2025年11月28日、『季刊地域』の執筆陣が語るセミナー「ゆるがぬ暮らしをつくる~『季刊地域』セミナー」が開催されます。セミナーの開催を記念して、講師・鴫谷さんの記事をご紹介します。

執筆者:鴫谷 幸彦(新潟県上越市・たましぎ農園)
『季刊地域』2024年春号(No.57)「年をとっても規模が小さくても農業を続けるために」より

執筆者:鴫谷 幸彦
新潟県上越市の農家。農地を維持しながら新規就農者を育てる「川谷もより農地中間管理チーム」の実践に携わる。
百姓が百人、百年先も笑って暮らせるむらづくりをしよう
川谷もより地区のみんなが、とことん夢を語り、想いを出し合ってつくった地域の将来ビジョンは、2016年2月ついに完成。以後このビジョンに基づいて私たちは様々な活動をしてきました。今回から代表的な実践を紹介していきたいと思います。
暮らし安心事業〜川谷もよりで暮らし続けたいから〜
川谷もよりでは、昔から住民相互の助け合いの仕組みがあり、「えーっこ(結いっこ)」と呼ばれていたそうです。現代の生き方に合わせた新たな有償ボランティア制度として復活させることで、子育て中でも年をとってもずっと安心して暮らせる、川谷もよりの暮らしの基盤を整えようと考えました。
まずは、ビジョン策定のワークショップや訪問調査で出てきた暮らしの不安を元に、想定されるサービスメニューのリストアップをしました。たとえば通院や買い物などの送迎、買い物代行、雪掘りや道つけ(新雪をカンジキで踏んで歩けるようにする作業)、子供の一時預り、家の修理修繕など。そしてこれらを請け負う場合、サービス提供者は1時間当たり約1000円を受け取り、そのうち半額をサービスを受ける者が支払い、もう半額をもより会で補助するという制度でスタートしました(送迎支援は費用の全額をもより会が支払う)。しかし遠慮する人が多く、思ったほど利用が伸びません。送迎支援だけはそれなりに利用がありました。
▼人気の送迎支援、どう実現したか
川谷もよりは山間に位置し、地域内には簡易郵便局と小さな商店が一つになった「川谷店」があるのみ。買い物や通院を考えると、車がなければ暮らしていけません。コミュニティバスもありますが、本数が少なく乗り継ぎの待ち時間が長いことなど使いづらさがありました。高齢で運転免許を手放さざるを得ない場合など、それはもうここでは暮らせないということとほぼ同じです。こうして現在は送迎サービスのみ続けていて、利用者は年々伸びています。
制度づくりでネックになったのは道路交通法でした。無許可で送迎しお金を受け取ることはできません。NPO法人化など検討しましたが、どれも大げさで私たちのような小さな地域には合わないと感じました。検討を重ねた結果、サービスを受ける者は無料で利用し、謝金と車の借り上げ料全額をもより会から支払うという仕組みに落ち着きました。
「暮らし安心事業」では、今のところ送迎支援以外のサービスは動いていませんが、必要があればいつでも他のサービスメニューを復活させることができます。大切なことは、誰もが住み続けられることです。
基幹事業〜米づくりを未来に引き継ごう〜
川谷もよりの暮らしを支えてきた米づくりに関する事業です。豪雪とブナの保水力のおかげで、豊富な湧水が棚田を潤してきました。今日まで受け継がれてきた米づくりをみんなで守る仕組みを考えました。

(1)農道・水路の維持
集落ごとに管理してきた農道や水路を、地域共有財産として広域の共同作業で守ろうという仕組みです。人口減少と高齢化で維持が難しいと感じ始めていた頃でした。
移住者である私にとっては発見がありました。共同作業で教わる昔話や仕事の仕方が、同じ集落の先輩から教わるのとは少し違って新鮮に感じられました。また、ほかの集落の農道や用水を知ることで、水がどこからきてどう使われているのか、少し視野が広がったのです。
大げさに思われるかもしれませんが、この地域で農業をし、暮らすことの意味を、空間の広がりと時間軸の中に感じることができた取り組みです。

(2)獣害対策
10年ほど前から増えてきたのがイノシシ被害。山際の田んぼだけでよかった電気柵が、家の前まで必要になりました。まずは専門家を呼び、被害調査や電気柵の設置講習を開催。電気柵の整備を進め、さらに積極的に頭数を減らすために捕獲作戦に踏み出します。ワナや銃の資格維持のための費用を一部補助(年1万円)。ワナの整備。害獣を駆除した場合に報奨金(イノシシ7000円など)を出しています。この間、6人の猟師が生まれました。

