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京都

【獣害対策】集落みんなでLINEグループ サル追い払い隊が今日も行く

農文協が運営する農業情報サイト「ルーラル電子図書館」で読者が注目した『季刊地域』の記事を連載形式で公開します。
全国的にイノシシとシカの捕獲数はこの十数年で倍増。捕獲だけでは野生動物による農作物被害を防ぎきれない状況です。一方で、野生動物本来の行動・生態を把握したうえで、地域で取り組む“総合的な獣害対策”が成果を上げています。科学的裏付けのある情報を中心に、田畑を守るのに役立つ「獣害対策」の記事を選びました。
*この記事は『季刊地域』2022年春号(No.49)に掲載されたものです。

野間隆(京都府京丹波町)

80代のおばちゃんたちのために奮起

升谷サル追払隊の主要メンバー。左から2番目がLINEグループ発起人で追い払い実行部隊リーダーの小林和樹さん(62歳)、右端が受信機担当の筆者(62歳)。筆者と左端のメンバーが持つのが受信機、他のメンバーが持つ縞模様の筒が煙火

 LINEグループ「升谷ますたにサル追払隊」を結成したのは昨年1月末のこと。2021年12月末現在で参加者は42人となりました。升谷地区全100世帯余りの30%強の家庭が、スマートフォンのアプリ・LINEで情報共有されたことになります。サルが頻繁に現われる山林近くに農地を持つ方に積極的に加入してもらったことで、ほぼ全域をカバーすることができました。

 京丹波町北部にある升谷地区(旧和知町)は、日本海に注ぐ由良川の上流部、和知ダム流域にあり、集落や農地はこのダム湖と山林に挟まれて細長く分散しています。耕作放棄地も少なからず発生し、シカ・イノシシの休憩場所になっています。しかし、20年以上前から各種制度を活用して金属柵で農地を囲むことで、シカ・イノシシの被害は少なくなってきました。古くからの特産「丹波栗」や近年面積が拡大している黒ダイズのエダマメの畑でいま一番の損害をもたらすのがサルなのです。

 サルは金属柵を容易に乗り越えます。電気柵を設置しようにも、樹木が間近に迫る地形のため風雪による倒木やつる性植物の電線接触がネックになり、大規模に設置するのは不可能です。

 サルは、エダマメでもサツマイモでも食べ頃になる前に必ず試食に現われます。人の姿を樹上から眺めつつ、あと10日、あと5日したら収穫しようと期待していた人間をあざ笑うかのように、一番出来のよいものから食べていくのです。

サルの食害を受けたダイコン

 80歳を超えてなお農業現役のおばちゃんたちの「せめてエンドウマメ、トウモロコシを無事に食べたいわ!」の言葉に奮起したのが升谷農家組合の役員。この役員を中心に、サル対策に本気で取り組むことを決意した次第です。

升谷地区は、由良川・高屋川の南東側と、上升谷橋を渡った対岸の一部。世帯数106 戸、人口213 人(21 年12 月末)。
升谷橋・上升谷橋とも橋脚がサルの通り道になっている。サル捕獲檻は2019年度に町事業で設置。20 年度には集落中央部
の上升谷橋左岸側南東側)に電気柵を農家組合役員と有志で設置、両岸の往来を減らすことができた。
升谷橋の橋脚を伝って対岸へ移動するサル(丸印)

爆竹音が谷に鳴り響く

 では、升谷サル追払隊の活動概要からお知らせしましょう。

 忍び込み、奪い取るを繰り返すサルに対し“密偵”が放たれます。それが隊を結成したLINEグループ各人。約25頭のサルの群れの中にいる電波メスザル2頭(発信器付き首輪を装着)が発信する電波をキャッチし、逐次行動を把握。スマホで連絡を取り合いながらサルを集落から追い出す。また時には檻に誘導し、捕獲されたサルは、町依頼の猟師の電極棒により心肺停止、とどめを刺されることになります。

 受信機2機は町から貸与されたもの。追い払いに使うのは、町の斡旋で購入した「煙火えんか」という5連発式の有害鳥獣対策用爆竹で、煙火の使用者は町農林課による取り扱い講習会を受講しなければなりません。受信機を持つ人とその他のメンバーがスマホで連絡を取り合い、サルの群れを集落の裏山に逃さず、ダム湖沿いを移動するように追い払います。

 煙火の爆発音は、谷間の地形で反響し、1km四方に鳴り響きます。発射する我々も、手に持った金属筒をできるだけ離して顔をそむけたくなるほど。車を運転する人がびっくりしてハンドルを切り損なわないか、おじいちゃんがあめ玉を喉に詰めてしまわないか、心配になるほどです。

 なお、総勢42人の追い払い隊で升谷全域をカバーできたことにより、電波探知ができない離れザルの出没に対しても、早期警戒・早期追い払いが可能となりました。

活動1年目の成果

 初めての追い払いは昨年2月2日。私は、初めて貸与された受信機が物珍しく、右手にハンドル、左手にアンテナ(受信機)で軽トラを運転し、群れザルの探索開始。隣地区のダム湖畔で発見しました。

