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和歌山

その想い、どうやって話す? 応援が集まるプレゼンの技術|地域マーケティング講座 #5

2025年10月23日、『季刊地域』の執筆陣が語る全2回のセミナー「ゆるがぬ暮らしをつくる~『季刊地域』セミナー」が開催されます。セミナーを記念して、第1回講師・猪原さんの連載をご紹介。セミナーへの参加前に、ぜひお読みください。

執筆者:猪原有紀子(和歌山県かつらぎ町・くつろぎたいのも山々)

『季刊地域』2025年夏号(No.62)「その想い、どうやって話す? 応援が集まるプレゼンの技術」より

「応援してほしい。でも、どう話せばいいのかわからない」

 これは、地域で新しい挑戦をしようとする方の多くが感じることです。

 行政や地元の人に伝えたいのに、自分の想いやビジョンをどう言葉にしていいかわからず、もどかしさを抱える。そんな相談を、私も数えきれないほど受けてきました。

 けれど、想いが伝わらなければ、応援は生まれません。そして、それが形にならないまま、妄想だけが積み上がっていく。そんな例も少なくありません。

 NPO法人ETIC.が2022年に実施した調査によれば、地域で新規事業を軌道に乗せた起業家の76%が、「地域での信頼や協力者の存在が成功要因だった」と答えています。

 つまり、何をやるかと同じくらい、「誰と話すか」「どのように話すか」が、事業の行方を左右しているということです。

著者:猪原 有紀子

兼業農家でありながらソーシャルビジネスを複数立ち上げる。「無添加こどもグミぃ〜。」販売、「くつろぎたいのも山々」運営、女性の社会起業スクール「SBC」主宰、株式会社やまやま代表取締役。

「話すこと」へのハードルを下げる装置

 私自身、和歌山県かつらぎ町に移住してゼロから起業したとき、「どう話せば伝わるのか」に悩みました。事業計画書を用意しても、会話が始まらない。熱量が届かない。

 そこで編み出したのが、段ボールプレゼンブックという道具でした。

 大きめの段ボールに、写真やスケッチ、キーワードなどを自由に貼って構想をまとめる。それを見せながら「こんなことを考えていて……」と語ると、相手の反応ががらりと変わるのです。

 パワーポイントのような整った資料ではなく、手づくりの温かさと「未完成さ」があるからこそ、対話が生まれる。役場にこのプレゼンブックを持ち込んだ際も、「何それ?」と声をかけられ、自然に語り始めることができました。しかも段ボールでプレゼンしてくる人はいないので、みんな写メをパシャパシャ撮影してくれました。

 「無添加こどもグミぃ〜。」の話や観光農園の構想をプレゼンブックを使って語ると、「それ、おもしろいね」「農家紹介するわ」という方が現われました。まるで、応援者が段ボールに吸い寄せられるような感覚でした。

筆者が自分の体験をもとに開発した「無添加こどもグミぃ〜。」。地元の農家から廃棄フルーツを買い取り、地域の障害者福祉施設で加工から発送まで行なう。市販のグミのようにカラフルで小さくて甘く「無添加のもの」を目指してつくった
筆者が自分の体験をもとに開発した「無添加こどもグミぃ〜。」。地元の農家から廃棄フルーツを買い取り、地域の障害者福祉施設で加工から発送まで行なう。市販のグミのようにカラフルで小さくて甘く「無添加のもの」を目指してつくった

 手づくりの段ボールプレゼンブックから想いが伝わり、共感が広がっていく。それは私にとって初めての「地域とつながる」実感でもありました。

プレゼンは「発表」ではなく「共創」の入り口

 プレゼンというと、完成した企画を堂々と披露する場というイメージがあるかもしれません。けれど、地域で応援を得たいときに大切なのは「未完成なまま語ること」だと私は思っています。

 相手に「どう思う?」と問いかけながら話すことで、対話が生まれ、応援者が育っていく。プレゼンは「説得」ではなく「共創」の入り口なんです。

 私が主宰している女性のための社会起業スクール「SBC」でも、日々その実感があります。北海道から沖縄まで、全国各地から集まった150人超の女性たち。地域課題や社会課題に取り組むため、自らのビジネスを形にしようとする仲間たちです。

 ここでは、段ボールプレゼンブックをつくって、30〜100人に語るという課題があります。それは単なる発表の練習ではなく、「自分の言葉で想いを伝える力」を育てるためのトレーニングです。

