しました。このうち「人の生活圏」での事故は7件(21.9%)発生し、うち5件が農作業中の事故でした。当時、クマによる人身事故は78%以上が「山林」で発生していました。
06年度以降、人の生活圏における事故が徐々に増加し、直近の21~25年度の5年間で発生した149件の事故のうち125件(84.5%)が「人の生活圏」で被害に遭っています。事故発生時の被害者の行動は農作業、散歩、自宅敷地内での作業、ランニング、新聞配達など、日常生活の中で事故が発生するようになりました。クマによる人身事故は、「山での出来事」から「人の生活圏での出来事」へと様相を変えています。
事故のほとんどは「ばったり遭遇」
では、なぜ事故が発生するのでしょうか。
秋田県で人身事故調査を実施し、状況を把握できた65件を分類すると、人身事故の発生パターンは次の三つであることがわかってきました(図2)。

・防衛目的の攻撃:84.6%(55件)
クマと人がばったりと遭遇し、クマが自分自身や子を守るために攻撃したもの
・積極的な攻撃:3.1%(2件)
クマが人の持ち物や人そのものを目的として攻撃したもの
・偶発的な衝突:6.2%(4件)
クマが人に気づかずに衝突したもの
・不明:6.2%(4件)
このことからわかるのは、事故のほとんどが「ばったり遭遇」によって発生しているということです。
こうした遭遇は、鈴やラジオ、声出し、柏手(かしわで)など、音で人の存在を知らせ、出合わないことが最も有効な手段になります。ただし、風が強い日や沢沿い、交通量の多い道路わきなどではクマに音が届きにくいため、意識して大きな音を出すなどの工夫が必要です。
なお、クマとばったり遭遇した場合、「こうすれば襲われない!」という方法はありません。だからこそ、音を出してクマに人の存在を知らせ、クマと出合わないようにしましょう。
出合ってしまった場合の対処法
もしクマに出合ってしまった場合は、まず落ち着いて、ゆっくりと後ずさりし、距離を取ります。このとき、クマとの間に建物や車、立木などの遮蔽物を挟むような位置関係になることを意識しながら後ずさりすることで、突進を受けにくくなります。市街地であれば屋内や車内に退避することも有効です。
走って逃げるなど急な動きをする、大声を上げるなどの行動は、個体によっては攻撃を誘発するおそれがあります。
襲われそうになった場合は、写真のような防御姿勢をとり、顔や首、腹部といった攻撃を受けると致命傷になりかねない部位を守ります。ほとんどの攻撃は短時間で終わるため、重要な部位を守ることで重傷化を防ぐことができます。


クマ撃退スプレーを携行している場合は、クマに向けて噴射します。いざというときに確実に使えるよう、腰など取り出しやすい位置に装着し、構え方や噴射までの一連の動作を練習しておくことも大切です。
なぜ、人の生活圏に出没するのか?
とはいえ、クマ撃退スプレーを毎日持ち歩くことは現実的ではありませんし、クマが人の生活圏に現われること自体が問題です。ではなぜクマは人の生活圏に出没するのでしょうか。
大きな要因は、人口減少と人の生活様式の変化です。かつては薪や柴の採取、家畜の飼養、林業、農業などで多数の人が山や里を利用し、奥山と人の生活圏の間には一定の距離が保たれていました。しかし、現在はそうした利用が減ったことで、森林が住宅の近くまで広がり、市街地のすぐ近くにもクマが生息している状況となりました。さらに、耕作放棄地の増加、空き家の敷地や河川のやぶ化が進行したことで、人の生活圏にクマの通り道ができ、クマが容易に市街地の中心部までアクセスできるようになってしまいました。
また、生活様式の変化は、人の生活圏におけるクマの食べ物を増やす結果となりました。人が利用しなくなった果樹(クルミ・クリ・カキ)、集約化・機械化により人の立ち入りが少ない大規模圃場の農作物(ソバ・大豆)などは、栄養豊富で簡単かつ大量に得られるため、クマにとっては魅力的な食べ物になります。こうした食べ物がある場所をクマが覚え、出没を繰り返したり、食べ物を求めてより人の生活圏へ入り込むことで、人との遭遇の機会も増えていきます。

人の生活圏でクマの通り道をなくす、食べさせない
このため、対策の要点は、人の生活圏において「クマの通り道や居場所をなくす」「クマに食べ物を食べさせない」ことです。
具体的には次のような取り組みがあります。
・河川敷や集落付近のやぶを刈り払い、見通しをよくしておく。
・利用しない果樹等は伐採する。
・利用する果樹は管理する(実をすべて収穫、電気柵を設置、トタンを巻いてクマが登れないようにし、落ちた実は回収するなど)。
・農作物は被害発生前に電気柵で囲う。廃棄作物などは適正に処分する(電気柵の内側に廃棄、確実に埋却・焼却など)。
・米ヌカ、生ごみ、家畜飼料、コンポストなど、クマの食べ物になり得るものは、クマが食べられる状態で屋外に放置しない。
人口減少が進み、土地所有者の不在や対策の担い手不足が広がる中で、草刈りや利用しない果樹の伐採などに個人だけで対応するのは難しくなっています。だからこそ、地域の安全は地域全体でつくるという意識が大切です。一人ひとりがクマを正しく理解し、集落内でクマに食べさせない、見通しを確保する、といった小さな積み重ねを広げていくことが、クマの出没と人身事故を減らす確かな力になります。