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基本法改正にもの申す連載

【基本法改正にもの申す 第5回】食料安保にも「多様な担い手」が必要だ

前回の甘楽町長・茂原荘一さんが参加していた基本法検証部会。明治大学の小田切徳美教授は、この検証部会では農村政策改革の検討がすっぽり抜け落ちていたことを指摘していました。そして「多様な担い手論」が逆戻りしてしまったことも。『季刊地域vol.53(2023年春号)』の記事から――。

小田切徳美(明治大学教授)

ふたたび農村政策が空洞化!?

 食料・農業・農村基本法の見直しが、食料・農業・農村政策審議会・基本法検証部会で進んでいる。多くの国民が、ウクライナ戦争の影響を日々の生活で感じる中で、食料問題や農業・農村の未来に対して、従来にないレベルで関心を持ち始めており、それが基本法の見直しにつながることは当然のことであろう。

 しかし、検証過程では不思議なことが起きている。2023年2月までの検証部会の「前半戦」は、食料、農業、多面的機能、農村という基本法の要素別に、関係者のヒアリングと事務局(農水省)資料の検討が行なわれた。ところが、農村政策に関する回(1月27日)で農水省が示した資料には、その1年前まで議論されていた農村政策改革がほとんど示されていない。特に、新たに掲げられた農村政策の体系の三つの柱「しごと」「くらし」「活力」という区分(後述)と説明が、政策年表の中に登場するだけである。直前まで行なわれ、本誌読者を含めて話題となった農村政策の再建は、もはや「歴史」として扱われている(季刊地域vol.46(2021年夏号)p81参照)。それは「多様な担い手」にかかわる議論の後退にもつながりかねない事態である。

 なぜ、このようなことが起きているのだろう。本稿ではその背景や問題性について、論じてみたい。

農村政策改革――多様な担い手論との関係

▼新農村政策の3本柱 しごと・くらし・活力

 あらためて、新農村政策の経緯とポイントを振り返っておこう。

 2020年3月に閣議決定された新しい「食料・農業・農村基本計画」のひとつの争点が農村政策の体系化だった。それまでの農政は、農産物輸出や農地集積等の産業政策的要素が強調されるなかで、地域政策的側面の空洞化が指摘されていた。そのため、農村政策の体系化による再生が、各方面から求められていたのである。

 新基本計画は、それに対して「農村を維持し、次の世代に継承していくために、所得と雇用機会の確保や、農村に住み続けるための条件整備、農村における新たな活力の創出といった視点から、幅広い関係者と連携した『地域政策の総合化』による施策を講じ(る)」と応えている。つまり、農村政策の柱として、

(1)所得と雇用機会の確保(しごと)
(2)住み続けるための条件整備(くらし)
(3)新たな活力の創出(活力)

として、これらの一体的展開を求めた。さらに、そうした政策を継続的に進めるために関係府省が連携する体制を構築するとして、それを「しくみ」としている。

 検証部会で農村政策をテーマとするのであれば、このような体系を示し、議論することが求められているのであるが、そんな当たり前なことが行なわれていない点には、むしろ政策当局の意志が感じられる。

▼農山漁村発イノベーション

 加えて、新農村政策が農業政策の転換とセットであることも重要であろう。これは、新基本計画のもうひとつの争点が、農政の「車の両輪化」(産業政策と地域政策のバランスがとれた農政の確立)であったことに関わる。この場合、「両輪」とは、二つの政策系列が単に並立するだけではなく、両者を結び、連携と調整により好循環が生じる状態を指している。

 その点で、新農村政策の「しごと」の柱に、「地域資源の発掘・磨き上げと他分野との組み合せ等を通じた所得と雇用機会の確保」である「農山漁村発イノベーション」が位置づけられていることは強調されるべきであろう。「技術革新」と訳されるイノベーションは、元来は「新結合」という広い意味であった。それに従い、農山漁村の諸資源、諸テーマの組み合わせによる、「農山漁村発」の内発的なしごと創造が目指されている。その例としては、農泊やジビエにとどまらず、再生可能エネルギーなども取り上げられ、今後のさらなる振興の対象となっている。

▼「半農半X」が農政に位置づけられた

 それの主体のなかには「半農半X」も含まれている。先の基本法計画の具体化を検討した農林水産省・新しい農村政策の在り方に関する研究会等の報告書では、従来の大規模経営に加えて、「農業以外の事業にも取り組む者(農村マルチワーカー、半農半X実践者)、地域資源の保全・活用や農業振興と併せて地域コミュニティの維持に資する取組を行う農村地域づくり事業体等、多様な形で農に関わる者を育成・確保し、地域農業を持続的に発展させていくという発想も新たに取り入れて施策を講じていく必要がある」(中間とりまとめ、2021年6月)と、明確に書き込まれている。ここには、農山漁村発イノベーションや「半農半X」により、地域政策と農業の担い手育成を支援する産業政策が橋渡しされる構図が描かれていたのである。

 今までの農政には実質上の兼業農家である「半農半X」を「育成・確保」するという発想は存在しなかった。人口減少と農業経営者の高齢化のなかで、担い手の絞り込みよりも、むしろ、間口の拡大が求められている地域の実情を反映した反転であろう。

 そして、それは、農業経営の在り方についての農水省の文書でも「人・農地プランにおいて、『農地を将来にわたって持続的に利用すると見込まれる人』として、多様な経営体等(継続的に農地利用を行う中小規模の経営体、作業・機械を共同で行う等しつつ農業を副業的に営む半農半Xの経営体など)を、認定農業者等とともに積極的に位置付け、その利用を後押しする」(農水省「人・農地など関連施策の見直しについて(取りまとめ)」2022年5月)とされ、これに従い、農業経営基盤強化促進法が改正され(2022年5月)、今年の4月1日に施行される。

