農文協が運営する農業情報サイト「ルーラル電子図書館」で読者が注目した『季刊地域』の記事を連載形式で公開します。
今回は「みどり戦略」について、「有機給食や消費者への理解をどのように高める?」「慣行農業から有機農業にどう転換する?」など様々な課題に役立つ記事を選びました。
*この記事は『季刊地域』2023年秋号(No.55)に掲載されたものです。
「学校給食をすべてオーガニックにする」と公約して当選した市長。高齢化が進む中山間地の農業を有機農業の拡大で活性化する、と宣言したJA組合長。2022年、茨城県北部にある常陸大宮市の有機農業の推進は、この2人のトップの意向で始まった。
その現場では、どんな人たちが新しい栽培法に挑戦しているのだろうか。
茨城県常陸大宮市、文・写真=編集部
JA子会社が給食野菜を有機栽培
「組合長がお宅の雑誌に書いたとおりだよ」
JA常陸の子会社、(株)JA常陸アグリサポートの大宮営業所長・鈴木康成さん(59歳)は少し照れたような顔でそう話す。
本誌『季刊地域』は月刊『現代農業』の増刊号。その『現代農業』2023年3月号に、JA常陸の秋山豊組合長が「JAも有機農業・有機給食を推進すべきだ」というタイトルで有機農業推進に舵を切った経緯を書いている。当初、鈴木さんらアグリサポートの現場職員からは、「むーりー(無理)!」という否定的な反応ばかりが続いたそうだ。
アグリサポートは、農家から預かった田んぼでの米づくりが主な経営。大宮営業所だけでも受託する水田は50ha、他に米の乾燥調製を請け負うライスセンターの運営とイネの育苗が約10万枚、畑ではサツマイモ10haとネギ1・2haなどをつくる。有機農業のノウハウがあったわけでもない。しかも学校給食用の野菜を新たに何品目もつくれと言われれば、二の足を踏むのが普通だろう。だが、その後の急展開を聞けば、そんな経緯があったとは信じられない。
昨年から始まった有機栽培の野菜づくりは、1年目、ジャガイモやカボチャ、ニンジン、サツマイモなど計4tが市内の小中学校15校の給食に提供された。アグリサポートでは、今年になってからキャベツやハクサイ、ダイコン、タマネギも収穫している。給食だけでなく、市内の道の駅「かわプラザ」などの直売所でも販売した。
「とくにニンジンは葉付きで出したらバカ当たりしちゃって(笑)。街中のスーパーだとお客さんはかさばって困るでしょうが、道の駅はみんな車で来るので喜ばれるんです。一日に200本も売れました」
手ごたえも失敗も
ただ、うまくいったことばかりではない。ジャガイモの隣に植えたナスは、ニジュウヤホシテントウに葉をスカスカにされた。ジャガイモについていたこの虫にとったら、隣に好物を用意してもらったようなもの。「無農薬でつくる基本がわかっていなかった」と、鈴木さん反省の弁。
カボチャはウネ間にクズ麦を播いてリビングマルチにした。長く伸びた麦が雑草を抑えるのに加え、カボチャの果実を覆い隠して日焼けと獣害対策になる。昨年はクズ小麦でうまくいった。ところが今年は、アグリサポートがつくるカシマムギという六条大麦のクズ麦を使ったところ、膝丈ほども伸びずに穂を出してしまった。これでは雑草も日焼け果も抑えられない。
しかし鈴木さんは、失敗も含めて新しい栽培技術に挑戦するのが楽しそうだ。「まだ2年目だから……」と慎重だが、今のところ無化学肥料・無農薬でも慣行栽培の7〜8割ほどとれているという。
「無農薬も、昔と違ってある程度栽培が確立しているんで、なんでも虫食いだらけ、形が悪い、とはならないようなんです」
鈴木さんは「『農協(の子会社)にできるんだから、オレにもできっぺ』と農家に思ってもらいたい」とも話す。アグリサポートには有機農業推進の先陣を切る役割が期待されている。
有機栽培講座で参加農家を募る
6月29日、アグリサポートの畑を使って市主催の有機栽培講座が開かれた。畑があるのは県営畑地帯総合整備事業で整備された32haの一角で、ここにアグリサポートの畑が18haある。そのうち1・5haを昨年から有機栽培に充てており、今年はさらに2ha拡大した。
常陸大宮市は、この県営事業の畑を拠点に有機農業を広めようと考えている。アグリサポートの他に、県内で有機農業に取り組んできた2法人を誘致しており、計10・5haで栽培が始まった。次は市内の一般農家に有機農業を広げていくことが課題だ。道の駅の出荷部会員から興味のある人を誘っているそうで、この日の講座には60〜80代の男性8人が参加した。
講師を務めるのは、いばらき有機農業技術研究会会長でつくば有機農業技術研究所所長の松岡尚孝さん(68歳)。この日の講習内容はニンジンを有機栽培するための圃場の準備。太陽熱養生処理のやり方だ。
