
『季刊地域』2025年秋号(10月6日発売)の特集は「米騒動の『次』へ お米と田んぼの誘引力」。お米と田んぼで仲間を増やすために、注目したいものがある。イナワラだ。農村に伝わるワラ細工の技術を伝承し、次々と新たな活動を始めている酒井裕司さんに、事業の概要とイナワラが秘める可能性について紹介してもらった。
酒井裕司(長野県飯島町・株式会社わらむ代表)
『季刊地域』63号(2025年秋号)
農家に学んでワラ細工の会社を設立
私が代表を務める(株)わらむは、 長野県飯島町で設立10年になる会社です。ワラ細工製品の製造と販売、さらにイナワラの価値を高めて世の中に周知するためのさまざまな事業を展開しています。

ワラ細工という日本の伝統文化を後世に残そうと会社を設立しました。私自身もワラ細工の職人であり、20人いる職人らの親方でもあります。 以前はまったく別の仕事をしていましたが、地元の農家からワラ細工を教わり、米俵や猫の寝床に使う「猫つぐら」、おひつの保温に使う「わらいずみ」などの製品をつくり、売るところから始めました。


大相撲の俵づくりで経営が安定
設立4年目の2018年に、日本相撲協会から依頼があり、土俵に使う俵の製造を委託されるようになりました。1年で約4500個の俵をつくるという大きな仕事です。
駒ケ根市で栽培されている「白毛もち米」という丈の長い古代米があります。これを倒さないように育てて土がつかない縁起のいいワラを「勝藁」と名付け、俵づくりに使っています。
ワラは地域の農家から1kg50円(わらむが回収に行く場合は25円)で購入しています。年々ワラ細工製品の製造と販売量が増え、しめ飾りだけで年間20万個つくるようになり、必要なワラは20tを超えます。
ワラ細工用のワラは出穂期頃のイネを青刈りしたものを使います。6年前から自社でも耕作放棄地で生産し、現在は4ha栽培しています。さらに、この8月にイナワラ生産を業務とする農業法人も発足しました。
農福連携やワラ細工の学校も開始
また、今年からKORU(株)という会社を別に設立し、就業支援B型作業所「らうりま」の運営も始めました。らうりまに通う利用者に、ワラ細工や農作業を一緒にやってもらいます。現在13人雇用し、彼らの存在は大量のイナワラを扱う大きな力となっています。
それに昨年は、「わレらの学校」という、不登校やひきこもりの子供たちに働く場を提供するワラ細工の学校も設立しました。学校の理事長である佐藤由希子さんと二人三脚で運営にあたっています。

ワラ細工の製造・販売だけではなく、ワラ職人を育成し、原料のイナワラを生産する仕組みづくりが現在の目標です。
ワラと米の再生二期作が面白い
自分でもワラ細工用イネの栽培を始めたところ、たまたまですが、青刈りしたイネの切り株からまた新しいイネが生えていることに気づき、「あれっ」と驚きました。そのまま様子を見守っていたら、やがて米ができました。しめ飾りづくりには稲穂が必要で、以前はわざわざ別に育てていましたが、勝手に生えてきたこの「ひこばえ」を使えばいいと思いつき、「再生二期作」を始めました。青刈りイネを収穫した同じ田んぼで、今度は米をとるわけです。
さらに、再生二期作を始めて3年目に、とれたお米を試しに食味検査に出してみたら76点と、普通作と変わらない美味しいお米がとれました。
同じ田んぼで1回目はワラを収穫し、2回目は米もとれますが、穂付きのワラとしてワラ細工にも利用できるとわかりました。この方法が農家に儲けの出る農業につながるはずと感じています。
神社のしめ縄づくりを復活させたい
もう一つ、これからどうしてもやりたいプロジェクトがあります。それは「しめ縄復活プロジェクト」。全国で神社のしめ縄をつくる人がいなくなって困っている地域がどんどん増えています。そこで、各地の氏子さんを招いてしめ縄をつくる講座やワークショップを開きたい。ワラ細工職人が全国に増えれば、ワラの需要も伸びて、耕作放棄地を利用した生産も増えると考えています。きっと地域の氏子さんがつくったしめ縄のほうが、神様も喜ぶんじゃないかと思います。
私は物をつくること自体が好きだったので、つくる楽しみから自然とワラ細工を始めましたが、それは伝統を引き継ぐことでもあり、ものづくりを超えて歴史をつくることでもあるとわかってきました。地域や日本の歴史、伝統を背負っているところが、ワラ細工の魅力であり、私がはまった理由です。