「営農以外」の取り組みに使うこの加算の意義について、高齢者の生活支援などに利用する事例を取り上げてきたが、今回は新たな人材を呼び込むための活用例を『季刊地域』バックナンバーから紹介したい。武村展英農水副大臣は「廃止ではなく再編」と語った(「集落機能強化加算」廃止でいいのか?④)そうだが、ぜひ廃止の撤回を!
文=上戸裕次(長崎県農林部農山村対策室)
集落とボランティアを仲介
長崎県では、2020年度から農山村集落の維持・活性化を目的に「ながさき農村ファンクラブ」がスタートしました。高齢化が進む集落の人手不足の解消や、新たな人材を呼び込んで関係人口を増やすのがねらいです。
事業の中核を担うのが、20年8月に誕生した「中山間地域ボランティア支援センター」(以下、支援センター)です。「どの集落が、いつ、どんなボランティアを求めているのか」「ボランティアは何人集まり、どんな手伝いができるのか」など、双方の意向をマッチングし、ボランティア先までの交通手段の手配や保険加入などの事務処理も行ないます。さらには、魅力的な集落や活動をPRするのも支援センターの役割です。
運営は、「ふる水・棚田基金」*1を活用してNPO法人地域循環研究所に委託しました。
耕作放棄地の復旧、獣害柵の草刈りを助っ人
九州電力長崎支店×岳集落
支援センター初のサポートは、雲仙市千々石町岳集落と九州電力長崎支店の取り組みです。岳集落(農家数56戸、協定面積23ha)は、最大傾斜45度の急傾斜に約700枚の水田があり「日本の棚田百選」にも選ばれる景勝地です。岳集落には100年を超える九州電力の現役の小水力発電所があることから、以前から長崎支店は岳集落との親交がありました。
20年10月初旬、春に復旧した耕作放棄地のイネ刈りを支援センターの仲介で実施。新型コロナの影響で参加者は15人ほどでしたが、作業後には新米と豚汁で集落との交流も図られました。
大和リース長崎支店×千々集落
長崎市千々集落(農家数7戸・協定面積7ha)は、建設リース会社の大和リース長崎支店とマッチング。企業側の希望が事務所のある長崎市周辺ということだったので、支援センターが千々集落に意向を確認して合意にいたりました。
千々集落は「茂木びわ」の産地で知られますが、農家の高齢化と人手不足でイノシシ対策に苦労していました。そこで11月中旬、大和リース長崎支店の社員10人ほどが参加し、イノシシ防護柵周辺の草刈りや防風林の剪定を一緒に行ないました。他にも現在、県内数カ所で事業推進中です。
「ふる水」で立ち上げ、「中山間」で運営
この「ながさき農村ファンクラブ」と「支援センター」の活動は、私が県庁で「中山間直接支払」と「ふる水・棚田基金」の両方を担当したことから生まれました。今年度で担当4年目になりますが、着任した当初は課題が多く、明るい気持ちにはとてもなれなかったことを思い出します。
3年前、県内960カ所の集落を対象に実施した中山間直接支払(第4期中間年)のアンケート調査は「10年後、集落の維持が困難」という回答が72%に上り、原因である高齢化や担い手不足に対して98%が「具体的な対策を打てていない」というショッキングな結果でした。
また、ふる水・棚田基金も基金の活用についていろいろな課題を抱えていました。長崎県は活用実績の少なさに加え、単発のイベントが中心のため、集落組織の充実や交流人口の増加などが一過性の効果にとどまっていたのです。
こうした課題に取り組むため、他県の事例など情報を集めたり、19年夏には『田園回帰1%戦略』(農文協刊)の著者の藤山浩さん((一社)持続可能な地域社会総合研究所)を訪ねて島根県にも行きました。そこでわかったのは、日本には企業や学生、NPOなど農村環境の保全に協力的な人材が多いこと、ボランティア活動の推進には集落と仲介する仕組みが不可欠なこと、また、草刈りなどたいへんな作業は楽しくするための仕掛けが大事なことなどです。
そこで、担当として思いついたのが、ふる水・棚田基金で農山村集落とボランティアをマッチングする組織(支援センター)をつくり、現地の活動には中山間直接支払を活用する。そんな仕組みです。
新設の集落機能強化加算がピッタリ
タイミングよく中山間直接支払の第5期対策で「集落機能強化加算」が新設されたことで、渡りに船となりました。
10a当たり3,000円のこの加算金は、新たに確保する営農ボランティアなどの日当や機械のリース代、燃料代などにも使えることから、集落に対して事業の新規性や集落の負担軽減に関する説明がしやすくなりました。実際、20年度は間に合わなかったものの、次年度に向けて集落機能強化加算の申請準備を始めた集落が出てきています。
また、小規模集落に新たな人材を受け入れるには、一定の規模の予算が必要となり、「広域化」のメリットが増えたと考えています。これまで当県でも集落協定の広域化を進めてきましたが、事務軽減や交付金の柔軟な活用などのメリットを説明しても、組織が大きくなると集落の独自性がなくなるという心配から積極的な動きにはなっていませんでした。
以上の内容を示しながら20年6月に県内集落の意向を確認したところ、ボランティアの受け入れに前向きな集落は200近くに上り、びっくりしました。一方で、県内企業150社へのアンケートも実施。農村の環境保全活動に対して、有効回答数の2割を超える企業から「興味あり」との回答を得ました。
「集落機能強化加算」とは
目的 新たな人材の確保や集落機能を強化する取り組みを行なう場合に加算
単価 3000円/10a(地目にかかわらず)
上限額 200万円/年度
期間 1~5年
対象活動 インターンシップ、営農ボランティア、農福連携、コミュニティサロンの開設、送迎・買い物支援など
集落にカネの回る仕組みをつくる
8月に支援センターが発足し、前述のようにマッチングや実際の活動もスタートしましたが、一番重要な点は集落にとってこの事業が必要と思ってもらえるかどうかです。一部の役員だけでなく、集落の一人一人にそう思ってもらえるように、集落への周知方法やマスコミの活用など、将来を見据えた事業設計にする必要があります。
そのため、集落におカネが回る仕組みを構築することも視野に入れています。支援センターは、5年間を目途に事業運営のノウハウを蓄積し、5年目以降は「ふる水・棚田基金」からも自立経営を目指します。また、今年度を含め3年間はボランティアの交通費と保険料を支援センターから支給する予定ですが、ゆくゆくは経費はすべて集落からの中山間直接支払の活用を想定しています。実際の活動には日当なども含めいくらかかるのか、いくらなら出せるのか、支援センターでは受託期間のうちにいろいろな想定でオーダー表をつくる予定です。また、棚田米の新米の販売や地元タクシーの活用など、外部の人材との交流により集落や地域で回せるおカネの発見もあわせてできないかと考えているところです。
今後は社会貢献活動としてのボランティアだけでなく、社員の研修・リフレッシュなど福利厚生の一環としての活用や観光とのパッケージも検討したいです。企業が集落と継続的な関わりを持てるメニューを構築できれば、集落の活性化が図れる可能性があります。
(『季刊地域』2021年冬44号「中山間直接支払とふる水基金で中山間地域ボランティア支援センターが動き出した」より)
- *1 正式名称は「中山間ふるさと・水と土保全対策事業」。都道府県に設置した基金を運用し、中山間地の多面的機能の発揮や地域住民活動の活性化を図る。 ↩︎