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【基本法改正にもの申す 第3回】市町村を主体とした地域政策の再構築が急務

一昨年から基本法改正の議論が始まった中で懸念されてきたのは、「食料安保」に重点を置くあまり、農村の地域政策が軽視されているのではないかということでした。今回は『季刊地域vol.55(2023年秋号)』の記事から――。

楠本雅弘(農山村地域経済研究所)

暴走する「産業政策」

 現行の食料・農業・農村基本法(1999年制定)のもとで、「産業政策」と「地域政策」が農政の「両輪」であると繰り返し強調されてきた。

 しかし、規模拡大や輸出増大路線へ過度に傾斜した産業政策への批判や、矛盾を内包しているこの両政策をバランスよく推進することを求めて「車軸を通すべきだ」との提言も出されてきた。

 これを受けて、2020年の「基本計画」では「地域政策の総合化」が掲げられた。しかし、この度の基本法見直しの過程を見ると、これは批判をかわすための「小手先の作文」であったことが露呈した。

 「規制という岩盤打破のドリル」を公言した安倍・菅政権の「官邸農政」のもとで、経営規模拡大至上主義路線が加速され、「人・農地プラン」と農地バンクによる「担い手8割集積」への強力な誘導(補助金と無利子融資による半強制)が推し進められた。

 その結果、家族農業の解体・離農が加速し、1960年に606万戸あった総農家数は、2015年には137万、23年には93万経営体へと激減を続け、農業が主な仕事の「*基幹的農業従事者」は00年の240万人から22年には123万人へと半減。農水省の推計では20年後には30万人にまで激減する。

*基幹的農業従事者・・・15歳以上の世帯員のうち、ふだん仕事として主に自営農業に従事している者。

 検証部会の中間とりまとめを受けて政府が「新たな展開方向」で示した解決策は、「農業の工業化」である。AI・ITを駆使した巨大な野菜工場・無人農機・ロボット・フードテック(ゲノム編集で収量3倍・人造肉・昆虫食)で、農民不在でも農業生産体制が可能だというのだ!

 さらに政権は、規制改革推進会議等を通じて、「工業化された農業」の経営主体像を次のように構想しつつある。すなわち商社やファンドが過半を出資する法人経営体で、不採算部門を切り捨てて黒字化したら他のファンドへ売却したり、北海道の法人を九州の法人と合併させたり、「ハゲタカファンド」並みのいいとこ取りである。農業を短期的利潤追求の稼ぎ場にしたら、やがて大地は死ぬであろう。

疲弊する農山村の生産現場

 追いつめられている家族農業、「担い手経営体」として懸命に経営努力を続けている認定農業者あるいは有機農業に希望を託して移住してきた「認定新規就農者」たち。農山村の生産と暮らしの現場で、こうした多様な農民たちに寄り添い支援する立場の組織や人材、その代表的な職種として、市町村の農林(水産)担当職員、道府県の農業普及指導員、農協の営農指導員の現状を調べてみよう(表1~3)。

 このデータからわかることは、農山村の現場で農業者に寄り添い支えてきた「支援システム」が解体されつつあり、機能不全に直面しつつある惨状である。

 中心になる町村(諸関係団体を糾合した担い手育成総合支援協議会や農業再生協議会の事務局、さらには地域計画の責任主体)の農林担当職員の減少率は、一般行政職員全体の減少率より大きい。

 農協の営農指導員の減少率も農協職員全体の職員数の減少率より大きい。

 さらに、業務量は増加し、後に述べるように、その内容はより複雑・微細化しており、人員の絶対的不足が深刻になっている。応急対策として、非正規職員の雇用・県職員の出向支援(名目は「人事交流」)・業務の外部委託等でしのいでいるのが実態である。当然ながら、住民に対する支援の質は低下せざるを得ない。

 このような、生産現場の支援体制の危機を招いた原因はどこにあるのか。

 すでに述べた業務量に対する人員の絶対的不足もそうだが、農政の中央集権化・上意下達化の進行が業務量の膨張を招いた真の原因である。

 農業は、自然環境と社会的経済的条件に対応して地域ごとに最適解が異なるので、国は農政の目標や大枠を定めるが、その地域ごとの具体的な施策や推進方法は基礎自治体である市町村が主体的に選択・企画・推進するのが本来あるべき姿である。

