ホーム / 試し読み / 季刊地域Vol.58 (2024夏号) / 【「新地方消滅レポート」を批判する】10年前とは違う、地域の側はぶれずに「地域づくり」を
季刊地域Vol.58 (2024夏号)試し読み

【「新地方消滅レポート」を批判する】10年前とは違う、地域の側はぶれずに「地域づくり」を

今年4月24日に、民間団体である人口戦略会議が「令和6年・地方自治体『持続可能性』分析レポート」(以下、新レポート)を公表した。その記者発表は増田寛也氏が行なったこともあり、強い既視感(デジャブ)があった。

小田切徳美(明治大学教授)

デジャブのような「新レポート」

 それは、いまから10年前の2014年5月8日、日本創成会議(座長、増田氏)による「消滅可能性都市」リストを含むレポートが公表されたことを指す。一般に「増田レポート」(以下、旧レポート)と呼ばれるその内容はすぐにマスコミにより拡散された。直後の5月10日発売の『中央公論』に「緊急特集」として転載され、たたみかけるように、『地方消滅』(中公新書)という本が8月には発売され、空前のベストセラーになったことは読者の記憶に新しいことではないだろうか。

 今回の新レポートも5月10日に『中央公論』に転載された。タイトルは「最新版・消滅する市町村744全リスト」と「消滅」が強調され、ランキングも示されている点で、10年前に酷似している。今後、8月に書籍が発売され、タイトルは『新地方消滅』ではないかという滑稽な予想さえできそうである。ある古典が言うように「歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』)がそのまま当てはまる。

2024年4月25日「日本農業新聞」より

10年前とは異なる反響―マスコミと地方自治体―

 しかし、おそらくは新レポート作成者の思惑とは異なり、周辺の反応は10年前とは違っている。旧レポート公表時は、メディアは「消滅」一色の報道をし、特に地方紙は自県内の消滅可能性のリストやランキングをスペースを割いて詳報した。ところが、今回の報道はそれほど大きなものではなく、また内容の問題点も含めて報じている新聞も少なくなかった。例えば、日本経済新聞は、社説において「報告によると『消滅可能性自治体』は前回の14年の896から744に減った。厳しい状況は変わらないとみるべきだが、それはどの自治体も身に染みていよう。危機感をあおるショック療法を何度も使うのは感心しない」(4月26日)と苦言を呈している。

 また、自治体首長の反発もひろがった。例えば、丸山達也島根県知事は「(出生率は)総じてどこでも下がっていて、低くなっているのは、我が国の傾向であり、そうすると日本社会全体の問題を解決しなくてはいけないのに、自治体ごとに取り組むべき課題であるかのように、誤った世論誘導をしているのが問題」(4月24日記者会見)と、舌鋒鋭く批判をした。また、宮下宗一郎青森県知事は「(消滅可能性都市という)扇動的な言葉に負けずにやるべきことにしっかり取り組み、『若者が、未来を自由に描き、実現できる社会』を実現していきたいと考えています」(4月25日記者会見)と冷静な対応の必要性を主張している。

 さらに、全国町村会は、「……一面的な指標をもって線引きし、消滅可能性があるとして自治体リストを公表することは、これまでの地域の努力や取り組みに水を差すものであると言わざるを得ない」という会長声明を公表し、問題点を正面から指摘している。

 このように、今回はメディアの冷静な報道と首長の反論等が目立っている。新レポートが、10年前の騒動の「二匹目のドジョウ」を狙ったとすれば、それは明らかに失敗している。

「新レポート」四つの問題点

 とはいうものの、レポートの問題点をきちんと議論することも重要だろう。大小様々な問題はあるが、少なくとも次の4点は看過できない。

▼少子化の責任は政府にある

 第1に、少子化対策の本筋は、若い人々が安心して結婚ができ、希望があれば子供をつくり、ともに育てる環境整備であろう。そのために有効な対応として、例えば停滞している実質賃金の引き上げの誘導や一層の働き方改革などが考えられ、それは国レベルの政策であろう。それにもかかわらず、744市町村を「消滅可能性自治体」と特定化して、名指しすることにより、ここに少子化の責任があるかのような構図をつくり出している。先の丸山島根県知事が指摘することであり、問題の本質と言えよう。

 むしろ「人口戦略会議」を名乗るのであれば、地方問題に首を突っ込む推計ではなく、実質賃金上昇の停滞が出生数に及ぼす影響の実証的な検討を行ない、政府と企業が連携した賃上げ目標などを提言することが期待される。人口戦略会議には大企業関係者が含まれており、それこそがミッションではないだろうか。

▼自治体ができるのは「社会減対策」のみ

 第2に、新レポートは「2014年の分析結果(以下、旧レポート)は各自治体に大きな影響を与えたが、各自治体の人口減少対策は、どちらかと言えば人口流出の是正という『社会減対策』に重点が置かれ過ぎているきらいがある」と自治体の対応が間違っていたように批判する。しかし、先のように、出生数に関わる有効な政策は政府がカギを握っている。それが十分になされず、少子化がますます進行する中で、「消滅」と地域間競争を煽れば、自治体としてできるのは「社会減対策」しかない。追い込まれた対応に他ならず、レポート作成にはこの認識が欠如している。だから同じことを繰り返すのであろう。

▼「50%」の科学的根拠は?

