農文協が運営する農業情報サイト「ルーラル電子図書館」で読者が注目した『季刊地域』の記事を連載形式で公開します。
今回は農業の「担い手」について、新規就農、集落営農、半農半X、兼業、定年帰農、体験農園など、多様な人材を育成していくにはどう仕掛けていけばいいか、実践的な記事を選びました。
*この記事は『季刊地域』2020年春号(No.41)に掲載されたものです。
文=編集部、写真提供=押井営農組合

高齢になり農業をやめる人が次々出てきた。このままでは作業受託収入に頼る組合を維持できなくなる――。
そこで押井営農組合が選んだ道は、以前も取り上げた「地域まるっと中間管理方式」(『季刊地域』No.37(2019年春号)、『季刊地域』No.39(2019年秋号))。集落と農地を守るために始まったこの挑戦は、さらにもう一歩先へと進む。
なぜ、集落が消滅しなければならないのか
愛知県豊田市の山間部、岐阜県境に近い押井町。28世帯84人の集落だが、ここでは縄文時代後期の遺跡が3カ所見つかっている。押井の里には約3000年前から人が暮らしてきたということだ。
「私が子供の頃、1950年代は200人以上いたんです。わが家は兄弟3人、自給自足の農林業の暮らしは貧しかったが、ひもじい思いをした記憶はまったくない。当時はよかったなあ、と思い出します。そんな暮らしがこの50年で変わった。その結果、国の将来予測では押井は消滅集落になってしまうんですね」
今年の正月で設立1年を迎えた一般社団法人押井営農組合の代表理事・鈴木辰吉さん(67歳)は、こんな話から切り出した。3000年続いた集落がなぜ消滅しなければならないのか? 鈴木さんの疑問は怒りでもある。
2011年、押井営農組合は機械の共同利用をする任意組合としてまず誕生した。それまで集落の田んぼの作業を請け負ってきた農家が80代になり、「オレはもう機械を更新しない。これからどうするか、みんなで考えろ」と引退宣言をしたのがきっかけだ。

