
コミュニティ大工とは、単に大工仕事をする人ではない。建物を見立て、所有者や施主と話し、予算に合わせて工事を組み立て、職人とも連携し、改域の人や素人の参加者を巻き込みながら、建物と場を育てる人である。建築における大工、監督、設計、営業、そして不動産、まちづくり、コミュニティ運営。これらの間に立つ少し変わった役割だ。
執筆者:加藤 潤(鹿児島県南九州市・株式会社まるのこラボ)
『季刊地域』67号(2026年秋号)「素人目線だからできる大工仕事って?」より
建物を直し、人の関係を編みなおす仕事
人が動き出す前の静かな朝、古民家の庭に車を停める。荷室とルーフキャリアには、丸ノコ、インパクト、脚立、ビス箱、木材に加え、寝袋、マット、炊飯器、食器まで積んである。たいがいは現場に寝泊まりし、自炊しながら作業する。キッチンがなければ、最初に簡易キッチンづくりから始めることもある。
現場に着いて最初にするのは、図面の確認ではない。施主と建物を見て回り、畳を上げ、床下をのぞき、雨漏りの跡を見て、庭に積まれた古材の山を眺める。
「ここは残せそうですね」「ここは畳を剥がして床板を張りましょう」「ここは古材でいきましょう」。そんな会話を交わしながら、その日やることを決めていく。
やがて施主の友人や近所の人、建築学生が作業に加わる。昼になれば、差し入れの野菜でつくった料理を囲み、みんなで飯を食べる。作業場なのか、学びの場なのか、交流会なのか、わからなくなる。このような現場運営を担う者を、私は「コミュニティ大工」と呼んでいる。
不動産が収益を生みづらい地方の空き家再生では、工務店に頼んですべて解決とはいかない。家主は建物を残したいが大きなお金はかけられない。使いたい人はいるが、どう直せばよいのかわからない。地域も活用を望むが、誰がどう担うか決まらない。こうした関係者をつなぎ、限られた予算でどこまでやるかを決めて、実践に落とし込む。
空き家再生は、建物を直す仕事であると同時に、人の関係を編みなおす仕事でもある。

きっかけは自分の住まい探し
私は若い頃から日曜大工は好きだったが、建築職人として修業した経験はない。埼玉県で会社員をしていた私が、2010年に薩摩半島先端の過疎地、鹿児島県南九州市頴娃町へ移住したのは、弟の観光養殖事業に関わるためだった。
その時、最初に直面したのが住まいの問題だった。家はすぐ見つかるだろう。何度か引っ越しを経験していた私はそう思っていたが現実は違った。空き家は多数あるが、借りられる家は少ない。家財道具が残り、雨漏りや水回りの不安もある。不動産業者がなかったり、古い空き家の賃貸に積極的でなかったりする。
私自身、地域でまちづくり活動に取り組むNPO法人頴娃おこそ会の助けを借りて家主を紹介してもらい、自分で直すことを条件に家賃を下げてもらい、ようやく住まいを確保した。弟と始めた観光養殖場も、ほぼDIYで開業に漕ぎつけた。やむを得ない選択ではあったが、空き家再生により、この地での暮らしと仕事を生み出せた貴重な経験だった。
その後、頴娃おこそ会のメンバーとして商店街の空き家再生に関わるようになった。交流拠点、宿、シェアハウス、移住者の住まい。気付けば約10軒の改修を担うことで、空き家再生では、建物を直す以前の「ソフト」の部分がとても重要だとわかってきた。その物件に手を出してよいのか。家主とどう話すか。契約はどうするか。地域や行政とどう関わるか。そもそも、その場所で何をしたいのか。こうした事柄に取り組むことは意外と難しい。
20年のコロナ禍でゲストハウスの個室ベッドづくりを発信していると、おこそ会以外の人から「うちの改修も手伝ってもらえませんか」と声が掛かるようになった。工務店に頼む前に相談したい。DIYで自分も作業に参加したい。地域や仲間と一緒に場をつくりたい。そんな人たちにとって、空き家再生のソフトとハードをつなぐ私のような存在が、案外ちょうどよかったのかもしれない。
思い切ってひと様の物件改修に大工として関わることにした。プロの建築経験がないまま大工というのははばかられ、コミュニティ大工と名乗った。こんなところから、コミュニティ大工は始まった。