▼太陽熱養生処理
畑には牛糞堆肥1tのほか、市販の有機肥料、マドラグアノ(リン酸肥料)、納豆・酵母菌液が散布され、平らなベッド(栽培床)ができている。ここに約1m幅の透明ポリマルチをして、これから3週間ほどおくのだ。
太陽熱と微生物の発酵熱を利用することで、雑草の種子や病原菌、センチュウの密度が下がる。また土壌の団粒化が進み、有機物の分解が進んでアミノ酸などの肥料成分の生成が期待できる。アグリサポートの鈴木所長が昨年「バカ当たりした」というのも、この太陽熱養生処理をしてから播いたニンジンだ。
農薬・化学肥料に頼らない有機農業と慣行農業の間には高いハードルが横たわるイメージがあるが、松岡さんにそんな気負った様子はない。
「ニンジンで大事なのは発芽。太陽熱養生処理で、ニンジンの芽が草に負けないようになります」と松岡さん。畑をポリシートで覆うと聞くとたいへんそうだが、トラクタに付けたマルチャーでベッドをマルチしていくだけだ。薄いポリシート1枚が、発酵熱と太陽熱を活かすうえで絶大な効果を発揮する。そのポリシートを播種時に真ん中で割いて両側に開けば、通路の雑草対策になる(下図)。参加者からは、この方法にも感心する声が上がっていた。
▼害虫対策
害虫の被害は心配ないのだろうか。秋になり生育が進むと、キアゲハの幼虫がよく出る。しかしキアゲハが卵を産むのは1カ所に1個ずつ。幼虫は大きくなった葉っぱしか食べず、新葉は食べない。それも1匹で2本ほどの葉しか食べないので気にする必要はない、とのこと。
厄介なのはヨトウムシだ。ニンジンの葉には卵を産めないので、周囲の緑の葉っぱを除去することが大事という。ここで活きてくるのが通路のポリマルチだ。ニンジンに覆い被さる雑草を防ぐうえ、ヨトウムシ対策にもなる。「最悪、発生した場合は、JAS有機で使用が認められているBT剤(*1)という逃げ道がある」。松岡さんの話を聞いていると、やれそうな気がしてくる。
*1 BT剤 バチルス・チューリンゲンシス(BT)という微生物がつくる殺虫タンパク質を利用した殺虫剤。
田んぼは2回代かきと深水で雑草抑制
今年から米づくりも始まった。市内の小中学校15校の給食米37tすべてを有機米にするため、27年度までに栽培面積を15haに拡大するという。1年目は、アグリサポートが3.2ha、農家の藤田正美さん(81歳)が70aでコシヒカリの有機栽培を始めている。
米を無農薬でつくるにも、ニンジンと同じく雑草対策が重要だ。田んぼの指導を仰いだのは栃木県上三川町の民間稲作研究所。同研究所では、亡くなった前理事長の稲葉光國さんが、千葉県いすみ市や兵庫県豊岡市の有機栽培に協力してきた。いま各地で話題になっている学校給食への有機栽培米導入で、技術の土台を築いたと言っていいだろう。
民間稲作研究所による雑草対策のポイントは二つある。一つは2回代かき、もう一つは深水栽培だ。 果たしてその効果は? 民間稲作研究所から副理事長の五十畑匠さん(32歳)、理事の川俣文人さん(39歳)を迎えての現地研修会が7月14日に行なわれた。
アグリサポートと藤田さんのイネは、有機栽培とは思えない葉色と茎数だった。本葉5葉まで育てた成苗を5月27〜29日に植えたコシヒカリは、この日、出穂25〜20日前。茎の中には2〜3mmの幼穂ができていた。7月10日時点で茎数は1株30本を上回る(坪36〜40株植え)。10a8俵は十分狙えそうだ。
周囲の慣行栽培のコシヒカリは葉色も茎数もピークを過ぎている。いったん増えた茎が栄養状態の低下とともに減少し、残った茎が幼穂をつくる。だが、こちらは6月下旬から濃い葉色を保っており、茎数は今がピーク。イネは活力を保ったまま穂づくりを始めているので大きな穂を出すだろう。
「深水にしている間のイネは黄色い色。『これはなんだっぺ』と心配になったの。それで6月下旬に浅水にしたら黒くなって、急に分けつが増えてきた。深水は草も抑えっけど、イネの分けつも抑えんだね」
そう驚く藤田さんは、水田10haのほかソバ14ha、それにイチゴの高設栽培やネギ、キウイも家族経営でつくる大きな農家だ。イネの有機栽培は市役所に声をかけられてやる気になった。
稲作談議が盛り上がる
▼コナギ対策
心配した雑草は、アグリサポート、藤田さんともおおむね抑えられている。藤田さんの田んぼの一部はコナギが多いところがあったが、『現代農業』で見た酢除草を試したところ、ある程度の効果が確認できた。
この田は、水もちがよくないことがコナギが増えた原因と考えられるという。民間稲作研究所の川俣さんから、2回代かきのやり方を変えてみるようアドバイスがあった。
