群馬県みなかみ町 文= 編集部 写真= 曽田英介
15 グループ、約130人が自伐に挑戦
谷川岳の麓にあり、利根川の水源の町として知られる群馬県みなかみ町。人口1万8000人ほどのこの町で、自伐型林業が大いに盛り上がりを見せている。
きっかけは2016年に町が開催した自伐型林業フォーラムだ。フォーラムに参加し、自伐型林業の実際とその魅力を知った町民らが次々と自伐グループを結成。 21年には9グループが集まって、自伐型林業の推進を目指し「みなかみ町森林活用協議会」も設立された。新たなグループの結成はその後も続き、 23年には協議会に 15グループ、約130人が参加するほど、自伐が町に広がっている。
増え続けてきた手入れされない山
町の面積の約90%、7万 haほどが森林で、そのうち1万3000haあまりが民有林、残りは国有林だ。民有林の約65%、8700haほどは広葉樹の天然林(かつての薪炭林)で、コナラやミズナラ、クリ、サクラ、カエデ、奥山ではブナやシラカバなどもみられる。数十年前までは、これらを山から切り出して、薪や炭、キノコのホダ木として利用していた。
しかし、燃料革命で薪や炭が使われなくなると、そうした里山の利用は減り、放置状態の山が多くなっていった。広葉樹林だけでなくスギの人工林も、木材価格が下がるにつれ手入れがされなくなり、やはり荒廃が進んでいった。
16 年に町が山主に対するアンケートを行なった。この時、森林が適切に管理されていると回答した山主はわずか1割だったという。
本当は自分で山を整備したい
「これじゃいかん。何かしないと、と思ったんですよね」と、自伐型林業フォーラムの開催当時を振り返るのは、農林課課長の原澤真治郎さんだ。
山の手入れを進めるよい手立てを探していた時、自伐型林業について耳にした。間伐などの施業を外部に委託しないで山主自らが切り出せばいい。そんな自伐の発想に、今までとは違う山づくりの可能性を感じたという。
その後、町として、NPO法人自伐型林業推進協会(自伐協)を招き、フォーラムを開催。すると予想以上の反響で、山主や地域住民、林業関係者など約120人が集まった。参加者へのアンケートでは、約5割が「自伐型林業に挑戦してみたい」と回答。それまでは誰にも見えていなかったが、じつは多くの町民が「できるのであれば自分で山を整備したい」と考えていたのだ。
現在の15の自伐グループの活動や経営、目指す山仕事のあり方はそれぞれ違う。しかし、荒廃が進む山をこれ以上人任せにできないという思いは共通している。
自ら木を切る公務員 リンカーズ
直径40cm超のコナラを伐倒
23年10月、自伐グループ「リンカーズ」のメンバーとともに山へ向かった。山の入り口付近は間伐済みのスギ林が続いていた。今回目指すのは、その奥に広がる広葉樹林だ。
スギ林を抜け、目的の林に着くと、木々の間に作業道が延びている。レンタルのバックホーを使ってメンバーがつくった作業道だそうだ。その脇に大きく育ったコナラが1本。今からこれを伐倒するという。
「まずは胸高直径を測ってみましょう」というのは前述の役場農林課の原澤さん。じつは原澤さん自身もリンカーズのメンバー、自伐型林業の担い手なのだ。
原澤さんが胸の高さに合わせたメジャーで計測すると直径は40cmを超えている。「この太さなら十分。切り出せば家具用の材として買い取ってもらえます」
リンカーズは公務員や農家、観光業者などで結成された自伐グループだ。メンバーに山主が何人もおり、持ち山の手入れを目的に活動を進めてきた。
チェンソーを手にこれからコナラの伐倒に挑むのは小池俊弘さん。小池さんも町の企画課課長で、日頃はもっぱらデスクワークに勤しんでいるという。
木をどちら側に倒すか、チェンソーでどの部分を切るか、みなで木をよく観察しながら相談を重ねる。方針が決まると、いよいよ伐倒開始だ。
まずはコナラを倒したい方向の根元に「受け口」と呼ばれる切れ込みを入れる。受け口の角度や深さを誤ると、狙った方向に倒れないので、作業は慎重に進められていく。思いのほか木が太く、用意したチェンソーの刃渡りがやや短すぎたため、少し苦労したようだが、何とか受け口が完成した。
続いてチェンソーで木の中心部を突っ込み切り(追い口)して、クサビを打ち込む。最後に受け口とは反対側からチェンソーでゆっくりと切っていくと……メキッ、メキメキメキッ、ドドーン。木自らの重みで、受け口側に向かってコナラがまっすぐに倒れていった。
「おみごとー」パチパチパチ。伐倒を見守っていたメンバーから自然と拍手が起こる。狙い通りに伐倒できた喜びに、みな清々しい笑顔を見せていた。
自伐が人と山をつなぎ直す
すぐ近くにあるのに山林との距離は遠かった―
これはリンカーズの活動紹介資料に書かれている一文である。たとえ山主であっても林業に関わらずにいると、所有する山林の場所さえわからない。それくらい山は生活から離れたものになってしまっていた。
だが、下草を刈ったり、間伐したり、自伐に取り組むと山の様子がはっきりと変わり、山が身近なものに感じられてくる。だから自伐での山づくりを広めて、住民と山、あるいは地域や歴史とをリンク(つなぐ)させたい。リンカーズという団体名にはそんな思いがこめられているという。
「自分たちがモデルとなって地域に自伐を広めたいという思いはもちろんあります」という小池さん。自分たちが整備する山を自伐型林業の研修用に提供することもある。と同時に「私たち公務員も仕事を離れて自宅に戻れば、やっぱり地域住民。地域の草刈りや行事には一住民として参加しています。山の手入れだって同じ。まずは地域住民としてどうにかしたいからやっているんです」。
間伐によって、以前より明るい光が差し込むようになった林を見渡しながら「ここに地域の子供たちを招いて、山について学んでもらうようなこともしていきたいね」と話す原澤さん。「やっぱりこれからは半林半Xのような林業を増やしていくのがいいんじゃないかな」と、それぞれのスタイルに合わせた自伐で山づくりに関わる人が増えていくことを期待している。