補助金で共同利用のトラクタ・田植え機・コンバインを導入し、個々の農家はいっさい農機を持たないことにした。山に挟まれて細長く連なる集落の田んぼは全部で7.6ha。加えて、周辺集落からも機械作業を受託して組合の収入としてきたが、ここに来て、米づくりをやめ農地を預けたいという農家が一気に増えてきた。
いま、山間の小さい田んぼでふつうに米をつくれば赤字だ。個人でつくっているときは見えないが、作業する人へ支払う労賃が発生するとそれが明白になる。だから組合でも、預かった農地には米をつくらないことにしていた。中山間直接支払や多面的機能支払の補助金を利用して「保全管理」だけするのだ。だが、高齢化が進み米づくりをやめる農家がこのまま増えれば、肝心の作業受託収入が減っていく。鈴木さんには10年後の破綻が見えていた。
「米づくりを減らすたび、やめるたびに農地は荒れていく。農地が荒れれば人が減り、集落は疲弊していくんですね。儲からなくてもいい。農地を荒らさずに次代へつなぐ仕組みが必要なんです」
その一つが「地域まるっと中間管理方式」だ。
「まるっと」はわがむらにピッタリ
「地域まるっと中間管理方式」は、農地中間管理機構を利用した集落営農の新しい形だ。まず、集落全戸で非営利型の一般社団法人を設立し、担い手も自作希望農家も、農業を引退したい農家も、すべての農地を「まるっと」農地中間管理機構に貸し出す。集落でつくった一般社団法人がその受け手となり、すべての農地の利用権がこの法人に設定されることになる。
この方法には次のような利点がある。
(1)担い手(複数の場合でも可)や自作希望農家が一つの法人の中で共存しやすい。農地の利用権は一般社団法人に設定されるものの、「特定農作業受委託」という仕組みによって、担い手や自作農家は従来どおり自分の裁量で農産物の栽培や販売ができる。
(2)地域集積協力金が非課税になる。
(3)設立が簡便。
(4)中山間地域等直接支払、多面的機能支払等の取り組みを一体的に運営できる(農業経営とは会計を区分して運営)。
地域の農地の利用権が法人に集積されることがポイントで、自作農家や担い手がリタイアするときは、他の担い手に農地を引き継いでもらったり、一般社団法人自体が耕作するなど、地域内の農地の引き継ぎをスムーズに進めることができる。農地などの地域資源管理を担う全戸参加の一般社団法人をつくり営農部門は別の法人が担う「2階建て集落営農」と発想は似ているが、「まるっと」の場合は一つの法人設立ですべて対応できる。
この方法は、愛知県の農地中間管理機構(愛知県農業振興基金)の前理事長・可知祐一郎さんが考案したものだ(『季刊地域』No.37「「地域まるっと中間管理方式」とは」参照)。
鈴木さんは、組合の法人化について相談していた税理士から可知さんを紹介された。2018年12月13日に可知さんに会うと、2019年1月8日に組合の総会を開いて合意・設立。その月のうちに一般社団法人の登記も完了。これほど早く進んだのは設立が簡便だからでもあるが、何よりも鈴木さんをはじめ集落の人たちが「わがむらにピッタリの方法」と確信したからだ。
間髪入れずに法人が引き継げる
前述の80代ベテラン農家が引退宣言をしたころ、ちょうどいいタイミングで、鈴木さんの息子の啓祐さん(39歳)が農業をやりたいとUターンしていた。啓祐さんは現在、一般社団法人押井営農組合の役員とオペレーターを務める。
押井集落28世帯の全戸が田んぼを所有しているが、現在も米をつくるのは15世帯。その農地の利用権も法人に移ったものの、特定農作業受委託により15世帯は今までどおり自分の裁量で栽培も販売もできる。この人たちにはできるだけ長く米づくりを続けてもらいたいが、つくれなくなったときは自動的に法人が引き受けることになる。
では、米づくりをやめる農家が、その時点で押井営農組合のような法人と個別に利用権設定の契約をするのと何が違うのだろうか。例えば世帯主が亡くなり、子供は農業を継ぐつもりがないような場合だ。貸借契約を結ぶにはまず、亡くなった親から子供への農地の権利移転(相続登記)が必要になる。ところが、それは「一周忌を過ぎてから」といった話になりがちで、その間に田んぼが草ぼうぼうになる。契約の話もうやむやになりかねない。その点「まるっと」方式なら、利用権はすでに法人にあるので間髪入れずに耕作を続けられる。
じつは、啓祐さんがUターン後しばらく、鈴木さん宅を担い手として、集落の何軒かと個別に利用権設定していた時期がある。契約時期がバラバラだったので、更新の時期もずれていた。農業委員会が知らせてくれるので更新を忘れることはないだろうが、仮に契約期間中に相続が発生し、相続登記していなかったりすると更新の手続きが面倒なのだ。その点も「まるっと」では10年契約・一斉更新になるので全戸の手続きが一度にすむメリットもある。

売るのはやめて「自給家族」
これで農地を引き継ぐ仕組みはできた。ただ、山間の田んぼでふつうに米をつくるだけでは赤字になる状況は変わらない。農作業受託収入の代わりになるものが必要だ。鈴木さんはこう話す。
「農家で食っていくと決めた息子も、初めは転作でジネンジョをつくったりダイズを始めたりしました。でも、イノシシに荒らされたり、山間の湿田で畑作物はうまく育たなかったりでことごとく失敗。そこで法人では米一本でいこう、目をつぶってもつくれる米に付加価値をつけて赤字にならない額で売ろう、と考えたんです」
幸い、押井には「幻の米」と呼ばれるミネアサヒという品種があった。ミネアサヒは愛知県農業総合試験場山間技術実験場でコシヒカリを片親として交配され、1980年に命名された歴史のある品種。愛知や岐阜、九州の中山間地でつくられてきた。コシヒカリよりおいしいといわれながら、いもち病に弱かったり高温障害を受けやすいなどの理由で生産が減り、現在はほとんど流通していない。

