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新潟

【地域力を探す旅1】カズコさんの泥つきジャガイモ

地域力とは何か――。筆者・鴫谷幸彦(しぎたに・さちひこ)さんは、3年ほど前からその答えを探してきたそうです。なぜかといえば、今ほどこの力が大事な時代はないと思うから。農業への関心は強めても、農村には目が向かない令和の米騒動に、その危機感が深まります。

執筆者:鴫谷 幸彦(新潟県上越市・たましぎ農園)

探しものが見つかった

「おまんは、わすれっぽだなぁ」

とよく言われる。

「わすれっぽ」は忘れん坊。物忘れがひどい人を指す上越のお国言葉だ。小さい頃からずっと探し物をしている気がする。今暮らす村のとうちゃん、かあちゃんよりも、物忘れやなくしものが多くて、いつも笑われている。

大事なものをなくすと困るのは自分なのだが、いつものことなので慌てないことが多い。周囲の心配をよそに「探し物というものはね、探していると出てこないの」と悟ったようなことを言うか、「なくしものをするとね、見つけてくれる人がいて、人に感謝することが多くなる」なんて屁理屈を言う。

さて、ここのところずっと探していたものが、最近やっと出てきた。探しものが見つかった時の感動、回数だけは人一倍多い自信がある私だが、今回のは特別にすごく嬉しかった。

どんどん弱まり、消え続けている…

探し物とは「地域力」。地域力と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。祭りやイベントの「にぎやかさ」だったり、道普請や用水普請のような「共同作業」だったり、災害に対する「防災力」だったり。

「地域力」は、口に出してしまえば、なんとなくわかったような気がするけれど、説明しろと言われると難しい。そんな言葉だ。今ほど地域力が大事な時代はないと思うのは、空気のようにあるのが当たり前だった地域力が、どんどん弱まり、消え続けていると思うからだ。

令和の米騒動で、にわかに農業への関心が強まっているが、テレビもインターネットも農村という視点がすっぽり抜け落ちていることに、あれ?と思ってしまった。

私が暮らす川谷もより地区は、「百姓が百人、百年先も笑って暮らす村づくり」をしようと、将来ビジョンをつくって10年以上取り組んできた。新しい住民が増え、にぎやかになっていくこの地区には、まちがいなく「地域力」があふれている。ところがエリアを広げてみてみると、旧源村、旧吉川町、上越市でもどんどん農家が減り、高齢化と過疎化が止まらない。

「農業は国の基、農業を成長産業に!」なんて、威勢のいい政治家の言葉のなんと虚しいことか。誰も農村のこと、ましてや農村から生まれ、農村を保ってきた「地域力」なんて言葉は、存在自体忘れ去られようとしている気がしている。

集落なしに、農業は続くか

2025年の12月に、市民有志による「上越市の農業を考える会」で、平場の中規模農家がこんな話をしてくれた。

「これからは、限られた人間で、どれだけ効率よく農業ができるか、そのためにはスマート農機に頼るしかない。農業に従事する人も、別に地域に暮らしている人じゃなくていい。町場から通勤してくる人でいい」

正直ビックリした。農村に暮らさぬ政治家の空虚な発言と違い、農村に暮らす農家自らの言葉は重い。いくら探しても、話の中に農村も地域力も見当たらなかった。

いっぽうで年末に会った農協の元経営委員は、私の腕をつかんでこう聞いてきた。

「おいあんた、どっちがいいと思う? 地域の農業を、集落を超えてでも大規模な数軒の農家でやるべきか、ある程度中規模でも何軒かの農家でやるのと」

唐突に聞かれた私は、とっさに「今後、米価が下がってしまうなら、自然と農家の数は減るから、大規模もやむなしとは思いますが、でもそれじゃ、集落は続かないと思います」と答えた。

すると彼は「そうだろ? そんなんだよ!」と、困った顔のままでそう言った。

地域力を言語化したい。地域力ってどうして大事なのか、守らなければならないのか、説明するためには、どう表現したらいいのか。私は3年前くらいからずっと探してきた。なかなか見つからないので、珍しく焦ってもいた。

転換トンネル

新年が明けて、毎年恒例の里帰りをした。生まれ育った千葉県柏市の親のところへだ。関東から新潟県の山奥に移住したのは2012年。だから里帰りは都会のほうに向かう。一般的には逆の感覚なのかもしれないが、地方に移住した人あるあるだ。

車で帰省する時に必ず通るのは、関越トンネル。雪国側からトンネルを出るとそこは太陽がさんさんと降り注ぐ関東だ。くぐれば天候も価値観も180度変わるこのトンネルはまるでどこでもドアだ。雪と太陽、日常と非日常、地方と都市、経済力と地域力、長いトンネルを運転しながら、体と心の中でいろんなことをひっくり返す作業が進む。十数年同じことを繰り返してきたから、もはや無意識でやっている作業だ。

ふと移住して間もない頃の、気持ちを思い出した。

親族の結婚に伴い妻と二人で上京しようという朝、村のかあちゃんの一人カズコさんが、「東京に行くの? そりゃめでたいねー! ちょっと待ってて! 畑でジャガイモ掘ってくるから!」そう言って勢いのまま、カズコさんは泥つきのジャガイモを掘ってきた。家族に持っていってあげなさいということらしい。いつも飾らないカズコさんらしいねと、夫婦で笑った。

久しぶりに行った東京はきらびやかだったけれど、目が飛び出るほど高い駐車料金を取られ、見た目ばっかりで新鮮さもなければ美味しくもない料理を食べさせられ、会話の中身についていけず、ひどく疲れてしまった。帰りの車で、カズコさんの優しさを思い出し、村の人の愛を強く感じて、二人でボロボロ涙を流したっけ。

都会に向かうときの心の切り替えが、まだへたくそだった時の大切な思い出だ。

今回の帰省中のトンネルの中でひらめいた。

そうか、「地域力」は愛なんだ。愛は何か?と問われれば、みんな違う答えが返ってくる。多様でいい。言葉にしにくくていい。たくさんの愛で説明できるかもしれないと!

「探し物はね、探していると出てこないの」

忘れっぽの私が耳元でささやいた。

この連載は、地域力を言葉にする心の旅になりそうだ。さてうまくいくか、でもやってみたい。地図のない旅の始まりです。


執筆者:鴫谷 幸彦(しぎたに・さちひこ)

1977年千葉県柏市生まれ。青年海外協力隊、出版社(農文協)勤務を経て、2012年に新潟県上越市吉川区の川谷もより地区で就農。水田2.2ha、畑80aの経営。『季刊地域』24年冬56号~25年冬60号で「川谷もよりのビジョンづくり」を連載。26年4月発売の65号には、筆者が講師を務めた「季刊地域セミナー」(25年11月28日開催)の様子を収録。

*本連載は、季刊地域WEBにて2カ月に1回掲載予定です。

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