農文協が運営する農業情報サイト「ルーラル電子図書館」で読者が注目した『季刊地域』の記事を連載形式で公開します。
今回は農業の「担い手」について、新規就農、集落営農、半農半X、兼業、定年帰農、体験農園など、多様な人材を育成していくにはどう仕掛けていけばいいか、実践的な記事を選びました。
*この記事は『季刊地域』2023年春号(No.53)に掲載されたものです。
文=編集部
担い手だけでは「効率的な利用」が危うい
この20年余りの間に農業従事者は半減し、70歳以上の従事者が58%を占めるようになっている。今回の農地取得下限面積廃止の背景として農水省が挙げるのは、農家の減少・高齢化にともない、「担い手」と呼ばれる認定農業者(*1)だけで地域の農業を守っていくことが難しくなっているという認識だ。
*1 認定農業者 市町村に経営規模の拡大や生産方式の合理化について「農業経営改善計画書」を提出し認定された農業者。比較的規模が大きい経営で、補助金や融資制度の対象になる。新規就農の場合も、「青年等就農計画認定申請書」を提出して「認定新規就農者」になると経営開始資金(年間最大150万円)などの支援が受けられる。2020年度の認定新規就農者数は1万772(農水省による)。
下限面積は、農地法第3条の中の許可基準の一つ。3条というのは農地の権利移動、すなわち売買や賃貸借で農地を取得する際の制限を述べた条文で、農地の権利取得後に最低これだけの面積を経営しなければならない、という基準が下限面積だ。新規就農するにはこの面積以上の農地を取得しなければならないことになり、農業を始めるときのハードルになっていた。

農業経営を成り立たせるには一定の規模が必要なことは事実。とくに米や麦・大豆など土地利用型の作物では、これまで下限面積として定められてきた50a(北海道は2ha)でも農業だけで食べていくのは無理だろう。だが統計によると、新規就農者が選ぶ品目は比較的小面積で収益が上がる野菜・果樹・花卉に集中し、これらの就農時の面積は50aを下回っている例が少なくない(図2・図3)。


というのも、現状は施設栽培など高収益の品目には下限面積要件を当てはめなくてもよいことになっているそうだ。また近年は「別段の面積」として、市町村ごとに地域事情に応じた下限面積引き下げをすでに行なっている実態もある(p24 年表の2009年参照)。さらに、農地法を補完する農業経営基盤強化促進法(基盤法)の利用権設定で貸借する際は下限面積基準がない(同 年表2011年参照)。であれば、実態にそぐわない農地法の基準は廃止しよう、という判断らしい。
農地法という法律が定めているのは、農地を農業以外の目的に利用するのを規制することと、農地を効率的に利用する耕作者の権利を守るということだ。これらによって農業生産の増大を図り、国民に対する食料の安定供給を確保することを目的としている。だが、現状のままでは耕作者が足りず、農地の「効率的な利用」が危うい。そこで下限面積を廃止し、小さい面積で農業を始めたい人も農家の仲間に加えようというのである。
一方で農水省は、2023年度までに農地の8割を担い手に集積する目標を掲げてきたが、ここに至って担い手だけでは農地も農業も維持できないと認識を改めているのは確かなようだ。
現場の不安に応えたガイドライン
昨年5月に下限面積廃止が国会で可決してからまもなく1年。この間、農水省には各地の農業委員会などから不安の声や異議が多く寄せられたらしい。農地の取得をこれまでより容易にする大きな方向転換だからだ。農業委員会にとっては、従来は下限面積基準で足切りしていたような申請も、今後は許可するかどうか判断を求められることになる。
そうした不安に応える形で、「農地法関係事務に係る処理基準」が一部改正される。これは、現場の農業委員などが、下限面積廃止後に起こる事態に対応する際の判断基準、ガイドラインにあたるものだ。
改正により追加される内容は二つ。
(1)(農地の)権利取得者等が、権利取得後において行なう耕作または養畜の事業の具体的な内容を明らかにしない場合には、資産保有目的・投機目的等で農地等を取得しようとしているものと考えられることから、農地等のすべてを効率的に利用して耕作または養畜の事業を行なうものとは認められない。
(2)地域計画の実現に支障を生ずるおそれがある権利取得については許可することができない。とくに地域計画においては、農業を担う者ごとに利用する農用地等を定め、これを地図に表示することとされていることから、当該地図の実現に資するよう、許可の判断をすることが必要である。
下限面積は「地域計画」にそぐわない
とくに注目したいのは2番目だ。
「地域計画」は、下限面積廃止をともなってこの4月から施行される改正法の目玉といわれている。これまで「人・農地プラン」と呼ばれてきたのを法定化したものだ。各市町村は、農家、農業委員会ほか関係機関の話し合いを経て、地域の将来の農業のあり方、将来の農地の効率的かつ総合的な利用についての目標を地域計画にまとめることになっている。そして地域計画では、経営規模の大小を問わず、「農業を担う者」ごとに利用する農地を地図に定める(目標地図)。「農業を担う者」には、経営規模が比較的大きい「担い手」だけでなく、小規模の家族農業や半農半Xなども含むという意味を込めているそうだ。
いくら下限面積を廃止しても、地域計画に支障が出る農地の売買・賃貸借は認められない。関係者の総意に基づく地域計画をつくることが、不正な農地利用も防ぐ指針として機能することを期待しているようだ。

