Loading...
ホーム / 連載 / 基本法改正にもの申す / 【基本法改正にもの申す 第2回】基本法制定の経緯と食料安保の位置づけへの期待
基本法改正にもの申す連載

【基本法改正にもの申す 第2回】基本法制定の経緯と食料安保の位置づけへの期待

 3月26日から「食料・農業・農村基本法」の改正の国会審議がいよいよ始まりました。今回は、そもそも「基本法」とは何かをふり返りながら、改正の焦点となっている「食料安全保障」について提案されていた記事を公開します。『季刊地域vol.52(2023年冬号)』から――。

荒川隆(一般財団法人 食品産業センター)

急浮上した食料安保の議論

 2022年9月29日、食料・農業・農村政策審議会が開催され、「基本法検証部会」の設置が決まった。新型コロナ、物価高騰、ロシアによるウクライナ侵攻など激変する国際情勢の中で、国民に対する食料の安定供給、いわゆる食料安全保障の議論が急浮上している。

 背景には、2021年秋から検討が開始され、今国会で成立した経済安全保障推進法をめぐる議論があった。経済安全保障推進法は、「国民の生存に必要不可欠な若しくは広く国民生活若しくは経済活動が依拠している重要な物資(以下略)」として政令で指定するものに係る物資及び事業について、安全保障上必要となる規制を行なうとともに、支援も講じようという法律だが、この特定重要物資として食料が指定されないという方向が示された。本稿執筆時点(2022年10月18日)では、政令指定が行なわれていないので確定ではないのだが、農林関係物資としては、肥料ないし肥料原体が指定されるにすぎないようだ。

 そうであるならば、食料に関しては、食料・農業・農村基本法の中で食料安全保障をきちんと位置付けるべきだ、との声が上がり、結果今般の「基本法検証部会」の設置に至ったのだろう。経緯はともかく、1999年の制定以降二十余年を経過し、5度にわたる基本計画を経てなお、自給率目標に遠く及ばないという基本法農政であれば、このタイミングで検証し課題を抽出し解決策を探るのは時宜を得たものと言えよう。

食料・農業・農村基本法制定の経緯

 旧農業基本法は61年に制定された。日本国憲法と同様、本条文の先頭に「前文」を有する格調高い法律であった。「選択的拡大(需要の拡大する作物を選択して生産拡大する)」と「農工間の所得格差の是正」を二つのキーコンセプトにしたが、制定後三十数年を経て基本法としての機能を発揮できる状況ではなくなっていた。

 99年に制定された食料・農業・農村基本法は、その名称のとおり、従来の農業基本法に対して、「農業」のみならず「食料」「農村」までを射程に入れている。戦後の農地改革以降、同一規模・多数の家族農業経営が稠密に存在する農村地域は、その後の規模拡大、農地の集積・集約化による大規模法人経営の出現や、土地持ち非農家、都市住民世帯の混住などにより、農業という切り口だけでは割り切れない、様々な利害が交錯する場へと性格を変えていた。かつて農業政策(産業政策)だけで農村問題まで解決できた時代は去り、農村政策(地域政策)をともに講ずることが必要となったのである。いわゆる「産業政策と地域政策を車の両輪とする」施策体系が求められた。

 同時に、食料消費の面では、国民所得の向上に伴い西欧化・多様化する食生活に、国内農業生産の維持継続だけでは対応が困難となり、国内農業の伸び悩み・縮小も相まって、農産物輸入も含めた食料の安定供給という道を選択せざるを得ない現実があった。実際に90年代のウルグアイラウンド合意の実施期間を経て、多くの農産物が関税化され、かつ、その関税も削減されていった。そのような新たな国際環境の下で、国内生産と輸入を両両視野に入れた新たな食料政策が求められていた。

 従来の「農業」のみならず、「食料」そして「農村」という三つの施策分野にまで政策の射程を広げて、産業政策と地域政策を整合的に講ずることにより、望ましい成果を実現しようとしたのが、現行の基本法であったと言えよう。

基本法の下での政策展開

(1)2000年基本計画

 99年の食料・農業・農村基本法制定以来、これまで5度にわたり基本計画が策定されてきている。00年の初めての基本計画では、法定計画事項とされた食料自給率をどのように設定するかが注目された。様々な議論の末、当時40%だったカロリーベース自給率について、計画期間の10年以内での実現可能性にも配慮し、45%とされた。

(2)2005年基本計画

 05年の基本計画は、担い手の明確化と施策の集中化・重点化、これに伴う品目横断的経営安定対策の導入など大胆な方向性が提示された。担い手経営安定新法の制定などの準備作業を経て、07年4月から新法が施行されたが、新政策の対象者についての規模要件(いわゆる「都府県4ha問題」)などが、「農家選別政策」と批判された。07年参議院選挙で与党は大敗、さらに、その2年後の09年衆議院選挙でも与野党が逆転し、政権交代に至った。

(3)2010年基本計画

 3度目の基本計画は、当該政権交代により成立した民主党政権により策定された。政権交代の原動力であった農業者戸別所得補償制度が、基本計画の中心施策として位置づけられ、意欲的な自給率目標(50%)が設定された。だが、農業者戸別所得補償制度に必要な財源手当ても行なわれず、また、規模の大小や担い手か否かなどの構造政策上の配慮もない形での面積あたり定額のバラマキの結果、米価の大幅下落と農地の貸しはがしが懸念された。

