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季刊地域Vol.56 (2024冬号)試し読み

長野

【国産広葉樹に注目】かつての薪炭林を木材利用する山へ 広葉樹の地域流通 をつくる

輸入広葉樹材の高騰から、国産広葉樹の家具材などへの利用に関心が高まっている。しかし国内の広葉樹は、製紙やバイオマス発電のチップに利用されるのがほとんど。木材として流通させる仕組みが整っていない。長野県大町市で広葉樹の木材利用に挑む人たちを取材した。

長野県大町市 文・写真= 編集部

荒山林業の広葉樹林。手前の木はウダイカンバで家具や床材として人気がある

広葉樹を木材流通させる仕組み

「MORI TAG(モリタグ)システム」が注目されている。広葉樹林の資産管理と木材流通のための仕組みで、樹木病害の専門家である神戸大学の黒田慶子名誉教授を中心に始まったものだ。硬貨くらいの大きさの電子タグを樹木に取り付け、樹種名や胸高直径、通直部分の長さなどをスマホで登録していく。それで木の電子カタログをつくり、家具メーカーや木工作家などに購入したい木を見つけてもらおうという試みだ。

 この実証試験が行なわれたうちの1カ所が、大町市にある荒山林業の持ち山だ。荒山林業は荒山 雄大さん、あゆみさん夫婦が経営する自伐林家。市街地北部の木崎湖畔に270haの山林を所有する。その3分の2は、かつて薪炭林として使われていた落葉広葉樹の二次林だ。

 荒山さんは非皆伐を基本とする「天然生林施業」を主とした林業を行なっている。なるべく大きなインパクトを与えずに自然に近い形で施業することで、多様な生態系を維持することを目標にしているという。さまざまな樹種を一本ずつ観察して、互いの関係を見ながら選択的に伐採する「単木的管理」を行なう。

 モリタグは、薪炭林として利用されなくなった広葉樹を家具用材などとして流通させることをねらっている。各地で問題になっているナラ枯れは、薪炭林が切られず放置されたことが引き起こしているからだ。荒山さんの山は薪炭林ではあったが手が入っている。試験地となったエリアはミズナラやクリが多く、木材として利用できる木の割合が3割と高かった。モリタグの試みに賛同する大手家具メーカーが買い手としてさっそく名乗りを上げ、20立方メートル分の木が販売された。

荒山雄大さん、あゆみさん

薪炭林を木材用の山に

 広葉樹の流通の話を進める前に、荒山林業についてもう少し紹介したい。

 雄大さんが林業を始めたのは6年前で、現在のような広葉樹の山をつくったのは先代の雅行さんだった。雄大さんの母親の兄で伯父にあたる。その先代が11年前に急に亡くなり、数年をおいて雄大さんが後を継いだ。

 荒山家の270haの持ち山のうち90ha はカラマツ・スギ・ヒノキの人工林。雅行さんが林業をした40年間は人工林の半分以上が若い山で、従業員も雇って植林から枝打ち、間伐、伐採まですべてのことをやっていた。雅行さんの父親、雄大さんにとっての祖父は森林組合長もした人で、山の仕事は組合に外注していたそうだ。雅行さんはそれを自家労働中心の経営に変えた。人は雇っても外注はしなかったので、人工林で優良材を生産していく管理は90haで手一杯だったそうだ。

 一方、広葉樹はキノコの原木や薪として売っていた。薪炭林の時代は終わっていたが、1990年代に最初の薪ストーブブームがあった。ちょうどログハウスがブームになった頃とも重なる。大町市の北隣の白馬村は観光地で、ペンションなどにアメリカ製の高級薪ストーブが次々入っていた。当時は薪をつくって配達するのが荒山林業の一番の収入源だったらしい。

 雅行さんは都市部の人たちとの交流があり、その影響も受けて木材としての広葉樹の価値にも気づいていったという。そして薪炭林を木材を切り出す山として育成していく方向にシフトチェンジする。また、カラマツ林を中心に、間伐後に自然に実生から育つ広葉樹を育てて針広混交林化を進めた。広葉樹を育てて最終的にどう売るかまで計画があったわけではなさそうだが、地元の家具作家などに直接売り始めていた。

 ただ、雅行さんが亡くなるまで、家具材になるほど大きな木は少なかった。広葉樹を育成していた山でも、間伐した木の用途は薪が中心。雄大さんの代になり、それがようやく家具材に使える太さの木に育ちつつある。

荒山林業が保有する林業機械 林内作業車、ミニフォワーダと牽引車(写真)、クレーン付き3.5tトラック、軽トラック、3.5tバックホー 写真=荒山林業

森や木の価値を多くの人に伝えたい

 雄大さんにモリタグ試験の木を伐採した跡を案内してもらった。

 約30a分の木を切ったのは1年前で、そこだけぽっかり空が開けている。小面積皆伐という切り方だ。一定の面積を光がよく入るように皆伐し、 萌芽が更新や実生による更新で広葉樹の再生を促すのだ。荒山林業が木を切り出すときは1本ずつ切るのが基本だが、ここは家から遠く十分に手が入っていなかった。上層の樹冠がふさがって、光が届かない下層のクリの木が枯れ始めていた。2022年の秋はドングリが多く実生が育つことも期待できたので、皆伐するにはちょうどよかったそうだ。

 伐採跡の真ん中に1本、ミズナラの大木が残っている。まっすぐ伸びたバランスの良い木で、一本立ちにしても倒れることはないだろうと、もっと大きく育てるために残したそうだ。

