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新潟

【地域力を探す旅2】普請はむらで暮らす入り口、むらを引き継ぐ場

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地域力を探す旅、第2回のテーマは「普請」。『季刊地域』2026年春号の特集「どうやる? 誰がやる? 田んぼの水路掃除」とも重なります。むらの共同作業は楽しいもの。普請は、地域力をつなぎ、高めるのに欠かせない。

執筆者:鴫谷 幸彦(新潟県上越市・たましぎ農園)

春が来た

まだ雪が残る4月上旬は一年で一番穏やかだ。年度末の忙しさから解放され、農作業が忙しくなる前のほんのひと時ではあるけれど、今年はどんな農業ができるか思考をめぐらせ、ニヤニヤしてしまう。

気温の上昇とともに雪が解け、沢から川へと流れ込む。静寂の冬とは対照的で水が流れる音はなかなかの轟音だ。水音とともに鳥の声も戻ってくる。空からヒックイーッと鳴くのはサシバ。朝から家の板壁をたたくのはアオゲラ。夜は森のフクロウだ。

陽の光が、残雪に反射してまぶしい。嬉しい。春が来たんだと、何度も思う。

用水普請

むらのお宮の春祭りが終わる4月下旬、ブナの新芽が萌黄色から黄緑色に変わり、田畑の雪がほぼ消えると、さあまずは道普請、そして用水普請だ。

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春、雪が消えると用水普請(水路掃除)

普請とは共同作業のこと。

農道の掃除や草刈りなら道普請(みちぶしん)、農業用水の泥上げや草刈りなら用水普請(ようすいぶしん)と呼んでいて、石谷集落では年に6~7回ある。

季節によって普請で使う道具が違う。春は、草はまだ短いので刈り払い機をぶん回さなくてもいいが、スコップを使う力仕事が多い。冬の間落ちた大量の杉っ葉を掃き集め、倒木を処理することもある。側溝を詰まらせていたごみを取り除き、たまった泥や砂利を掘り上げる。

用水普請は、堰堤にある取水口を掘り出し、水を引き込むところから始まり、下流へ向かって丁寧に用水路の泥やごみをさらっていく。邪魔な草やつるは手鎌で刈る。ごみが引っ掛かり、詰まりや氾濫の原因になるからだ。

年によっては雪が残っていることがあり、農道も用水も雪を掘りながら進むこともある。

ほぼ1日がかり、終わらなければ次の日もやる。とにかく、みんなでやらないと終わらないし、終わらせなければ農業はできない。

むらの普請は単なる環境美化ではない。毎年同じ時期に同じ作業をみんなですることで、むらはいつもきれいで、暮らしやすく、農業を続けてこれたんだと思う。きれいになった農道や用水路を見ると安心する。普請ができる限りは、ずっとむらは続いていくのだろうと思える。

筆者の暮らす上越市川谷もより地区の用水普請は『季刊地域』2015年春号(No.21)の記事になった
筆者の暮らす上越市川谷もより地区の用水普請は『季刊地域』2015年春号(No.21)の記事になった

暮らしや農作業の学びの場

移住者にとっては学びの場だ。先輩方と一緒に作業する中で、地域にどういう農業インフラや生活インフラが配置されているのかを知ることができるし、暮らしや農作業で必要な技術はここで伝授される。

たとえば鎌や鉈などの道具の使い方、手入れの仕方、仕事の手順、ひもの結び方などだ。他にも「この草は食べられるけど、これはダメ」とか、「これがコシアブラでこっちはウルシだから気をつけろ」とかも聞ける。生きた技術や知恵が次々登場するから面白い。

休憩もいい。腰を下ろして山々を眺めながら、むらの歴史を聞かせてもらえる。「ここには桶屋さんがあって、飲兵衛だったけど、腕はよかった」とか、「昔の街道はこっちで、馬や牛が来たらよけるのが精いっぱいだった」とか、「子供のころはこの境内でよく遊んで、火遊びして大木一本丸焼けにした」とか、にぎやかだった頃のむらを想像しながら聞くのは、いつも楽しい。

もう一つ防災の観点も大切だ。普請はインフラの点検や、崩れそうな場所の把握にもなっている。農村において、たくさんの目は防災の要だと思う。小さな変化も見逃さず、現況を共有できる。

むらの一員

普請が無事に終わった後は集会所に集まって慰労会がある。

この慰労会、私の中で「大好きな飲み会」第1位を移住以来14年連続で獲得している。

一人では心が折れそうな長い距離の農道や用水を、みんなで一日かけてきれいにし、終わった後に集会所でやる一杯は、達成感と一体感に満ちていて楽しい。そして季節の山菜や野菜を使った料理が持ち寄られ、おいしい! 昼間の続きで昔話や地域のいろいろな話題が尽きない。

移住して初めて参加した普請とそのあとの慰労会で感じた、「むらの一員になれたような」気持ちを私はずっと忘れない。そして毎年、毎回、同じ気持ちに戻れる。普請はむらで暮らす入り口であり、むらを引き継ぐ場なのだ。

近隣には、近頃の高齢化や過疎化で、道普請や用水普請がとてもやれないという町内会が出てきた。普請ができないということは、単に集落機能が低下することだけを意味しない。むらの魅力や歴史を伝える場がなくなり、むらが根本的に続かなくなる岐路を意味するようで、強い危機感を覚える。行政サービスで解決する問題ではないのだ。

共同作業の魅力

2年前、別の集落の道普請に参加したことがある。消防団の飲み会で、その集落で暮らす後輩と話の流れで約束してしまったからだが、興味もあった。

参加してみると、その集落の地形やインフラが初めてわかり、作業の仕方にも工夫があり面白かった。普段は在村していない出身者も参加し、その日だけいつもより人口が増える。最後の慰労会はやはり楽しく、楽しすぎて、最後は覚えていないほど……。

この国にはむらの数だけ、多種多様な共同作業があり、暮らしの中心にどっかりとあり続けてきたことを思うとき、その役割の大きさや魅力が尊く感じられる。もったいない。なくなるなんてもったいないぞ。

川谷もより地区では、積極的に移住者を呼び込んできたし、今も続けている。しかしそれでも先輩方はお年を召し体力は落ちてきている。100年先もむらが続いているためには、地域力の源泉であり、現われでもあるむらの共同作業を、もっと大事に活かさなきゃと思う。

夢のような慰労会の時間もセットで。


地域力を探す旅


執筆者:鴫谷 幸彦(しぎたに・さちひこ)

1977年千葉県柏市生まれ。青年海外協力隊、出版社(農文協)勤務を経て、2012年に新潟県上越市吉川区の川谷もより地区で就農。水田2.2ha、畑80aの経営。『季刊地域』24年冬56号~25年冬60号で「川谷もよりのビジョンづくり」を連載。26年4月発売の65号には、筆者が講師を務めた「季刊地域セミナー」(25年11月28日開催)の様子を収録。

*本連載は、季刊地域WEBにて2カ月に1回掲載予定です。

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