2025年10月23日、『季刊地域』の執筆陣が語る全2回のセミナー「ゆるがぬ暮らしをつくる~『季刊地域』セミナー」が開催されます。セミナーを記念して、第1回講師・猪原さんの連載をご紹介。セミナーへの参加前に、ぜひお読みください。

執筆者:猪原有紀子(和歌山県かつらぎ町・くつろぎたいのも山々)
『季刊地域』2025年春号(No.61)「自治体や地域を巻き込むときに大事なコミュニケーション」より
自治体や地域から信頼を得るには
「やりたいことはあるけれど、どうすれば自治体や地域の協力を得られるだろう」
そんな読者の皆さんに、今回は自治体や地域を巻き込むための信頼を築き、応援を得るためのコミュニケーション方法をお伝えしようと思います。これは、私が和歌山県かつらぎ町で活動を始めたとき、自治体の職員や地域住民と信頼を築くために行なった方法で、多くの応援者を得るきっかけとなったアプローチです。
地方で挑戦する際、特に新しい環境でゼロから始めるとき、このコミュニケーションがどれほど有効か、私の実体験を交えてお伝えします。

著者:猪原 有紀子
兼業農家でありながらソーシャルビジネスを複数立ち上げる。「無添加こどもグミぃ〜。」販売、「くつろぎたいのも山々」運営、女性の社会起業スクール「SBC」主宰、株式会社やまやま代表取締役。
まず、ママ友をつくった
2018年、私は大阪市から和歌山県かつらぎ町に移住しました。当時、三男は生後1カ月、長男と次男は保育園児。土地勘もなく、知り合いも一人もいない状況でした。
このような環境でのスタートは、地方移住者に共通する課題でもあります。総務省の調査によると、地方に移住した人のうち約60%が「地域との関係性の築き方」に悩み、うち半数以上が「孤立感」を抱えていると報告しています。一方で、地方は人口密度が低く、地域の人々と直接関わる機会が多いという利点があります。
そこで私は、まずママ友をつくることから始めました。保育園の送り迎えや町が主催する子育てセミナーに参加することで、少しずつ顔見知りを増やしました。
前回、段ボールプレゼンブックのつくり方を紹介しました。このプレゼンブックを使って、自分がこの町につくりたい農園のイメージ、いま開発真っ最中の無添加お菓子のイメージ写真を語りながら、「かつらぎ町を子供たちにとってより良い町にしたい」という目標を共有することを心掛けました。
その結果、15人ほどの町民が私の自宅に集まり、1年間にわたってワークショップを開催しました。このワークショップでは、かつらぎ町が抱える課題や、将来目指したい姿を具体的に話し合いました。その成果をまとめ、町役場で町長や担当課長に発表したことが、私と自治体との関係を築くきっかけとなりました。

動くと可能性が広がる
以前、この話をセミナーでしたところ受講生の方からこんな質問をいただきました。「そのワークショップが明確に実績につながるかわかっていたんですか?」
答えはNOです。私は占い師ではないので、今の行動が将来どんな未来につながるかはわかりません。
じゃあ、なぜまだ幼い子供を抱えながらリビングを片付け、自宅を提供し、時間もエネルギーもこのワークショップに費やしていたのか?
それは、動くと「運気」が動くからです。じっと家の中で静かにしているだけでは何も起きないことは確かです。しかし、煩わしい、面倒くさいと思いながら、家の外に出て地域の人と出会い、自分の理想を語っていると、必ず何かが起きます。
読者の皆さんには、実績につながるかどうか確信がなくても、物理的に動くと、そこから新しい可能性が広がるということをぜひ試してほしいと思います。すると、新しいアイデアや協力者が自然と集まり、やがて「動いていてよかった」と実感する瞬間が必ず訪れます。
地方では、都会と比べて自治体との距離が近いという特長があります。私たちは、この特長を活かし、自分たちの活動を少しずつインターネットで発信しながら、自治体トップの耳に届くよう心掛けていました。
| 地域住民を巻き込むポイント |
| ・まずは小さな行動から始める ・人との出会いを大切にする ・失敗を恐れない ・自分の想いを言葉にして伝える |
自治体に頼らず、自分で小さく始める
地方でプロジェクトを始める際、「自治体が支援してくれるはず」という期待を抱きがちです。しかし、自治体は動きが遅いことが多く、現実的な成果を得るまでに時間がかかります。
日本政策投資銀行の報告によれば、自治体の事業決定には平均して6〜12カ月が必要であり、これは民間組織に比べてはるかに長いスパンです。そこで重要なのは、「自治体に頼らず、まず小さく自分で始める」という姿勢です。
私は、観光農園の構想を実現するために、段ボールプレゼンブックを活用し、地域住民を巻き込みました。このツールを使って具体的なビジョンを示すことで、協力者を得ることができました。
自治体が動くのは、プロジェクトがすでに成果を出している場合や、目に見える形で地域に利益をもたらす可能性がある場合です。なので、まず自分で小さくても成功例をつくり信頼を得ることが必要です。
「くれくれさん」にならず、自立した市民であることは、自治体と良好な関係を築くための重要なポイントです。自治体は無尽蔵のリソースを持っているわけではなく、限られた予算や人員で多岐にわたる課題に対応しています。その現実を理解し、できる限り自分たちで行動を起こす姿勢を示すことが、信頼関係の土台をつくります。
自治体トップ(町長、市長、県知事)の身になってみてください。彼らからすると、実績があり、地域に貢献する活動を自ら進める人々に対しては協力しやすくなります。なぜなら、そのような活動は自治体の施策を補完し、地域全体に利益をもたらすからです。
例えば、私がかつらぎ町で始めた観光農園の取り組みでは、自治体に対して「こんな事業を支援してほしい」と要求するのではなく、「このような活動を進めており、町に貢献できる部分がある」と実績を示しながら提案しました。結果として、ふるさと納税返礼品への採用や広報活動での支援など、自治体からの協力を得られるようになりました。

