
私は、岩手県紫波町の地域おこし協力隊として町の鳥獣被害対策に取り組んでいます。町民への対策方法の指導や有害鳥獣の捕獲活動のほか、月ごとのクマの出没傾向などを記載した「紫波クマ通信」を毎月発行し、野生鳥獣の知識や対策に関する普及活動を行なっています。
近年はクマの出没や人身事故が社会問題となっており、2026年4月には紫波町でも人身事故が発生しました。それらの現場を日々見ている中で感じるのが、クマの被害に遭わないためにはクマに関する正しい知識や情報を身につけておくことが大切だということです。
執筆者:近藤雄太(岩手県紫波町・地域おこし協力隊)
『季刊地域』66号(2026年夏号)「クマから農作物を守るためにできること」より
クマの出没は夏に増える
最近はクマが人の生活圏に出没することも珍しくありません。紫波町でも町の中心部にある城山公園に毎年クマが出没しており、町内でクマが出没しないと言いきれる場所はありません。
そんなクマの出没ですが、秋以降の10~11月にかけて増加すると思われている方が多いのではないでしょうか。確かにニュースでもクマの話題が取り上げられることが多くなり、クマによる人身事故が頻発する時期であることは間違いありませんが、実際には少し違います。人の生活圏でのクマの出没は、冬眠明けの4月ごろから徐々に増加していき、6~8月にかけての夏ごろに最初のピークを迎えるのです。そこには、クマの生理的要因と日本の環境的要因がかかわっています。
▼発情期のメスグマが人里に近づく
まずクマの生理的要因ですが、発情期、いわゆる交尾の時期がちょうど6~8月の夏の時期となるためです。
この時期になると、子連れのメスグマはオスグマを避けるために、ふだん生息している山奥から人里周辺に活動域を移すことが多いことが知られています。なぜそのように行動するのかというと、交尾の相手を探すオスグマには、メスグマの連れている子グマを殺して食べてしまう「子殺し」という習性があるためです。オスグマの少ない人の生活圏周辺で行動することで、子グマを少しでも危険から遠ざけることができるからです。
また、そんなメスグマを追ってオスグマも人里周辺までやってくるともいわれています。

▼夏の山はエサが少ない
次に環境的要因についてですが、夏は山にクマのエサとなる木の実が少なくなるため、人の育てている農作物を目当てに人の生活圏周辺にやって来ます。
とくに7月、8月ごろの山には実をつける植物がほとんどありません。この時期、本来のクマの主食はアリやハチなどの昆虫とされています。しかし、人里へ来ればモモやブドウなどの果樹が豊富にあり、クマにとって本来は厳しい季節である夏も容易に乗り越えることができてしまうのです。
このように発情期とエサの事情から人の生活圏にやって来るため、6~8月は人とクマとの遭遇も多くなってしまいます。
ドングリが凶作だと秋に大量出没
では、なぜクマによる人身事故が頻発し、ニュースで話題になることが多いのは10~11月の秋後半なのでしょうか。ここで一つ覚えておいてもらいたいのは、この時期に出没が増えるのは必ずしも毎年のことではないということです。
本来この時期はクリやドングリが実り、山にはエサが豊富で、クマにとっては待ち望んでいた季節といってもよいのです。それなら人の生活圏から離れていくのではないかと思うでしょう。実際、9月以降になるとクマの出没は落ち着いて、10月以降にはほとんど出没しなくなることも珍しくありません。
ですが、特定の年だけは秋になっても落ち着きを見せず、むしろ夏以上にクマが出没してしまう事態となります。クマに関するニュースをよく見ている方なら一度は聞いたことがあるかもしれませんが、この現象にはブナなどのドングリの凶作が大きく関わっています。
凶作という言葉どおり、ブナなどがあまり実をつけない年が何年かに一度発生します。そうなると、クマにとって秋の主食となるはずの木の実を得ることが難しくなります。秋は冬眠に入る前の重要な季節。十分なエサを得られなければ子育てもままなりませんし、場合によっては生きていくことさえ難しくなります。
夏場はもとよりエサが少ないことを知っており耐え忍んでいたクマも、秋になってはそうもいってはいられません。結果として、ドングリが凶作の年は、夏以上に人の生活圏へとやって来る大量出没につながってしまうのです。

