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兵庫

【獣害対策】継続の工夫 研修会でノウハウを広める

農文協が運営する農業情報サイト「ルーラル電子図書館」で読者が注目した『季刊地域』の記事を連載形式で公開します。
全国的にイノシシとシカの捕獲数はこの十数年で倍増。捕獲だけでは野生動物による農作物被害を防ぎきれない状況です。一方で、野生動物本来の行動・生態を把握したうえで、地域で取り組む“総合的な獣害対策”が成果を上げています。科学的裏付けのある情報を中心に、田畑を守るのに役立つ「獣害対策」の記事を選びました。
*この記事は『季刊地域』2020年冬号(No.40)に掲載されたものです。

山端直人(兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 教授)

(一社)獣害対策先進技術管理組合が主催する研修会の様子。シカやサルの多頭捕獲をねらう大型檻について説明する

地域力がものを言うサル害対策

 三重県伊賀市は県の西部、奈良県と滋賀県、京都府に隣接する盆地で、イネやムギ、大豆が中心の農業が盛んな地域である。古くからニホンザル(以下、サル)やニホンジカ(以下、シカ)が生息し、2008年頃には、サルは11群・600頭以上に増え、生活被害が発生するほど深刻になっていた。

 県と市は「獣害に強い集落づくり」を呼びかけ、もっとも早く応じたのが阿波地域だった。なかでも下阿波しもあわ集落は、当時、県の農業研究所で獣害対策の実証研究に従事していた筆者らの提案で、早くからサルの追い払いが始まった。

 農家戸数49戸の同集落では、

(1)サルを見たら必ず
(2)集落の誰もが
(3)サルの出没場所に集まり
(4)群れが集落から出ていくまで
(5)複数の威嚇資材(花火・パチンコなど)で追い払う

といった「集落ぐるみの追い払い」を実施することで、数年でサル被害が大幅に軽減した。

 これに続いて子延ねのび集落では、住民の共同作業により、既存のシカ用の防護柵の上部に通電支柱を付加。サルの侵入も防ぐ多重種防護柵「おじろ用心棒」に改良し、追い払いも併せることで、同じようにサル被害(*)をほぼゼロにまで減らしている。

*下阿波集落や子延集落のサル被害対策は、本誌34号「地域力がものを言う獣害対策」も参照ください。

子延集落は、シカ用の集落柵の上部にサル除けの通電支柱と電線を加えた

学校区単位の追い払いで効果アップ

 しかしながら、2集落で取り組むだけでは、隣接する他の集落でサル出没が増加することも考えられる。そこで阿波地域では、「阿波地域住民自治協議会」(小学校単位に設置される地域運営組織)が、先行する2集落の実践を地域内の他集落にも伝達することで、地域全体で組織的なサル追い払いを進めてきた。結果、阿波地域全体でサルの被害が大きく低下し、あきらめていた獣害を低減できることを示すモデルとなった。

 また、伊賀市と三重県農業研究所は、14年前後から特定鳥獣保護管理計画(後に第二種特定鳥獣管理計画)の地域実施計画を策定し、伊賀市全域のサル群管理を開始。同時にシカの高密度地域での集中的な捕獲の取り組みも始めている。

 筆者らも農林水産省などの研究費を得て、(株)アイエスイーや鳥羽商船高等専門学校とICTによる大型檻の遠隔監視・操作システム(クラウドまるみえホカクン)を開発し、被害対策と並行した個体数の管理の実証研究を行なってきた。

 サルは地域実施計画に基づき、11群を4群に減らし、追い払いや防護柵などを強化することで、全群の集落周辺への接近が減り、市全体のサル被害は95%減少した。また、シカは4年間で約600頭を捕獲。防護柵と並行して加害個体を捕獲した集落では、被害を10%程度まで軽減できた。

下阿波集落のサル追い払いと被害の変化 ・追い払いは、対目撃追い払い率(集落内でサルを見つけたら必ず追い払う)、予防的追い払い率(サルが侵入した場所に集まって複数人で追い払う)を比較した ・被害程度は、農作物の被害箇所数と被害割合から算出。「集落ぐるみの追い払い」の前の被害程度を100%とした

継続対策のために組合を設立

 サルやシカの被害はかなり改善できたが、獣害対策はこれで終了ではない。被害対策の継続や頭数のモニタリング、増加に応じた捕獲など、長期的かつ順応的な管理が必要となる。一方で、これまで研究プロジェクトとして実証してきたものが、プロジェクトの終了とともに失われる可能性があった。筆者をはじめ、関係者も異動などにより、持続的な取り組みが不可能になることが懸念された。

