千葉県館山市で獣害対策に取り組む松坂義之氏は、高齢化による担い手不足を解決するため、市外の「ペーパーハンター」を活用する「イノカリ」を立ち上げました。どのような仕組みなのでしょうか。

執筆者:松坂義之(千葉県館山市・一般社団法人地域共同獣害対策推進協会代表理事)
『季刊地域』63号(2025年秋号)「ペーパーハンターを獣害対策の助っ人に 有害鳥獣駆除従事者支援「イノカリ」」より
イノカリとは、ここ館山市の有害鳥獣捕獲に、市外のワナ猟免許所持者を受け入れ支援するというサービスです。
通常、有害鳥獣の捕獲許可は市内在住のワナ猟免許所持者にのみ発行されますが、一般社団法人地域共同獣害対策推進協会が「行政手続き」「安全講習」「技術指導」、その他有害鳥獣捕獲に関するすべての作業をフォローアップすることを条件に特別に許可されています。
イノカリの仕組み


免許はあっても未経験の猟師がいる
私は、2021年7月に館山市地域おこし協力隊「獣害対策支援」に着任しました。最初はひたすら有害鳥獣捕獲や防御柵設置を手伝っていましたが、徐々に周囲の状況が見えるようになると、現役で活躍しているのは70歳以上の高齢者ばかりということに気が付きました。捕獲従事者の高齢化や狩猟者の減少による獣害対策の担い手不足という全国的な課題を理解するのに、それほど時間は必要ありませんでした。
基本的には毎日ワナを見回り、かかっていれば捕獲や解体。有害鳥獣の捕獲には報奨金が出るとはいえ、よほど時間と所得に余裕がなければ従事し続けることはできないのが現実です。このままでは近い将来には担い手がいなくなってしまいます。
ふと、自分が使っていたくくりワナ用のIoTセンサーを見て、「ワナ用センサーを活用してこの問題を解決できないか?」と考えるようになりました。
もう一つ思いついたのは、捕獲従事者として関東近郊の「ペーパーハンター」を巻き込めないかということです。近年のジビエブームの高まりによってワナ猟免許所持者数は増加を続けているものの、多くは「ワナをかける場所がない」「ワナ猟を教えてもらう機会がない」「ワナ猟の知り合いがいない」という理由で実際の狩猟は未経験。環境省が18年に調査したデータによると、関東地方だけでも1万4000人ものワナ猟免許所持者がいました。
また狩猟だと一般的に猟期は11月から2月に限られますが、有害鳥獣捕獲なら猟期関係なく一年中経験を積めます。

「暗黙の了解」の壁
「よし、ペーパーハンターを集めてイノカリを始めよう!」と思いたったものの、すぐ壁にぶち当たりました。館山有害鳥獣対策協議会の中には「原則、市外在住者には有害鳥獣捕獲許可証を発行しない」という暗黙の了解があったのです。協議会は市やJA、猟友会、農家組合などで構成されていますが、特に猟友会から強く反対意見が出ました。
市外在住者に許可証を出さないことは、鳥獣保護法や市の条例で明文化されているわけではありません。協議会の同意を得るには「前例」が必要と市役所担当は繰り返します。どうにか「前例のようなもの」をつくれないかと、狩猟免許不要の狩猟イベント「獣害対策ハンターリアル体験ワークショップ」を開催しました。
イベント自体は成功裏に終わり、これを「前例」として改めてイノカリ提案書を持って協議会へ諮ったところ、今度は暗黙の了解を前面に出して否決されてしまいました。
万策尽きた状態で、私の地域おこし協力隊としての任期は満了を迎えようとしていました。
やっと承認、8人の申し込みあり
「諦めたくないですね」。毎月の市役所との会議で誰ともなく出た言葉でした。担い手不足を解消するには、市外からの捕獲従事者の受け入れがどうしても必要だという共通認識が市役所の担当者との間に芽生えていました。幸いコロナ禍により地域おこし協力隊は多少の任期延長が認められます。1年弱の延長手続きをしてもらい、最後の導入チャレンジをすることになりました。
提案書の見直し、イノカリ導入予定の作名地区住民との連携再強化などできる限りの努力をして再度協議会へ提案。市役所の担当者、地区住民の皆さんの気持ちが追い風になったのと、協議会の理事入れ替えという幸運が重なり、ついに24年の5月に「イノカリ承認」の言葉をいただけたのでした。
任期中になんとしても立ち上げたかったので、3カ月ほどの準備期間しかありませんでしたが、第1期(10~3月)のメンバーを募集。千葉、東京、神奈川から8人の申し込みがあり、「市外在住の有害鳥獣捕獲従事者」が作名地区で活動を開始しました。
センサーとLINEで狩猟をサポート
では、イノカリの実際の活動の様子を紹介しましょう。
まず市外在住のワナ猟免許所持者(以下メンバー)へ有害鳥獣捕獲許可証の発行手続きをします。メンバーは安全講習・技術講習を経て、私たちスタッフと共に捕獲エリアへ行き、イノシシの痕跡を探り、ワナをしかける場所を決めるなどのレクチャーを受けながら、センサー付きくくりワナを設置。その後は、IoTセンサーとグループLINEを活用して以下のように進みます。
市外在住のメンバーの代わりに、スタッフが定期的に見回りもしますが、設置されたセンサーが発報すると、メンバーとスタッフが入っているグループLINEにワナの番号が通知されます。スタッフはLINE上で捕獲作業のスケジュールを調整しながら、同行するスタッフを手配し捕獲道具を準備します。
作業当日は、まずスタッフがワナのワイヤーやイノシシの足が切れていないかなど確認をします。安全確認ができればスタッフの指導を受けながら、メンバーがイノシシの頭を木の棒で強打し気絶させ、ナイフで心臓を止め刺し。ナイフで行なうのが危険な場合は、猟友会を呼んで銃で止め刺しをしてもらいます。
捕獲後は解体・精肉作業。スタッフも一緒に作業するので、未経験でも問題ありません。一連の作業にはワナの設置者以外のメンバーも参加でき、捕獲や解体の経験をより多く積める仕組みとしています。
獣害対策から「関係人口」
イノカリでは、スタッフだけではなく……