「石高プロジェクト」は2023年に福島県西会津町でスタートしました。農村と都市のつながりを深め、農業を支えながら持続可能な地域づくりを目指す取り組みです。
参加者は専用アプリを通じて農家や地域に貢献し、その貢献に応じた「石高」を受け取り、それが後にお米として還元されます。米を地域通貨として活用することで、自然の恵みを基軸にした循環型経済を考えようとする試みでもあります。
長橋幸宏(福島県西会津町企画情報課デジタル戦略室・地域おこし協力隊)
米をテーマに「未来型・結」
西会津町のような山間部の「田舎」では、高齢化の進行や鳥獣害により、地域の基盤である稲作の持続が難しくなっています。「令和の米騒動」といわれた24年は別として、現状、米価は低く、価格引き上げにも抵抗があるため、農家には負担が集中してしまっています。
中山間地域は圃場も小さく草刈りや獣害対策も必要で、効率性はとても低いです。しかし、そんな米づくりが生み出しているのが農村の暮らしや風景。これを維持しようと奮闘する農家を支援することが、地域の活性化には不可欠です。そして、こうした農家の姿を広く知ってもらい、地域の美しさや魅力に共感する協力者を増やしていくことが重要だと考えています。
もともと西会津町では、地域外から大学生や社会人が「人足」と呼ばれる地域の共同作業に参加して、田植えやイネ刈り、除雪などを体験する活動が盛んでした。西会津町を学びのフィールドとして度々訪れていた東京大学の鈴木寛先生は、そこに「未来型・結」というコンセプトを見出しました。
「未来型・結」は、田植えや建築などの際に集落内で協力し合う機能であった「結」を、集落の枠を越えて広げ、地域を地域外の人々と共に支えていく考え方です。参加者側にとっては地域と関係性をつくることが、単なる奉仕活動というだけではないメリットになるはずです。それは「第二のふるさと」というような安心感はもちろん、いざというときの避難場所や食料確保といった実用的な価値にもつながっていくと考えられます。
これからの地域の維持や農家への支援という課題を前にして、稲作・米をテーマにしたこのプロジェクトの構想が固まりました。
石高プロジェクトの仕組み
石高プロジェクトでは、参加者の様々な貢献を可視化し、石高(ポイント)として蓄積できるアプリを開発しました。これは、かつて米が経済の基盤だった「米本位制」を現代に応用したものです。
貢献の証として受け取るのは「米ボード」と「人足ボード」の2種類。米ボードは主に収穫前に米を予約購入することで得られるもので、人足ボードは現地でのボランティアやイベントへの参加、SNSでの宣伝活動といった多様な関わり方を評価するものです。このように、参加者それぞれの貢献方法を評価・記録し、楽しみながら農家や地域と関われる仕組みとなっています。
また石高が上がっていくと、アプリ上で「百姓」から「大名」へステータスがランクアップしていく要素もあり、ゲーム的にも楽しんでもらいたい部分です。
米の収穫後は、2種類のボードが実際の米と交換できる「米手形」に変わります。米手形を使ってアプリから交換申請をすることで、新米が手元に届くという流れになっています。
さらに米手形の数量は、保有ボードによる貢献度とその年の収穫量の状況に応じて変動します。たとえば、春に5kg分の米ボードを購入した場合、その年の収穫量に応じて4kgや6kgの米手形になるということです。これは農家と消費者がリスクを共有することを意図しており、農家にとっては稲作の不作リスクを軽減することになります。参加者は、農家の苦労や喜びを共有したうえで米を受け取ることになり、単に購入するだけでは得がたい深い満足感を得ることができるでしょう。
米農家3人が協力、アプリ登録者750人
現在、この事業には3人の米農家に協力してもらっています。年代はそれぞれ30代、50代、70代。25 haを耕作する農家もいれば、山間部で小規模にやっている農家もいます。JAS有機を取得してつくる米もあれば、慣行栽培米もあります。どの農家も地域の風景を後世に残していくことを大事にしており、農業体験を通じて地域文化を伝える活動などもしています。タイプは違えど共通の思いを持つ農家と協働してプロジェクトを推進しながらより良い形を模索しています。
参加農家は、イベントなどで参加者と直接交流し互いに顔が見えることで、いい意味で米づくりに責任感が出るといいます。また、自分の考えを話す機会も増え、最初は緊張していたものの、徐々に自信を持って交流する姿が見られます。
各方面のメディアで取り上げてもらったおかげで、現在はアプリ登録者が750人程度まで増え、約1000kgの米がプロジェクト内で取り扱われています。アプリには使いづらい部分や改善が必要な点もまだまだありますが、参加者のみなさんには一緒にプロジェクトを育てていく感覚で楽しんでもらえればと思っています。
移住者や西会津米のおにぎり屋も誕生
プロジェクトがスタートしたことで、地域内にはさまざまな新しい活動や波及効果が生まれています。直接的な成果として、この事業をきっかけに2人が移住し、オンラインでの仕事を掛け持ちしながら地域の仕事にも精力的に参加しています。
また、西会津を題材にしたドキュメンタリー映画『つぎの民話〜西会津編〜』が制作されました。「地域で撮って地域で観る」ことを目的としたこの映画は、自分たちの地域を客観的に見直す機会として制作されたものです。映画にはプロジェクトに参加している3人の農家も出演しており、「未来型・結」のあり方や、農家一人ひとりが持つ地域への思いが映し出されています。
さらに、人足体験を通じて地域と関わりを深めた学生が、東京で西会津米を使ったおにぎり屋を始めたり、新たなブランド米商品を開発する動きも出てきました。
地域内外の人々が交わり合うことで生まれる新しいアイデアや活動は、地域の活性化にとって非常に重要です。石高プロジェクトは、こうした新しい取り組みを支えるきっかけやツールとしての役割を果たしていきたいと考えています。
世の中を変える新しい経済モデルに
なお、アプリには近年注目されている暗号化技術であるブロックチェーンが用いられています。・・・