 その後、農作業の合間をぬってほぼ毎日、移動観察を続けたところ、5日夕方、国道27号升谷橋コンビニ付近の山林に現われたため、LINEで警戒態勢を発信。翌6日は土曜日で仕事が休みの者が多く、4人がかりのサル追い払い作戦が始まりました。ビギナーズラックとはこのことで、なんと1日で4頭を檻に誘導・捕獲することに成功しました。このとき捕獲した若メスは、電波ザル2号として元気に働いてくれています。

 活動1年目、追い払い隊の活動によりどれだけ農作物被害が減ったかは未集計ですが、スイートコーン35aを生産する新規就農者に聞いたところ、食害が例年の5分の1に減少したとのことでした。

 昨年夏から秋にかけて約3カ月は、群れザルは当地区にほとんど出入りせず、散発的に出てくる離れザルに悩まされた程度です。10月に入り群れが数回侵入したものの、2~3人で30分ほど集中的に追い払うことで、早ければその日のうちに、居座っても翌日には立ち去るようになり、サルの出没は減ったと思います。おかげで黒ダイズエダマメの被害なども極めて限定的になりました。

小学生に戻った気分!?

 追い払い隊の活動はじつに楽しく、それは私を含む隊員8人が“ネイティブ升谷アン”ともいうべき幼なじみであり、同じ小学校に通った1年生から6年生までの間柄であるからです。みんな60歳を過ぎても昔のまま「○○ちゃん」と呼び合います。小学生の頃に返った気分で、カブトムシ捕りや魚つかみを楽しむように、住民を悩ますサルを追い立てます。かつての自転車は軽トラックとなり、坊ちゃん刈りの頭は白髪かてっぺん××になってしまいましたが……。

 また、煙火発射や竹やぶに潜むサルへの脅し投石は、会社や家庭でのストレス発散になっているかもしれません。追い払い隊には、「畑付き空き家」を購入し家庭菜園を楽しみに都会から通う方も参加しています。ネイティブ升谷アンだろうがIターン者だろうが、共通の被害を抱えていることは変わりません。これまで顔を合わせても会釈程度の付き合いだったのが、グループLINEを通じて互いの野菜づくりの近況を語り合ったり、肥料の使い方を相談し合う関係になりました。道端で会っても話が弾みます。

最終目標はサルを山へ帰すこと

 ただ、我々の地域だけでは根本的なサル被害の解消は困難です。当地区にサルの群れが回ってこない分、隣の地区内にとどまり農家等を悩ませる事態も発生しました。行政や隣接集落と協働連携をとる必要があります。各地区の地域農業の担い手や日頃獣害に悩まされている方が参加し、LINE活用で人間側も地区の境界線を越えることで効率的なサル追い払いが可能となります。隣に遠慮することなく追い出し活動を実行できます。

 そして、追い出したサルたちが最後に到達する場所(安住のすみか)も、人間の責任でつくっていくことが必要です。

 戦後の復興期から高度経済成長期、先代たちは子や孫が豊かになることを願い国策のスギ・ヒノキの植林を行なってきました。いま、米国等の住宅建設需要増や脱炭素社会に向けての取り組みにより国産材需要が伸びています。森林面積が82%を占める京丹波町においても、先代から撫育してきた森林資源を積極的に活用し、昔の雑木林を取り戻すことが必要でしょう。

 山を追われたニホンザルが生きるために農地に出てくるなら、今の世代の私たちの力で山に帰してやらなければなりません。

『季刊地域』2022年春号(No.49)「集落みんなでLINEグループ サル追い払い隊が今日も行く」より 


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ルーラル電子図書館は、一般社団法人農山漁村文化協会(農文協)が運営する「有料・会員制の農業情報提供サイト」です。農文協が発行した雑誌・書籍・事典・ビデオなどを多数収録しており、病害虫の診断から登録農薬の情報、栽培・飼育の技術、加工・販売のノウハウまで、さまざまな角度から農業に関する情報を検索・閲覧することができます。

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『季刊地域』2022年春号(No.49)「集落」」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌でご覧ください。

  • ・町も積極推進、町内15協定が活用へ
  • ・「集落の教科書」づくりで関係人口を増やしたい
  • ・売れ残りの悩み解決! 終着駅が「出かける直売所」
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小田切徳美 著
「にぎやかな過疎」とは「過疎地域にもかかわらず、にぎやか」という、一見矛盾した印象をもつ農山漁村のこと。14章からなる本文に加え、「農的関係人口」などの基礎用語を、著者独自の視点で解説するコラム「農村再生キーワード」を11記事収録。註には本書の背景の深掘り解説や、参考図書の紹介なども多数盛り込む。農村再生のための政策構想を論じた『農村政策の変貌』(2021年)の続編であり、コロナ後の社会と2025年基本計画以降の展開を見据え、農村の過去~現在、そして未来への展望まで総合的に見通す一冊。
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