農作物被害は最初の1回が肝心
皆さんがこの記事をご覧になるのはちょうど夏を迎えたころ。これからクマによる農作物被害が深刻になってくる時期でしょう。そこでここからは、農作物のクマ対策について、紫波町での事例も交えながらお伝えしたいと思います。
まず、クマ対策において何よりも重要なのは、最初の1回の被害を出さないことです。皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、クマは非常に学習能力の高い生きものです。一度食べたエサの場所と時期を記憶して忘れないため、同じ場所に必ずまたやって来るともいわれます。
つまり、被害が繰り返されるということです。それを防ぐための一番の方法が最初の1回の被害を出さないこと。現場で話を伺っていると、対策をするのは被害を受けてからという方が多いですが、効果を高めるためには被害を受ける前から対策をすることが大切です。

筆者が毎月発行する「紫波クマ通信」。2026年4月で13号を迎えた。紫波町環境課のウェブサイトでバックナンバーを見ることができる
電気柵で「心理的防除」
では、過去に被害を受けたことがあるからもう駄目なのかというと、そんなことはありません。一度被害を受けたことのある農地では、電気を流して動物に痛みを与える電気柵が特に有効です。クマは良くも悪くも学習能力が高い生きものなので、農地は危険な場所であると学習させ、被害をなくすことができるのです。
ただし、一度被害の出た農地ではピンクテープやヒトデの粉などの忌避剤はほとんど効果がありません。クマにとってエサ場となってしまっているので、電気柵のように痛みを伴い危険を感じさせるものでなければ意味がありません。
とはいえ、電気柵を設置したからといって油断してはいけません。獣害対策の手段は、野生動物を高い壁などによって物理的に中へ入れないようにする「物理的防除」と、痛みやにおいなどによってその場所に近づきたくないと思わせる「心理的防除」の大きく二つに分けられます。電気柵は柵という言葉から物理的防除と勘違いされることが多いのですが、じつは心理的な防除手段です。
痛みが伴わなければ電気柵はただの線でしかありません。野生動物を侵入させない障壁として機能しないということです。電気柵をすでに設置されている方は、クマによる農作物被害が増える時期を迎える前に、電圧が十分に効果のある状態になっているか(3.5kV以上を推奨)確認しておくようにしましょう。
それでも侵入されたら行政や農協に相談を
電気柵はちゃんと機能しているのに地面を掘って侵入された、収穫してきたものを保管していた小屋に侵入された、そんな経験をされた方もいるかもしれません。そんな時に大切なのは、地域の行政や農協などに一度相談をすることです。その理由は二つあります。
一つは、賢い個体の被害は農家個人の努力だけで防ぐのが難しい場合が多いからです。クマは親から子にエサの場所から冬眠の場所まであらゆることを伝える生きものです。農地への侵入方法を学習したクマの子供もまた同じ方法で侵入するようになります。被害の拡大防止のためにも有害駆除という最終手段に頼るのも決して悪いことではありません。
もう一つの理由は、クマが同じ手段で周辺の別の農地でも被害を出す可能性が高いということです。紫波町では昨年、小屋の扉を壊され中にあるブドウを食べられる被害がある地域で多発しました。被害のあった小屋を電気柵で囲うと別の小屋で同じことが繰り返され、最終的には加害個体となった1頭のクマを捕獲することで収まりました。
とくに被害を出しやすい問題個体に対しては、個人ではなく地域全体で対処しなければなりません。相談をすることでその情報を広く共有でき、さらなる被害をなくすことにつながるというわけです。
この記事が、ご覧の皆さんのクマ被害防止の一助となりましたら幸いです。