(4)2015年基本計画

 15年基本計画は、05年計画と10年計画を省み、前2回のような理念先行の偏った施策体系ではなく、産業政策と地域政策を車の両輪とするバランスのとれた農政を目指したものだった。残念ながら、その後の農政は、官邸主導により、市場原理を中心とする新自由主義的な「奇妙な農政改革」路線が推し進められた。農地中間管理機構による、地域集落の話し合いを無視した強権的な構造政策の推進、准組合員規制や員外利用制限の強化を人質に強引に行なわれた農協改革、協同組合原則を基盤とする需給調整を本旨とする指定団体制度の廃止を狙った生乳改革など、農業生産現場の実態を無視した、改革という名の制度変更が続いた。

(5)2020年基本計画

 20年の基本計画は、政権内部の力関係の変化や農政当局の人事異動などにより、「奇妙な農政改革」からの正常化への発射台となった。行き過ぎた市場原理中心、効率優先の考え方から、産業政策と地域政策の車の両輪論が再び注目され、中小・家族経営にも再度政策の光が当てられた。

直接支払いの必要性

 自国民の生存に関わる農産物については、世界各国とも、輸入制限、関税割当、国家貿易など知恵を絞って国境措置を講じ、自国農業を守ってきた。我が国でも同様だったが、60年代のGATT11条国移行(輸入数量制限の禁止)、IMF8条国移行(自国都合での外国為替管理の禁止)を契機に、農産物の国境措置が脆弱化し始めた。その後の累次の関税交渉で国境措置が徐々に緩和され、昭和が終わる頃には、農産物12品目や牛肉・オレンジの自由化も行なわれた。最後の砦として守ってきた重要5品目も、TPPやその後の日米、日EU交渉で関税削減や無税枠設定を強いられた。

 このような国境措置の脆弱化の中で生じた新型コロナ禍やウクライナ侵攻などで、我が国の食料供給は危殆《きたい》に瀕していると言っても過言ではない。本来、国内農業の存続のためには、輸出国との間の圧倒的な競争条件格差を是正するための合理的な国境措置が不可欠だ。この大切な国境措置を緩和すれば、輸入農産物の流入により国内価格は低下してしまう。国内農業の継続のためには、その価格と生産費との差額の全部または一部を直接支払いという財政負担で支える仕組みが別途必要になる。直接支払いの必要性が叫ばれる所以である。

農業予算は食料安保の保険料

 それにもかかわらず、我が国では農業予算が減少の一途をたどってきた。筆者が農水省に入省した82年、農水省予算は3兆7000億円でピークだったが、その後じりじりと減少を続け、今や2兆2000億円だ。この間、我が国のGDPも国の財政支出も、おおむね2倍となっている。かつてGDP1%の制約で呻吟《しんぎん》していた防衛予算に農水省予算が追い越されて久しいが、今や防衛予算の4割程度にまで低迷している。「国境措置はなくしたうえで、農業予算も削減する」という財政至上主義には道理がない。規模拡大で生産性を向上させ、効率的農業を実現するという産業政策も否定はしないが、圧倒的な内外の競争条件格差に目をつぶり「農業を特別扱いせず、株式会社の参入など競争原理を働かせることが最良の処方箋だ」などとうそぶく財界の論調は無責任きわまりない。

 EUも93年のCAP改革で従来の価格支持政策から直接支払い政策に大きく軸足を移した。その後、農業関連予算額も着実に増加している。食料安全保障のための保険料としての農業予算、という認識が、納税者国民に求められる。

 外国からいつでも安くて大量に買えるのだから、国内でつくる必要はない、という考え方がいかに愚かな考えであるかは、今般のコロナ禍での物流システム途絶で、半導体や医薬品原体、マスクや消毒液の供給不足が生じたことで証明されている。米騒動や食糧メーデー(1946年5月19日に皇居前で行なわれた、政府の食糧配給遅延に抗議する集会。飯米獲得人民大会とも呼ばれる。第二次世界大戦後の社会主義運動の高まりによって、最大で25万人が集結した。(ウィキペディアより))が再び起こることがないよう、確実な食料安全保障政策が成就する食料・農業・農村基本法の改正を望む。(『季刊地域』2023年2月発行号の内容です)


荒川 隆(あらかわ・たかし)

1959年宮城県生まれ。農林水産省大臣官房長、農村振興局長を歴任後、退職。現在は(一財)食品産業センター理事長。著書に『農業・農村政策の光と影』(全国酪農協会)。

この記事をシェア
池上甲一、斎藤博嗣 編著
地球温暖化がこのまま進んでいけば、異常気象、海面上昇、生態系、健康、食料、水資源などに、多大な影響を与えるといわれている。こうした環境問題は飢餓や貧困、格差や不平等といった社会的な問題にむすびつくことで、人々の生存を深刻に脅かす。「気候正義」という言葉に象徴されるように、「地球が病んでいる」という現状認識には、環境と社会が相互にからみあわせて、グローバリゼーションの功罪をとらえていく視点が重要である。紛争と難民、平和と農業といった、いま注目される問題も含めて、考える手掛かりを多角的に提供する。
タイトルとURLをコピーしました