 獣害は野生動物という「自然」と、農業農村という「社会」との軋轢であり、双方に対して長期にわたる持続的かつ順応的な調査・対策が必要である。そのためには、単年や数年の事業が中心となる行政支援のみでは不十分であることがわかってきた。そこで、研究プロジェクトに関わった研究者や企業、地域住民、市や県の担当者が協議し、18年秋に一般社団法人獣害対策先進技術管理組合を設立することにした。

 当組合の目的は、(1)今までの研究プロジェクトと地域住民の努力、双方によって成果が出た獣害対策を、長期に維持可能にすること、(2)取り組みのノウハウを他地域にも紹介し、獣害に悩む地域の参考にしていただくことである。

 役員は、阿波地区自治協議会の役員が代表を務め、地域の獣害対策に関わってきた研究者や獣害対策機器メーカーの担当者などが理事になって運営している。

研修会で獣害対策教えます

 管理組合の主な活動の一つが、獣害対策の研修会の開催や視察の受け入れである。獣害に悩む他地域の方々に伊賀市に来ていただき、座学と現地視察によって被害対策のノウハウを学んでもらうというものだ。

 研修会では、10年ほど前から試行錯誤してきた伊賀市の獣害対策をテーマに、被害軽減に至るまでの経緯や成果、失敗を学ぶ。主な内容は、(1)地域での組織的なサルの追い払い方法、(2)サル・シカ対策の柵の管理や補修の取り組み、(3)ICT捕獲システムの管理体制、(4)サル・シカの被害軽減の状況、(5)サル群やシカ密度の変化などで、実際に取り組んできた

当事者(先述の下阿波集落や子延集落の農家、ICTワナの開発担当者)が紹介し、現地も案内する。

 実践者から直接話を聞けることから、研修会は好評で、これまでに県内外から延べ100人を超える参加者がある。参加者は、獣害に悩む集落の代表者や農業委員、行政の担当者など幅広く、組合では要望に合わせて対応者や内容をアレンジしている。

 また、昼食時には阿波地域住民自治協議会が開設した農家レストラン「あわてんぼう(阿波展望の意)」の女性たちが、地元産の食材やシカ肉を用いた食事を提供。獣害対策が多岐にわたる地域活動の一つであることを体感してもらっている。

 視察を受け入れる地域にとっても、他者に自分たちの取り組みを紹介することで、獣害対策を維持する意欲がわき、その価値を再認識するなどの効果があると思われる。

収益は地域の獣害対策費に

 研修会や視察対応で得た収益は、ICTで遠隔監視・操作できる大型檻の維持管理費や資材費、サル群の基礎調査などに充て、地域主体の獣害対策を支える新たな仕組みをつくろうとしている。

 当組合と連携する阿波地域住民自治協議会では、獣害対策の事業班が設立され、サルの見回り隊やICT檻の管理体制の構築など、新たな活動も芽生えている。

 獣害対策は、人口減少や高齢化、耕作放棄地の増加など、様々な地域問題とセットであり、決して獣害対策単独で解決できる問題ではない。行政、研究者、企業も何らかのかたちで支援できることがあるのではないか? というのが、獣害対策先進技術管理組合設立の趣旨であり、小さなエリアでの長期の社会実験だと考えている。地域社会にとって大切と思われることを長期間継続していくことが、当組合の一番の目標であり、課題でもある。

『季刊地域』2020年冬号(No.40)「獣害対策、継続の工夫 研修会でノウハウを広める」より 


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『季刊地域』2020年冬号(No.40)「農」」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌でご覧ください。

  • ・「多面」で好評 廃U字溝のリサイクルバンク
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小田切徳美 著
「にぎやかな過疎」とは「過疎地域にもかかわらず、にぎやか」という、一見矛盾した印象をもつ農山漁村のこと。14章からなる本文に加え、「農的関係人口」などの基礎用語を、著者独自の視点で解説するコラム「農村再生キーワード」を11記事収録。註には本書の背景の深掘り解説や、参考図書の紹介なども多数盛り込む。農村再生のための政策構想を論じた『農村政策の変貌』(2021年)の続編であり、コロナ後の社会と2025年基本計画以降の展開を見据え、農村の過去~現在、そして未来への展望まで総合的に見通す一冊。
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