水もちが悪い田はコナギが残りやすい
水もちがよくないと、2回の代かきの間に湛水を続けるために常に水口からかん水を続ける必要がある。すると、水温が上がらないし、水とともに酸素が供給される。これでは、還元状態(酸欠状態)で発芽のスイッチが入る性質をもつコナギの発生が遅れやすい。2回目の代かきによってコナギを浮かせて減らすことができないのだ。
民間稲作研究所の川俣さんは、1回目の代かきをヒタヒタ水で丁寧にやることで水もちを改善するよう提案した。
▼アメリカザリガニ対策
両者の田んぼとも、アメリカザリガニの大繁殖に悩まされたところも一部ある。枕地に植えた苗がきれいに消え、初めは植えるのを忘れたかと思ったそうだ。「それで苗を補植すると、植えたそばからまたハサミで切られた(笑)」と藤田さん。そこでアゼ際を掘ってザリガニが集まりやすくしたうえ、網ですくってバケツ3杯分も捕まえた。
アグリサポートでは、ベトナム人の技能実習生がザリガニ獲りに奮闘してくれたそうだ。というのも、ザリガニはかなり美味しいらしい。「これでザリガニの防除対策は確立できた」と茶化す声が上がって、現地研修会は大爆笑。「問題もあるが、それも笑い飛ばせるくらいですから。1年目としては上々の生育」と川俣さんが総括した。
この現地研修の半月前、畑の有機栽培講座の後に案内してもらった田んぼで、藤田さんとアグリサポートの職員が互いのイネの感想を述べ合う場面に出くわした。イネの色、分けつの進み方、コナギに食酢をかける、という話から、暑い日はザリガニがイネに這い上ることを発見した話まで、初めて経験することばかりで話が弾むのだ。有機栽培には稲作談議を盛り上げる魅力がある。
藤田さんは、来年はもう50a有機栽培を増やすことに決めた。周囲にも興味を持って田んぼをよく見に来る農家が3、4人いるという。
農家ファーストの有機農業を広げたい
学校給食用の有機農産物を増やすには、生産者・面積の拡大のほか学校給食センターとの調整も必要になる。
昨年とれた野菜は、給食センターの規格に合ったものが使われ、それ以外は道の駅の直売所などで販売された。今年は市農林振興課がもう一歩踏み込んで、たとえばSサイズのジャガイモなどを市が買い取ったうえ、新たなメニュー開発などにも取り組んでいきたいという。
有機栽培した給食用野菜の購入価格は市場価格の1.25〜1.3倍、品目によっては1.5倍だ。今年から始めた米は2倍程度を予定している。市長の意向もあり、有機栽培の野菜や米を高く買う分の費用は市が全額負担する。
また、野菜も米も有機JAS認証(*2)取得を基本に進めていくそうで、認証費用は県の事業を使って補助している。JA常陸の大宮営農経済センターが組織として認証を申請しており、JAの「有機農産物生産部会」の部会員になれば個人の負担が安く済む仕組みをつくった。
*2 有機JAS認証 有機食品のJAS(日本農林規格)に適合した生産が行われていることを登録認証機関が検査し、認証された事業者のみが有機JASマークを貼ることができる。有機栽培を始めて2年目で「転換期間中有機農産物」の表示ができ、3年目以降に「有機農産物」の表示ができる。
有機農業の推進を担当する市農林振興課課長補佐の疋田徹治さん(48歳)は、一昨年までは農地の基盤整備を担当していた。家は農家で、栽培も含め農業のことがわかる。農家の友人知人が多く、県の農林担当職員にも知り合いが多いことが市長の目に留まったのか、白羽の矢が立った。担当になるまで、有機農業には関心がなかったそうだ。市が音頭をとっても、手間をかけリスクを負ってまで取り組む農家は出てこないのではないかと思っていた。
だが自分が担当することになり、民間稲作研究所の現理事長・舘野廣幸さんの話を聞いて考えが少し変わった。いかにラクをして経費をかけずやっていくかに有機農業の醍醐味がある、と理解したという。2回代かきや有機肥料の施肥に余計な手間がかかっても、その代わり除草剤がいらなくなる。農薬散布も化学肥料もいらなくなるからだ。
「資材が高騰するのに、農産物の値段はなかなか上がらない。だから地元の有機物資源を活かして経費を減らす。農林振興担当としては、農家が安定した経営を続ける手段の一つとしての有機栽培があってもいいかな、と思うんです」
牛糞堆肥だけでなく、今後はチッソ成分が多い鶏糞や豚糞も地元産を利用できる態勢をつくるという。そうすれば畜産農家の経営にも役立つ。農家本位の、農家のための有機農業を広げたいという。
『季刊地域』2023年秋号(No.55) 「有機で元気になる! 学校給食の野菜と米を入口に 有機農業、始めました」より