プレゼンは「共創」の入り口
プレゼンは「共創」の入り口

 ある受講生はこう話してくれました。

 「頭で考えていたときはなんとなくだったけど、人に話してみたら、『私がやりたいのはこれだった』とはっきり見えてきました」

プレゼンで変わった一人——看護師・福田彰美さんの挑戦

 和歌山で活動するSBC生の看護師・福田彰美さん。彼女は、病児保育を必要とする家庭を支援するための訪問型事業の立ち上げ真っ最中です。

 ただ、人脈も資金もゼロ。何から始めたらいいかわからない状況からのスタートでした。それでも彼女は、段ボールプレゼンブックを手に、とにかく語りに出かけていったのです。

 ある日は、保険営業の方とのランチでプレゼンを。「何を応援させてもらったらええ?」とすぐに返ってきた言葉に、彰美さんは勇気づけられたといいます。

 また別の日は、行きつけのカフェでマスターにプレゼン。「病児保育って、なんで必要なん?」という問いをきっかけに、自分が「前提を丁寧に伝えていなかった」ことに気づきました。

筆者が主催する社会起業スクール「SBC(ソーシャルブートキャンプ)」の卒業式の様子
筆者が主催する社会起業スクール「SBC(ソーシャルブートキャンプ)」の卒業式の様子

 また、「ビジネスコンテストのスライドより、段ボールのほうが本気が伝わる」と言ってもらえたことで、彰美さんの中で考え方が変わっていきました。「賞を取ること自体が目的じゃない。語れる場所を手に入れること。それが本当のゴールかもしれない」。

 そして彼女は、その「語り続けたプロセス」の延長線上で、見事、和歌山のビジネスコンテストで受賞します。誰よりも自分の想いを語り抜いたその言葉の重みが、地域の人々にも届いたのだと思います。

「語ること」は、自分自身を見つめ直すことでもある

 プレゼンを重ねるなかで、彰美さんの語り口にはしだいに自信が宿っていきました。取材を受けに訪れた新聞社にも、いつものように段ボールプレゼンブックを持参。「これで地域を回っているんです」と話す姿は、最初の一歩を踏み出した頃とは別人のように、堂々としていました。

「話すことで、自分の『覚悟』が整いました」

 そう語る彼女の言葉には、事業が動き出すときに必要な「内なるスイッチ」が確かに入った実感がにじんでいました。

 さらに、段ボールプレゼンブックとともに地域を奔走するなかで、思いがけないつながりが生まれます。ある日、地元のタクシー会社の代表から、「ぜひ協業できたらと存じます」というメッセージが届いたのです。病児保育の送迎には、まさにタクシーとの連携が欠かせない。

 それはかつて、関連企業から依頼を受けて書いた小さな記事がきっかけでした。締め切りギリギリで、無償だったその記事。「断りたい」と思いながらも引き受けたあのときの行動が、時を超えて、今の事業と結びついたのです。

 一つひとつの行動が、いつかどこかで、誰かとつながっていく。その連鎖こそが、地域に新しい未来をつくっていく。彼女のエピソードは、それをまざまざと教えてくれます。

段ボールプレゼンブックを手に自分の想いを語る福田彰美さん
段ボールプレゼンブックを手に自分の想いを語る福田彰美さん

地域は「語ることで動き出す」

 想いを言葉にすること。それは、誰かに伝えるためだけでなく、自分自身を深く掘り下げる営みでもあります。段ボール1枚と少しの勇気があれば、人とつながるきっかけはつくれます。

 そして地域は、そうした「語り」の先にある共感や信頼から、少しずつ変わっていくのです。

 私も、話すことが得意ではありませんでした。でも、ある日、ママ友に自分のアイデアを話したとき、「それ、絶対いい! 応援したい!」と言ってもらえたのが、すべての始まりでした。その一言が、段ボールプレゼンブックを手に各地を回るきっかけとなり、今の活動につながっています。

 もし、いま「どう話せばいいのかわからない」と立ち止まっている方がいたら、まずは誰か一人に、自分の想いを伝えてみてください。地域は語ることで動き出します。

 

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松永桂子 編著、尾野寛明 編著
いま地域をベースに活動する20歳代後半から30歳代くらいの世代からは、地域社会に貢献するというよりも、自分がしたいことに地域の課題解決の方向性をすり合わせていく――そんな生き方、働き方がみえてくる。そうした社会のデザイン能力が花開く場として地域が受け皿になっている。農山村や地方都市、大都市の下町で活躍する一人ひとりの「なりわい」づくりに光を当て、そのライフスタイルや価値観を浮き彫りにする。若者を地域の担い手として育成する中間支援組織についても詳述。
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