集落機能強化加算の廃止の波紋はさらに広がっている。日本農業新聞もさらに踏み込んだ記事を掲載した([論説]「中山間直払いの見直し 集落加算廃止 再考せよ」など、9月17日)。
今回は岩手県内で先駆的にこの加算を活用してきた事例。集落機能強化加算を使って農村RMOの原形をつくった。
文=編集部
岩手県花巻市には、2020年度の第5期対策初年度から集落機能強化加算の活用を始めている組織がある。高松第三行政区ふるさと地域協議会。いわゆる地域運営組織(住民自治組織)で、地区を構成する三つの中山間直接支払集落協定からこの加算金の運用を委託されている。協議会は08年に設立され、「農業」「福祉」「交流」を柱に活動を続けてきた。20年度から交付されている加算の金額は3集落協定分で年間約360万円。これを高齢者の外出支援や配食サービス、福祉農園の管理などに活用している。
高齢化は個人の悩みであり地域の悩み
同協議会の事務局長を務めるのは熊谷哲周さん(66歳)。熊谷さんは、映像製作や地域活性化のための講演・研修会などを事業にする有限会社ウィルビーに勤める兼業農家でもある。
同社社長の志村尚一さん(67歳)は「内閣府地域活性化伝道師」の肩書を持ち、岩手県内はもとより全国各地の講演などで「住民主体、行政参加」のむらづくりを呼びかけてきた。いま志村さんが、地域づくりの重要なビジョンとして強調するのが高齢化対策だ。
団塊の世代がみな75歳以上の後期高齢者になる「2025年問題」は目前。生産年齢人口が減り、人口ピラミッドは土台が年々すぼんでいく。農村はその最先端だ。昔の家は家族が高齢になっても介護する人のほうが多かったが、いまは年寄り二人暮らしで片方が倒れたらアウト。集落内のつながりが薄れたままでは高齢化に対応できない。
若い頃から農村の活性化を自分の使命と考えてきた志村さんは、以前は地域のために国はこうあるべき、市町村はこうあるべきと、行政の力で上から変えるような話をよくしてきたそうだ。だが、とくにこの10年ほどのあいだに考えが変わった。住民に身近なこと、身のまわりの小さい課題の解決から変化が起きる。そういうモデルをつくり広めることで世の中が変わっていく、というのだ。
人はみな身近な問題に日々困ったり苦しんだりしている。いま多くの人の共通項になっている不安が高齢化。中山間地域の農村では、年をとることによる個人の悩みが地域の悩みとなりつつある。
全戸参加の組織が移住者も呼び込んだ
13年前、熊谷さんらがつくった高松第三行政区ふるさと協議会は、志村さんのそうした考え方に影響を受けた組織であり、逆に志村さん自身が考えを深めていくためのモデルでもあったようだ。
同協議会は3集落にまたがる行政区単位の組織として、熊谷さんを含む6人の有志で立ち上げた。地区内の全戸、現在は66世帯170人が参加している。とはいえ当初は、既存の自治会と別の組織を新設することに反対もあった。そこで会費など定期的な収入源は持たず、6次産業化に取り組んだり、いくつかの補助事業を利用したりしながら活動を継続してきた。
地元出身者への「ふるさと宅配便」による農産物販売や郷土芸能(神楽)の伝承から活動を始めた協議会では、設立から3年後、地域の高齢者の生きがいづくりのため、遊休農地を利用して福祉農園をつくった。栽培するのは地域の里山にあるガマズミやナツハゼで、70~80代の高齢者8人が日常の管理作業(草刈り)を担い、地区内にある障害者施設や保育園も収穫作業などに関わる。収穫した果実はゼリーに委託加工し、売り上げを協議会の運営費などに充ててきた。
また、全世帯が参加して荒廃した里山や河川敷の草刈りなどによる景観形成を続け、結果的にこれがきっかけとなって移住者が増えている。現在、66世帯中10世帯が移住者。地区の消防団員13人のうち7人が移住者だ。熊谷さんの集落では移住者の一人(40代)に、中山間直接支払(交付金本体)を活用して狩猟免許を取得してもらい、猟銃の購入費も補助した。熊谷さん宅の山に住居を構えることになった別の移住者(30代)は元消防士だったが、移住して森林管理の会社に転職。現在は、景観形成の低木伐採などで大いに活躍してくれている。
これほど新住民が増えたのはなぜだろうか。一つには地域で取り組む景観形成に共感した人が多いようだ。移住者には、年間何回かある地域の行事に参加してもらうことを頼んでいる。また、受け入れる側は「新しい住民を『ポツンと一軒家』に住んでいるような気持ちにさせないこと」。移住してきてくれたことだけでもありがたいのだから、地域の草刈りに出てくれたら、ふだんの3倍くらいオーバーに手を握って感謝する。誰だって感謝されるのはうれしいものだ。その積み重ねが移住者を増やすことにつながったそうだ。