しかるに、安倍・菅官邸農政下においては、国が自治体の業務執行の細部にまで介入・指示し、補助金を手段として規模拡大と集積率の上昇を義務付け、ポイント制で競争をあおった結果、自治体は計画策定の「下請執行機関」の役割を押し付けられている。

しかも、国からの指示内容は、2、3年ごとに「猫の目」のように変更され、市町村の職員は改定作業のデスクワークと現場説明に忙殺されている。

「風土産業」としての農林業の再生

 長野県が生んだ地理学者三澤勝衛は「風土学」を提唱し、「風土産業」としての農林業の持続を論じた(三澤の「風土学」については『三澤勝衛著作集』全4巻、農文協発行を参照)。

 「風土産業としての農林業」は、地域の自然環境と歴史的社会的風土の二つの基盤に支えられ、歴史的に形成された農地・里山・水利施設などの地域資源に対して農林家を中心とする地域住民の労働投下による働きかけで成り立つ。

 このような「風土産業としての農林業」は、それぞれの地域の歴史的社会的風土の中でのみ形成・発展・持続可能なのであり、グローバルな「輸出産業」では断じてない。

 だとすれば、農林業政策の企画立案、実施主体は、地域住民によって組織された地域政府としての市町村であり、国や道府県の役割はそれを支援・補完することである。

地域政策の主体は自治体

 今世紀に入ってから、地域住民や農林家の意向を無視あるいは抑圧する農政の強行が目立つ。いくつかを列挙すれば、TPP参加、生産調整を強化しながらのミニマムアクセス米の輸入継続、種子法の改悪(種苗資本の利潤優先)、ネオニコチノイド農薬放置、遺伝子組み換え作物の輸入、ゲノム編集作物の許可、ソーラーシェアに名を借りた太陽光発電による農地潰廃等々。

 国の政策の尻ぬぐい、激変緩和・補正、地元対策に追われながらも、自治体が独自の農林業の持続・振興策に取り組み、成果を上げている事例に注目したい。この『季刊地域』の誌上でも毎号のように紹介されている。

 種子法改悪に対しては、多くの府県が条例によって、公的な品種改良や種子生産の継続を保証するようになった。有機農産物の学校給食使用による生産・普及の推進も広がる。また、離農促進による規模拡大路線ではなく、農林地や地域資源の地域共同管理を基盤とする集落営農路線を強化したり、独自の農林業後継者や新規就農者定着支援策を展開する県・市町村などもある。

 まさに「自治体農政」においてこそ、「総合化された地域政策」が成果を上げている。ここでは「産業化=工業化」路線とは無縁であり、生産振興策・経営支援策は「総合化された地域政策の一分野」に含まれている。

「自治体農政確立のための交付金」創設

 基本法検証部会の議論の中で、筆者が唯一共感を覚えたのが、全国町村会経済農林委員長の立場で発言した茂原荘一委員(群馬県甘楽町長)の「自治体農政論」の主張であり、その財源としての「農村価値創生交付金」の提案だった。

 全国町村会の補足説明資料によって、この交付金制度の創設は、全国町村会がすでに2014年9月に公表した「農業・農村政策のあり方についての提言」に含まれていることがわかった(全国町村会のホームページからダウンロードすれば、その全文を読むことが可能である)。

 ただ、この提言の検討作業が行なわれた時期から10年が経過しており、その間の農業農村を取りまく社会的経済的環境条件の激変を踏まえた、さらなる検討の深まりと議論の広がりを期待したい。地域の内外を問わず多様な人材を育成・組織して、「総合化された地域政策」としての自治体農政を展開するための自主財源としてぜひとも実現を目指したい。(『季刊地域』2023年11月発行号の内容です)


楠本 雅弘(くすもと・まさひろ)

1941年愛媛県生まれ。農林漁業金融公庫に22年間勤務後、87年に山形大学に移り教養部・農学部教授。現在、農山村地域経済研究所を主宰。

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三澤勝衛 著、三澤勝衛先生記念文庫 協力
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