 どんな木を切り、残すかの選択が山をつくる。雄大さんが残したい木はまっすぐな木ばかりではない。

「枝がたくさん出て節がある木も、もう少し太らせて製材するとおもしろい杢(もく)が出るかもしれない。S字に曲がった幹から板を取って、曲がったテーブルをつくりたいという木工家がいるかもしれない。いろんな可能性がある」というのだ。

 その辺は先代の雅行さんも同じだったようで、山を歩くとおもしろい樹が点々と残っている。それを発見するのが楽しいという。一般の人たちに山に入ってもらい、いろんな樹を見ながら、何に見えるか楽しんでもらうツアーもやりたいそうだ。

 昔から「山主は山で日銭を稼いじゃいけない」と言われた。山を切り売りすることを戒め、次世代のためにいい山を残すことを諭す言葉だ。雄大さん・あゆみさん夫婦も、先代が残した山に手を加えながら「ちょっとずつ収穫(伐採)してはお金にできる山」をつくりたい。それにはいろんな樹種・樹齢の木が多様にあるのがいい。

 また今は、森林や木の価値を一般の人たちに知ってもらうことが自分たちの役割だと思っている。そのため様々なイベントに出かけ、自分たちで企画もする。この12月には、地元の林業従事者と木工家による第2回「製材マルシェ」を開催した。

 モリタグ試験の伐採木は、家具メーカーがこちらの出すものは全量買うと言ってくれた。製材費や運賃も家具メーカーが負担した。とてもいい条件だったが、後述するような課題もある。それに雄大さんの中では今回の経験も刺激となり、地元で広葉樹の流通をつくることを優先したい気持ちが膨らんでいるそうだ。

切る前に売る、を目指したが…

 雄大さんには頼りになる先輩がいる。かつて雅行さんの下で山の仕事を学んだ 香山 由人(かやま よしと)さん(62歳)だ。香山さんはその後、2000年に仲間3人で山仕事創造舎という林業受託組織を設立。現在はそこからも独立し、㈱ 山川草木(さんせんそうもく)という会社を起こして木材販売などを生業にする。じつは荒山林業のモリタグ実証試験も香山さんがコーディネートした。

「輸入材の高騰で国産広葉樹の需要は高まってます。ただ、何十年も外国の木を使って仕事をしてきた家具屋さんたちには経験がない。実際に国内の木を使おうと思うとものすごく難しいわけです。家具材を輸入するときは、日本向けにきちんと仕分けされた板が用意されるんですね。『こんな規格のこんな材料をこれだけ欲しい』って注文すれば届くわけですよ」

 だが国内には、針葉樹と違って広葉樹の木材を流通させる仕組みがない。1本の生の木から使えるものを選り分けることから始めなければならない。「刺身が欲しいのにマグロ1本買わなきゃいけない、という状況です」。

 スギやカラマツなどの針葉樹と違い、広葉樹は一斉に植林して育てたわけではないのでそもそも品質が揃っていない。昔は、原生林に近い山から樹齢何百年という大径木をまとめて切り出せた。しかし北海道以外は切り尽くしてしまって残っていない。薪炭林の二次林は身近にあるが、計画的に手入れしてきたわけではないので良いものは少ない。伐採した木の中から家具用材を選り分けて製材・仕分けする手間をかけるよりも、ふつうはチップや薪にして手っ取り早くお金にすることを選ぶ。

 でも、切り出した中から選り分けるのではなく、山に立っている段階でカタログにして見ることができたらどうか?切ってから売るのではなく、立木の段階で家具メーカーなどに買ってもらう。すると余計な手間や経費がかからず、木を切り出す費用も買った側が持つことになるだろう。それがモリタグの考え方だ。

 荒山林業の広葉樹は、先代の雅行さんが手を入れてきたので一般の里山広葉樹より格段に品質がよい。ここでその実証例をつくりたかったが当初の計画通りにはいかなかった。メーカー側に、立木の状態で価値を見極める技量がないからだ。初めての取り引きということもあり丸太で価格を決めてくれたし、製材費用や運賃も負担してくれたが、売り手の側が板にするまで責任を持つ形で販売・納品することになった。

香山由人さん。1995年に荒山林業で木こりの仕事を始め、現在は木材販売が主な仕事

山側主導の広葉樹材の流通をつくる

 香山さんはこの経験を経て、立木で買ってもらう考えを改めたという。広葉樹材の買い手が板になった状態の木を求めている以上、どこかで製材する必要がある。それを余所に任せるのではなく、山側が技術や設備を持つべきではないか。資金や保管場所も必要になるが、地元で付加価値を高めたうえで販売したほうがいいのではないか。山側が主導権を持つ、そういう広葉樹の流通をつくる、という当初の考えに確信を持ったそうだ。

 大町市は、豊かな森林はあっても林業や木材業が盛んではない。地元の山でいったいどんな木が育つのか、一般の人が知る機会はほとんどないという。それを伝える活動を香山さんは以前から続けてきた。軽トラックに地元の山で育つ様々な樹種の板を積んで移動販売するのだ。名づけて「モバイル木材ショップ」(季刊地域vol.52 2023年冬号p 53 )。こうして顧客を開拓しながら、地元の木を買い、それを製材(委託)して届けてきた。

 たとえばいま引き受けている仕事は、木工家が新築する工房の床に使いたいというフローリング用の

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国産広葉樹に注目」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌(紙・電子書籍版)でご覧ください。

  • ・日本の広葉樹事情54 山引きで広葉樹の苗づくり
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