(3)就農者の組織的な受け入れと指導体制づくり
「地域おこし協力隊」を活用し、就農者の誘致に力を入れました。先輩移住者による指導体制を整え、当地で農業をすることのリアルと魅力が伝わるような募集要項のつくり込みや、情報発信を工夫しました。同時に、住居と農地のマッチングがうまくいくように、空き家と農地の維持管理の仕組みを模索してきました(空き家の維持管理は前号参照)。
これまで何とか踏ん張ってきた先輩農家(80〜90代)のリタイアがいよいよ始まり、新規就農者へバトンタッチするまで農地をどう維持するかが喫緊の課題となりました。実際に3〜4年前に突如離農があり、農地2haをどうするかという問題が浮上しました。受けるものがほかにいないため天明伸浩さん(30年前に東京から移住)が引き受けてつないできました。そしてこの春、農地を一時的に管理するチームが発足します(実際の活躍ぶりや課題は連載の後半で紹介できそうです)。

行政関係者は、川谷もより地区にはすでに何人か若い担い手がいるのだから、その経営体が規模拡大すれば問題ないと思っているようですが、私たちの考えは違います。
天明さんはよく言います。「村に20haの農地があれば、1人が大規模にやるのではなく、2haずつ分け合えば10人、1haずつなら20人が暮らせる」。あくまで百姓百人。これが私たちのビジョンです。
川谷もよりには、地域おこし協力隊後に農家として定住した者が1人います。任期途中で辞めて定住に至らなかったケースもありました。現在は協力隊が2人おり、うれしいことに来夏の任期満了後も農家として定住する意向を示しています。
農家を増やすことを諦めない
今回紹介した二つの事業部門は、今まで大切にしてきたことをいかに残し、続けていくかというテーマで共通しています。一見地味で、目新しさはないかもしれませんが、絶対に疎かにできないことです。
心に浮かんできたシーンが三つあります。一つ目は私が移住して来たころ、裏に住む曽根春英さんが「空き家になった家に灯がともった。それがうれしくて毎晩眺めている」と話してくれたこと。
二つ目は、90歳を超えて一人暮らしを続けていた鳥越ムツさん(故人)が、早朝の坂道をゆっくりと一輪車を押してごみ捨てに歩いていた姿を見た時。「何もできなくて、迷惑ばかりかけます」が口癖だった彼女は、確かに高齢で共同作業など集落の仕事はできませんでした。でも畑仕事やごみ捨てなど、弱音を吐かずに一生懸命暮らす姿を見る時に、私はどれだけ勇気をもらったことでしょうか。
そして三つ目は、地域おこし協力隊として赴任した夫婦が、亡くなったムツさんの家に引っ越してきた夕方。あの家にまた灯りが見えた時です。
農家が減るなか、国は「地域の農地を誰が利用していくのか」将来予想図をはっきりさせようと「地域計画」策定を義務化しました。農地バンクを活用した担い手への農地集約にも力を入れています。耕作放棄地を出さないための一つの考え方かもしれませんが、農家のリタイアを促している側面は否めません。農家の減少を前提に何もせず、今いる担い手だけに割り当てていくだけで、本当に農地や地域が永続的に守られるのか疑問です。
担い手を限定したり、極端な集約化を狙ったりすると、地域にとってはマイナス面が強くなります。ベテラン農家が踏ん張ることのありがたさや、教わることの多さを私たちは知っています。集約しすぎると農道や用水が共有財産であるという意識が薄れ、地域の力は弱まることも知っています。
年をとっても、規模が小さくても、誰もが農業を続けられるようにすること。農家を増やし農地を分かち合うこと。そんなにぎやかな未来を、私たち川谷もよりの住民は誰一人諦めていません。その決意が将来ビジョンに表われています。
\\ まだまだ参加申込み受付中!詳細は、下のバナーをクリックしてご覧ください。//

『季刊地域』の執筆陣が語るセミナー 第1回は、2025年10月23日に開催しました
第一回目の「季刊地域」セミナーでは、和歌山県に移住し、地域資源を活かしたグミの開発やキャンプ場オープンに挑戦する猪原有紀子さんを講師にお招きし、地域マーケティングについて、お話いただきました。
三兄弟の母としての暮らしと、地域ビジネスを両立する姿に注目が集まっています。
セミナー参加者の声(アンケートより)
素晴らしかったです…!営業とマーケティングの違い、マーケティングファネルのことなど、とても明確で明快に説明してくださり、とてもわかりやすく刺激的でした。やはりWebマーケティング会社での勤務経験や、グロービスで経営を学ばれた強みが、最短で結果を出せる力につながっているのだなと思いました。質問にもとても誠実に答えてくださり、共感を呼ぶことでファンを増やしていくことができる、天性のものも兼ね備えた方であると感じました。素晴らしい方を発掘(?)されましたね。(ご本人からの営業だということなので、”発掘”ではないかもしれませんが…)(広島県・Mさん)

(近日中に、アーカイブ版の配信があります)