 第3に、2020〜50年の30年間で、20・30代女性が50%以上減少するのが、なぜ「消滅可能性」と言えるのか。50%という基準の科学的根拠はどこにも見当たらない。

 リストを整理すると、その値が49%台(49・0〜49・9%)である市町村は33自治体ある。また50%台(50・0〜50・9%)の市町村も34ある。1%刻みの間にこれだけの自治体が集中している。その状況で、後者が「消滅可能性自治体」であり、前者はそうではない。前者のなかには「消滅可能性からの脱却」と評価され、後者の中には「陥落」とレッテル貼りされてしまった所もあろう。住民にはそうした情報が届きやすい。

 この点は旧レポートから問題となっていた。10年も経つのに、この50%基準の妥当性の疑問に対してなんら回答をせず、再度それを振り回すのは無責任ではないだろうか。

▼危機意識より小さな可能性の積み重ねを

 そして第4に、新レポートが地域に負の影響を与える可能性である。旧レポートについては、増田氏は次のように言う。「10年前に『消滅可能性都市』という強い言葉で表現したことに対しては、賛否がありました。(中略)ただ、関心を呼んだことは間違いなく、政府も『まち・ひと・しごと創生総合戦略』を策定しています。地方創生担当大臣が新設され、石破茂さんが任命されましたし、地方創生の掛け声のもと、多くの自治体で人口減少対策が進められました」(『中央公論』24年6月号、宇野重規氏との対談)。ここには、危機意識を煽って、事態を動かそうとした意図が見えてくる。

 しかし、それは正しいであろうか。確かに地方創生政策はそうであったかもしれないが、それは政治の世界の話であり、地域に暮らす人々が、このように「消滅」と言われて、立ち上がったのであろうか。

 筆者はそうは思わない。多くの人々が動き始めるのは、危機意識ではなく、むしろ可能性を共有化した時ではないだろうか。それも、大きなものではなく、例えば「あの人の東京にいる息子は定年で戻ってきそうだ」とか、「あの空き家はまだ使える。移住者に貸せる」などという「小さな可能性」の積み重ねこそが重要である。

 イソップ童話のたとえで言えば、「北風」ではなく「太陽」路線で小さな可能性を共有化し、それを少しずつでも大きくすることが地域再生につながっている。逆に、危機の大きな演出が、北風として、小さな可能性を吹き飛ばしてしまう傾向がある。そうであれば、旧レポートと同様に新レポートには、地域への加害性すらある。

地域のあるべき対応は、ぶれずに「地域づくり」

 こうした問題だらけの新旧の地方消滅論であるが、農山村の人口減少が激しいのは事実であろう。この点については、次のように考えたい。

 人口対策では、少子化に歯止めをかけるような「人口減少緩和策」と、少ない人口でも、地域に住み続ける仕組みづくりを促進する「人口減少適応策」がある。「緩和策」は、指摘したように、主に国レベルの対応が重要であろう。他方で「適応策」は、過疎対策などの国による格差是正政策(格差是正的適応策)と地域レベルで内発的発展を促進する(内発的発展的適応策)という二つの対応がある。

 つまり、「緩和策」と二つの「適応策」という三者を同時に追求することが求められている。そして、特に地域レベルが注力すべきは、この「適応策」の中でも後者の「内発的発展的適応策」であろう。例えば、地域運営組織の設立や各種の人材育成などが代表的な取り組みである。

 この適応策は別の言葉でいうと「地域づくり」であり、すでに各地で取り組まれているものに他ならない。近年では、関係人口の取り組み等で前進が見られる。なかには、人口減少にもかかわらず、住民の各世代、移住者、関係人口がごちゃまぜになり、ワイワイ・ガヤガヤという雰囲気をつくりだす「にぎやかな過疎」と言える地域も生まれている(この点については拙著『にぎやかな過疎をつくる』でまとめた)。

 こうした取り組みは、人口減少下でも地域に住み続けるという条件をつくり出すと同時に、地域全体で子育てする条件も整い、出生数も増える傾向が一部の事例では見えている。詳しい実証は今後の課題であるが、人口減少への適応が最終的に緩和(出生数増)につながっている可能性もある。

 このように考えると、地域は今回の推計を突きつけられ、一喜一憂をすべきではない。なによりも、いままでの「地域づくり」を推し進めることが求められている。ぶれることなく「人口が減少しても、住民が幸せに住み続けること」を、地域の力、自治体の力、関係人口などの外部からの力を糾合して、追求していただきたいと願いたい。

もの申す」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌(紙・電子書籍版)でご覧ください。

  • ・被災地復興の現実から︱東日本大震災から13年
この記事をシェア
小田切徳美 著
農村再生のための政策構想を論じる14章に加え、「農的関係人口」などの基礎用語を、著者独自の視点で解説する「農村再生キーワード」を11記事収録。註に本書の背景の深掘り解説や、参考図書紹介など多数含む。ための政策構想を論じた『農村政策の変貌』(2021年)の続編であり、コロナ後の社会と2025年基本計画以降の展開を見据え、農村の過去~現在、そして未来への展望まで総合的に見通す一冊。
タイトルとURLをコピーしました