「加算」で外出支援の課題解決
新住民の増加は協議会の活動の大きな成果だが、それでも地区内の高齢化率は44.1%(21年3月)。独居高齢者世帯と高齢者のみの世帯を合わせると31戸ある。協議会では16年から、高齢者を車で送迎する外出支援に取り組むようになった。
この外出支援とは、NPOやボランティア団体などが行なう「自家用有償旅客運送」とは違う。自家用有償旅客運送の場合は道路運送法で許可または登録が必要とされているが、協議会が取り組むのは登録などの必要がなく、原則として無償で行なうものだ。18年の国土交通省の通達で、こうした原則無償の外出支援には許可や登録は不要と明記されているのだが、市町村の職員でも知らない人が少なくないという。1
協議会では当初、農水省の農山漁村支援交付金を使ってレンタカーを借り、2年間の社会実験として取り組んだ。3年目の18年は、花巻市役所の長寿福祉課の職員が動いてくれたことで、厚生労働省の「日常生活総合支援事業」を利用できた。これは介護保険の要支援1・2に認定された高齢者の外出支援に使える事業で、現在、花巻市内ではこの事業を利用した外出支援が8地区に広がっている。
だが厚労省の事業は、元気だけど「足がない」高齢者には当てはまらない。体は健康だけど免許を返納した人が対象にならないのだ。協議会ではゼリーの売り上げなどを充ててこうした人たちの外出支援も続けていたが、そんなときに知ったのが集落機能強化加算だ。協議会では、3集落の中山間直接支払・集落協定から委託を受けてこの加算金を運用する枠組みをつくった。
外出支援のボランティアを買って出たドライバーは3人いる(うち1人は熊谷さん)。加算金は保険代、ガソリン代、車の管理費に充てられる。なお、加算金が利用できるようになって車両更新費用の積立もできるようになった。
壁を乗り越えるには
「営農以外」に使うことが条件の集落機能強化加算は、ウィルビー志村社長が、むらの住民どうしの助け合い、つながりの回復のカギと考える高齢化対策にまさにピッタリの交付金。ウィルビー職員としての熊谷さんは、その活用を広める直接の担当として、花巻市内外を奔走することになった。というのも、20年にこの加算金の活用に動いたのは岩手県内で5市町のみ。そのうちの1市が花巻市なのだが、市内に110ある集落協定のうち手を挙げたのは高松第三行政区の3集落だけだったからだ。2
この2年間、あちこちの市町村の現状を知る機会を得た熊谷さんによると、利用が進まない理由の一つに役所内の縦割りの壁がある。中山間直接支払を担当する農政担当部署は、高齢者の見回り支援や買い物支援、除雪支援などを対象例に挙げた加算金についてノウハウがないので、各集落協定に十分に周知することができていない。一方、こうした分野に詳しい福祉担当の部署はこの加算金の存在を知らない。
農水省は、農業の基盤となる集落を「営農以外」で支える加算を準備したのに、市町村にはそれをうまく活かせる態勢ができていない。農政部署と福祉部署をつなぐ「横串」が必要だという。うまく行かないときは都道府県や農水省の地方農政局の担当部署に相談するのも手かもしれない。花巻市の事例は相談するときのモデルになるだろう。
もう一つの壁は中山間直接支払の集落協定組織自体が抱える課題だ。従来にない「営農以外」に使う加算だけに役員にはとまどいがあるかもしれない。これまでの活動で手いっぱいというところもあるだろう。その場合は花巻市の「協議会」のような地域運営組織と連携するのはどうだろう。集落内には中山間直接支払の対象になっている農地を持たない農家や非農家もいるだろう。だが、この加算金は地域の全世帯で活用してこそ「集落機能強化」につながるからだ。
(『季刊地域』2022年冬48号「地域の高齢化対策が再結束のカギ それにピッタリの加算金」より)
注 1 )その後の国交省による通達により、道路運送法で許可・登録不要の運送の場合でも、中山間直接支払の補助金からドライバーに対して運転報酬・謝礼を支払うことが可能になっている(『季刊地域』2024年春57号「補助金を利用した移動支援がやりやすくなった」参照) ↩︎
注 2 )(有)ウィルビー・熊谷さんらの働きかけもあり、岩手県内で集落機能強化加算を活用する集落協定は現在43協定まで増えている。島根102、新潟45に次いで全国で3番目に多い(2023年度、農水省資料より)。
また、高松第三行政区ふるさと地域協議会は農村RMO(農村型地域運営組織)の役割を果たすようになっており、集落機能強化加算がその素地を作ったと言えるだろう。 ↩︎