食料安保には多様な要素がある

 しかし、冒頭に見たように、わずか1~2年前に登場したこのような新農村政策が動揺している。

 なぜ、そうなのか。その淵源は総理官邸の「食料安定供給・農林水産業基盤強化本部」にある。しばしば指摘される「官邸農政」の中心的位置にあり、安倍政権の発足により生まれた「農林水産業・地域の活力創造本部」が2022年9月に改組されたものである。その初回会議において、岸田総理は

「岸田内閣においては、新しい資本主義の下、
(1)スマート農林水産業
(2)農林水産物・食品の輸出促進
(3)農林水産業のグリーン化
(4)食料安全保障の強化
を農林水産政策の4本柱」とすると表明している。

ここには、農村政策の位置づけが見られず、また担い手についても、「多様な担い手論」というよりも、以前の「成長産業を支える少数の担い手論」に逆戻りしたような表現ぶりになっている。

 そのような再転換には、やはり、食料安保論議が意識されているのであろう。少し乱暴に表現すれば、「国内外の農産物の安定供給のリスクが高まるなかで、多様な担い手や農村政策など悠長なことを言っている場合ではない」というロジックが見えてくる。実際、この本部は2022年12月には、「継続的に講ずべき食料安全保障の強化のために必要な対策とその目標を明らかにする」ため、「食料安全保障強化政策大綱」を決定し、その文脈で基本法検証の「加速化」を求めている。

 この大綱で興味深いことは、「過度な輸入依存からの脱却」が標榜されているものの、具体的内容は生産資材対策が中心である。緊急性と重要性は間違いないが、食料安全保障には、それを含め、農地、労働力、資金、技術、そして流通手段などの多様な要素がある。必要なのはそれらに対する広い視野による対策である。

農的関係人口と食料安保

 特に労働力をめぐっては、それが欠かせない。大綱でも、労働力不足の深刻化が指摘されているが、「スマート技術等の省力化技術」等による「成長産業化」という文脈で整理されている。しかし、専従する労働力ばかりではなく、季節的なもの、日々の細切れ的な労働力、さらには援農ボランティアなども視野に入れる必要がある。

 パート的な労働力について言えば、北海道のJAで導入が進むマッチング・アプリにより、1日単位の雇用を確保するケースが見られる。従来の季節的労働力が高齢化する中で、学生や副業などの比較的若い労働力により、生産の安定化を実現する農家もあった。「長年の労働力不足問題をこれで解決できた」という声も聞く。

 また、援農ボランティアにも動きがある。都市農業には、従来からかなりの数の援農者がいるが、最近では、ボランティアが経営に直接意見を言い、農業経営者の「協働者」となる傾向が各所で見られるという(後藤光蔵・小口広太等著『都市農業の変化と援農ボランティアの役割』筑波書房、2022年)。

 彼らの一部は、いわゆる関係人口である。国交省の推計によれば、三大都市圏の住民で、圏外の特定の地域を継続的に訪問し、プロジェクトの企画・運営・支援等を行なうものは、約151万人も存在する。もちろん、農業に関わるものは一部であろうが、このようなボリュームの中に位置づけられる。

 さらに、自給的な市民農園もある。コロナ禍初期の「巣ごもり期」には、その重要性が話題となった。つまり、細切れ的なパート、援農、市民農園などを含めて、「国民の農業参加」が多様な形で進んでいる。

 多様な担い手論はここまで拡張できる。食料安保の議論でも、これらを「取るに足らぬもの」とせずに、議論とサポートの対象とすべきであろう。人々の農業への多彩な関わり(農的関係人口)は、安全保障にとって最も重要な国民の農業理解の基盤になるからである。

改めて「両輪農政」の確立を

 このように、一見遠い関係人口と農業の持続可能性の追求は、農業・農村の現場で結びつく。前者は、人手確保の入り口の創出と言え、魅力的な農村をつくる農村政策の対象である。後者は産業政策の対象である。両者を「車の両輪」とする農政の重要性が改めて浮き彫りになる。大綱ではまさにその部分がすっぽりと欠落している。

 もちろん、農村政策は農水省だけで完結するものではない。しかし、農業の担い手の育成やそれによる食料の安定供給を追求するにしても、そうした人々が地域に住み続けられる条件がなければ、安定性は期待できない。また、逆に、農業が持続的に行なわれてこそ、美しい農村景観は維持され、農山漁村発イノベーションの条件となる。このような両者のバランスと好循環が政策として確立されなければならない。

 つまり、食料安全保障を意識すればするほど、体系的農村政策とそこから生まれる多様な担い手の農業政策上の位置づけが必要になっているのである。その点で、冒頭で見たような傾向には、強い危惧の念をいだかざるを得ない。
『季刊地域』2023年5月発行号の内容です)


小田切 徳美(おだぎり・とくみ)

1959年神奈川県生まれ。博士(農学)。明治大学農学部教授。専門は農政学・農村政策論、地域ガバナンス論。著書に『農村政策の変貌 その軌跡と新たな構想』(農文協)など。

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小田切徳美 著
農村政策の理論や農村実態分析をした上で、中山間地域等直接支払制度を始め、農水以外の省庁による地域おこし協力隊、小さな拠点、ふるさと納税、過疎法等について幅広く、かつ現場の取組みを詳細に紹介しながら解析
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