空き家改修にはゆるさが合う
大工仕事というと、図面を描き、見積もりを出し、工程表通りに進め、完成度の高いものを納めるイメージがある。しかし、施主と一緒に作業する空き家改修では、現場での計画変更はあたり前である。施工が始まれば想定外の傷みが出てくるし、進めるうちに施主の希望が変わることもある。そうなると、最初にすべてを決めるより、現場で相談しながら決めていくほうがうまくいく。この「ゆるさ」は、不確定要素の多い築古の空き家に向き合うための柔軟性とも言える。
もちろん、安全や法律に関わることはゆるくでは済まない。構造、電気、水道、雨漏り、シロアリ、脚立や丸鋸の使い方など越えてはいけない一線はある。
一方で、素人が手掛けた味が残ることは、必ずしも悪いことではない。施主が打ったビス、子供が塗った壁、仲間と張った床板。痕跡がその場所の温かさを生むこともある。
プロの現場にはないゆるさが求心力を持つ。何度も通う人が出てくると、新たな参加者に作業を教える先生役を担ったりもする。現場を共にすることで交流が深まり、いつの間にかチームができていくのである。
完成品づくりより場づくり
空き家再生は、ビフォーアフターの違いがわかりやすい。暗く傷んだ家が明るく生まれ変わる。もちろん、それは大きな喜びだが、コミュニティ大工は作品を仕上げるだけが仕事ではない。むしろ、途中で何が生まれたかを大切にしている。
私の現場では、できるだけ施主にも作業に加わってもらう。建築の経験が不足していたため、随時相談し、了解を得ながら進めることが都合がよかったという現実的な理由によるが、じつはそれ以上の意味があることがわかってきた。
施主と空き家再生の過程を共にすることで、単なる「お客さん」ではなくなっていく。お金を払う側と受け取る側ではなく、共に現場をつくる仲間になる。手を動かすと愛着が生まれる。クレーム回避や経費削減になる。完成後の維持管理も自身で担うようになる。施工に関わった人たちが、その後の運営に協力することも多い。
建物は、完成したら終わりではない。施工を通じた人の関わりは、完成後にもつながっていく。コミュニティ大工の役割は、完成品をつくることより、場づくりなのだと思う。
自分たちにできることから始める
この連載では、コミュニティ大工の空き家再生術を、できるだけ実用的に紹介したい。読者の多くは、建築や不動産の専門家ではないはずだ。地域に空き家がある。そこで何かしてみたいけど、どこから始めればよいかわからない。そんな方々に向けて書いていきたい。
空き家再生には、踏み越えてはいけない一線がある。その一方でプロだけではできないこと、素人だからこそできることもある。
空き家探しに地域の方の協力を求めてもいいし、借り受けるための協議、掃除や片付け、簡単な大工作業など、すべてを専門家に任せるのではなく、まずは自身でできることからやってみよう。小さなはじめの一歩を自ら手掛けることは、立派な空き家再生の入り口である。
諦めかけていた空き家が一軒でも多く再生され、新たな関係性と場が生まれる。それがどこか遠くの出来事ではなく、あなたにとっての自分ごととなれば嬉しい。そのような連載となればと願っている。
〈もう一言〉戦略的に使いたい「現場メシ」
作業中の昼食は、「現場メシ」と称して参加者と一緒に食べることにしている。少し大げさに言えば、現場メシはコミュニティ大工の戦略ツールだ。昼になると、現場の片隅に作業資材の板を並べた即席テーブルを設ける。朝のうちに仕込んだ煮込み料理を中心に、参加者や近隣の方からの差し入れの飲み物、漬物、デザートなどが加わる。会話をしながら食べると、初対面の人同士でも距離が縮まる。まさに同じ釜の飯を食う関係だ。
作業だけが目的なら、各自で弁当を食べればよいのかもしれない。しかし、コミュニティ大工の現場では、食べる時間が関係をつくる。現場メシは単なる昼食ではない。施工場所をみんなが関われる場へと変える大切な時間なのである。
