有機栽培を続ける堀井修さんの田んぼでは毎年たくさんの赤トンボが羽化するそうだ。農業の現場で目にする生きものの世界の一端を紹介してもらった。

執筆者:堀井修(新潟県小千谷市)
『季刊地域』2017年夏号(No.30)「赤トンボの羽化を見ませんか」より
赤トンボの9割が田んぼで生まれ、夏は山で過ごすことをご存じですか?
知らない? それでは6月の新潟の田んぼにご案内します。
赤トンボ誕生のドラマ
あたりがようやく薄明るくなってきました。時は昨年6月18日の朝5時――。田んぼの水面からイネの茎を伝ってヤゴが顔を出し、なおもゆっくりと登って行きます。
動きが止まるとやがて背中が割れだします。割れた背中から、妖精のような白いトンボが、時間を忘れさせるほどそろそろと頭を出し、胴体を出し、しっぽを出して、しわくちゃの白い弱々しい羽を、スローモーションのように広げていきます。6時、ヤゴの形からようやくトンボの姿に変身を完了しました。おめでとう。
しかし、赤トンボはまだ生まれたばかりです。東の空に上ったばかりの朝日は、夏至が近いといえども、まだまだその力を発揮できません。羽が乾くまで1時間はかかるのです。中には途中で力尽きて水面に落ちてしまうもの、クモの巣に捕らえられてその栄養になってしまうもの……、いろいろあります。
ようやく羽が乾きました。これから彼らは山をめざし飛び立っていきます。
そこに現われるのは田んぼの上を低空飛行するツバメさん。ツバメは2回目のヒナを孵化させました。ヒナ鳥はいくら親がエサを与えてもピーピーと催促します。この時期の赤トンボは、親鳥にとってはまたとない子供のエサです。器用なツバメは一度に3匹も赤トンボをくわえてヒナに運びます。
これらの難関を突破したトンボは、昼が過ぎる頃に山に向かいます。そして夕方には、田んぼにトンボの姿は見えなくなります。夏のあいだ山で修行した彼らは、イネ刈りの頃、赤く日焼けをして再び田んぼに下りてきて産卵し、一生を終えるのです。
赤トンボの羽化の様子(コノシメトンボ)

胸部の背が割れて、成虫の胸部が現われる

頭が出る

腹の先を残して反り返り、全体が現われる

しばらくすると腹筋を使って起き上がり、前脚で殻につかまり残りの腹部を引き抜く

縮こまっていた羽が少しずつ伸びる

伸びきった羽が透明になり、腹部が伸びる
写真=久野公啓
開催日を決めるのが難しい
新潟でも赤トンボは少なくなったといいます。しかし、消費者の求める安全安心なお米に応えるために、農薬と化学肥料を控えた「減減稲作」の栽培が大半を占めるようになり、少しずつ復活しつつあるようです。
私たち「にいがた有機農業推進ネットワーク」は、消費者の皆さんに「赤トンボの羽化を見ませんか」と呼びかけています。毎年6月20日前後の土・日曜日の朝8~9時頃。年によって変わりますが、県内数カ所で羽化の見学会を開いています。たいていのトンボは羽が乾いてよたよた飛び回る時間になりますが、中にはとぼけたトンボもいて脱皮の最中ということもあります。
とはいえ、赤トンボは土曜日曜に合わせて羽化してはくれません。ネットワークではもう4年くらい見学会を呼びかけていますが、羽化の最盛期をピタッと当てるのは大変難しいことを知りました。
専門家にいわせると、田んぼに水を入れて代をかくことによって卵が孵化してヤゴとなり成長を始めるのだそうです。だから新潟でも平地ではゴールデンウィークの頃から卵がかえり、代かきの遅い山間地のトンボはそれよりも半月は遅れるようです。

私たちが新潟大学の調査依頼でヤゴの抜け殻調査をしたところ、1カ所の羽化の期間は7日間くらいでした。そのうち最盛期は2日です。同じ地域でも羽化時期は田んぼによって違い、1枚隣の田んぼでも4~5日違うこともあるようです。また、雨の日は出てきません。そのへんを勘案しながら開催日を決めています。
有機栽培の田んぼは多く出る
どこの田んぼに多く出るかは経験でわかります。やはり有機栽培の田んぼには多く発生するようです。上の写真のように、1本の茎に5匹のヤゴが重なり合って羽化する田んぼもあります。この田んぼは10年来有機認証を取っています。

1㎡のヤゴを数えると、15~25匹が普通で30匹を超える田んぼもあります。そうすると10a当たり1万5000~3万匹は飛んで出る勘定になります。写真のように重なって羽化する田んぼは10万という数字になりそうです。もっとも、田んぼ全体に均一に発生するわけではありませんがね。
わが家の田んぼも、近年は減農薬で栽培しているおかげで赤トンボの姿を多く見るようになりました。6月10日頃、田んぼのアゼから目を凝らして水の中をじっくり見ると、田面と同じ色をしたヤゴがモゾモゾ動くのを見ることができます。そろそろ羽化の始まりですね。
次回は、「田んぼまわりの生きもの 保全のワザ」。お楽しみに。
Web連載(全4回) 「生きもの・動物と一緒に田んぼを守る」
- vol.1 令和の里山に馬耕がやって来た
- vol.2 カエルと一緒に育てる有機米
- vol.3 赤トンボの羽化を見ませんか
- vol.4 田んぼまわりの生きもの 保全のワザ
本記事は、『季刊地域』2017年夏号(No.30)「赤トンボの羽化を見ませんか」の記事の一つです。他の記事は、ルーラル電子図書館でご覧ください。