自治体とウィンウィンの関係を築く方法
自治体に頼るだけではなく、自分たちができることを積極的に提案し、自治体と協力して進めていく「ウィンウィンの関係」を築くことが理想です。そのポイントをまとめてみましょう。
▼自治体の目標や施策を理解する
自治体は「地方創生総合戦略」や「地域振興計画」などを発表しています。これらを理解し、自分たちの取り組みがどの施策に関連するかを明確にすることで、協力を得やすくなります。
▼提案には具体的な成果や数字を示す
単に「応援してほしい」ではなく、「この取り組みが町にどのような利益をもたらすか」をデータや実例を基に提案することで、説得力が増します。
例えば私は、ブルーベリーの観光農園を始めるにあたり、日本で最も集客しているブルーベリー観光農園の来園者数や売上の実績、養液栽培を導入した場合の収穫量・品質・収益性の向上を示すデータなどを示しました。
▼自治体職員を仲間として巻き込む
職員も人間です。「協力してもらう」ではなく、「一緒に取り組む」という姿勢で接することで、共感を得やすくなります。
信頼感に加えブランディング効果も
自治体との連携は、プロジェクトに信頼性を与えるだけでなく、地域ブランディングにも寄与します。私が運営する「くつろぎたいのも山々」では、自治体との関係を深めることで、以下のようなメリットを享受してきました。
知事や町長によるプロモーション 和歌山県知事が訪れ、地域農家を集めたタウンミーティングを開催。かつらぎ町の町長が、テレビで私たちの活動を紹介してくれました。
補助金の活用 県のグリーンツーリズムの補助金を活用し、活動範囲を拡大。
メディア露出 県の予算で雑誌に掲載されるなど、広報支援を受けることができました。

こうした自治体との関わりが生む「自治体に応援されている」という信頼感は、プロジェクトの社会的信用を高めます。また、私たちの活動が300以上のメディアに取り上げられるたびに、「和歌山県かつらぎ町」という地名が広まり、地域全体の認知度向上につながっています。
自治体にとっても、私たちの成功は自らの施策の成功例として評価されるため、双方にメリットをもたらすウィンウィンの関係が築かれます。
信頼を築くための具体的なステップ
以上をまとめると、地方でのプロジェクトを成功させるためには、次のような具体的なステップを実践することをお勧めします。
(1)小さく始める 自分のリソースでできる範囲で取り組み、自治体に頼らない姿勢を示す。
(2)成果を見せる 成功例を通じて、プロジェクトが地域にもたらす利益を証明する。
(3)自治体に情報を届ける 活動報告を適宜行ない、自治体トップの関心を引くことで、しだいに支援を得られる。
地方創生に関する内閣府のデータでは、地域住民と自治体が連携したプロジェクトの成功率は70%を超え、単独での取り組みに比べて2倍以上の効果があるとされています。
地方でのプロジェクトは一人では完結しません。地域の人々、自治体、民間企業の力を借りながら取り組むことで、持続可能な事業を築くことができます。ぜひ、今回の内容を参考にして、皆さんも地域での挑戦を形にしてくださいね!
次回もどうぞお楽しみに!