下限面積廃止Q&A
その他、下限面積廃止にともなう疑問を農水省に尋ねてみた。
- Q
下限面積を廃止して小面積の農地取得は認めるのに、農作業に年間150日以上従事するという許可基準は変えない? - A
150日は「原則」です。取得した農地を効率的に利用するのに必要な農作業に従事すればいいので、この許可基準はそのままです。
3条の農地取得の許可基準で廃止するのは面積要件だけ。それ以外を守って意欲的に農業をする方には、経営規模を問わず、どんどん入って来てほしいということです。
- Q
小面積の新規農地取得はすでに「別段の面積」でやれている。下限面積を廃止する必要はないのでは? - A
農業委員会などからそういう意見をいただきました。農地法の改正で下限面積だけ廃止するのであれば、取得した農地の不正利用を懸念するのもわかります。でも、下限面積廃止は地域計画とセットなんです。これから農業をやりたいという意欲のある人を、規模を問わずに地域計画に位置づけるには、50a未満の人はダメよという下限面積を残しておくことは合わない。そういう政策判断です。
それに今回の法改正では、地域計画をつくるうえでの農地の貸借は、基本的に農地バンク(農地中間管理機構)(*2)を通じた利用権設定で「農業を担う者」ごとに農地を集約する(1カ所にまとめる)ことになっています。これは基盤法の利用権設定と同じで、下限面積の制約がそもそもないんです。
*2 農地バンク(農地中間管理機構) 2014年度に全都道府県に設置された農地貸借の中間的な受け皿。4月からの改正法の施行では、市町村の農業委員会などと一体的に地域計画に取り組むことになった。
- Q
高齢の非農家が小面積の農地を買いたいと言ってきた場合、相続した子供が続けるか、遊休農地化しないか心配。 - A
そこはまず、農業委員会なり市町村がアドバイスを。買うのではなく、まず借りたらどうかとか。また、購入後に本人が管理できなくなったら、農地バンクを経由して他の人に貸す方法もあります。
農地の所有者が管理を放棄する問題は、こういう例に限らず起こっていることです。でも農地法には、遊休農地についての半強制的な措置もあるんです。農地の所有者が耕作の意志を表明しながら管理放棄状態を改めないとき、農業委員会による勧告、知事の裁定を経て、農地バンクに中間管理権(賃借権)を設定し、他に貸し出すことができます。
農地を所有できない一般企業が農業参入する際の「リース方式」と同様に、農地が適切に管理されないときは契約を解除する、という条件付きで借りてもらう方法もありますよね。ただしこれも、当事者の意向を抜きに強制することはできません。あくまでも「アドバイス」です。
- Q
農地法の下限面積がなくなっても、市町村が定めた別段の面積は有効? - A
もとの法律(3条第2項第5号)の面積要件が廃止になるわけですから、別段の面積の効力もなくなります。
そこで独自に条例を定めたい、という市町村の話も聞きました。国と都道府県、市町村は同列なので、農水省からは条例を定めるのがダメとは言えません。しかし専門家に確認すると、法律がいったん廃止した規制を自治体が条例で定めるのは慎重な検討が必要とのことです。
『季刊地域』2023年春号(No.53) 「下限面積廃止で経営の大小を問わず「農業を担う者」を呼び込む」より
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