押井では今もふつうに栽培されているこのミネアサヒを、肥料・農薬半減の「特別栽培」にして付加価値をつけて売ろう、と最初は考えた。だが「売る」のはやめた。原点に立ち返ることにしたのだ。
押井の里に3000年前から人が暮らし続けることができたのはなぜか? 年をとった農家が、作付を減らしても少しの面積で米をつくり続けるのはなぜか? それは自給の営みだからだ。また、豊田市の山間部ではいま、遊休農地を借りて「通い農」で米や野菜をつくる町の人たちが増えていることもヒントになった。
「この人たちは、労力だけでなく、家からの往復にも時間とおカネをかけて、1俵10万円くらいの米を食べていることになるかもしれない。それでも自分が食べる米を自分でつくりたいという人がいるなら、もう少し横着な自給をしたい人もいるのではないか」。そう考えて生まれたのが「自給家族」と名づけた仕組みだ。
自給家族の条件は、押井の米の価値を理解したうえで、玄米1俵3万円で3~10年の長期契約すること。一般的なJA出荷なら1俵1万3000円ほどだろうか。3万円というと高い気がするが、白米5kgにしたら2500円余り。買う側にとってはそれほど高くはない。栽培条件は、除草剤1回で、殺虫剤・殺菌剤は田植え時の苗箱施用のみ。山間地なのでカメムシによる斑点米の被害は出るが、色彩選別機で対応する。山間の田んぼなので反収は5俵くらいに減るかもしれないが、1俵3万円なら続けられる。
自給家族は押井集落の一員だ。除草剤で抑えられなかった草を取るイベントに参加してもらったり、収穫祭をしたり、交流する機会を年に何度か設けて、収穫の苦楽をともに分かち合う。米を通じてつながった人たちと大勢でお酒を飲んで交流するのはきっと楽しいはずだ。

すでに30軒超! 最強の関係人口
自給家族構想は、昨年秋に行なったクラウドファンディング「源流米ミネアサヒCSAプロジェクト」(*)によってすでに始まっている。
*CSA(Community Supported Agriculture)はアメリカで始まった生消連携の仕組みで、消費者が生産者に代金を前払いして、定期的に作物を受け取る契約を結ぶ農業のこと。
前述の趣旨を説明し、まず、寄付を兼ねて多くの人にミネアサヒを味わってもらいたいと、インターネット上で呼びかけたのだ。1口2000~5万円の7ランクの設定で募集したところ、約230人から計230万円の寄付が集まった。金額に応じた量の特別栽培ミネアサヒなどを返礼品として送ったが、それでも50万円が残り、これを玄米を保管する保冷庫の購入に充てた。3万円以上の寄付者には、米に加え卓上精米機(1万1000円相当)を贈り、自給家族になる権利を付けた。
精米機付きの返礼品とはずいぶんな大盤振る舞いのようだが、そんなことはないという。
「自給家族に届ける米は玄米なんです。法人では乾燥調製施設も導入していますが精米機はありません。米の直接販売で何が大変かといえば、精米して小分け・包装する手間です。それが必要ないうえに、みなさんに搗きたてのおいしい米を味わってもらえるんですから、こんなにおもしろい仕組みはありません」
当初、鈴木さんはクラウドファンディングには乗り気ではなかったそうだ。事業をするなら資金は自分で集めるべきと思っていた。そういう世の中を生きてきた世代だし、豊田市役所で産業部長などを務めてきた経験も影響したかもしれない。だが、やってみて考えが変わったという。
「愛知県内、豊田市内はもちろん、東京や大阪、金沢、和歌山から5万円も寄付してくれる人がいるんです。『遠いけど私も自給家族になれますか』って。世の中こんなふうに変わってきてるんだなあ、と感動しました」
自給家族の申し込みは予定した30軒をすでに超えている。大半は愛知県内でその半分は豊田市内の人たちだ。3万円未満の寄付をしてくれた200人近くにも源流米ミネアサヒを食べてもらっているので、将来の自給家族候補も確保できた。自給家族は20年産からなのに、早々と契約金を届けに来た人もいる。「最強の関係人口」ができた。
新しい支え合いの時代
鈴木さんはこう考えるようになった。この50年は競争の時代。脱落したらそれは「自己責任」だ。だが、かつての農村は地域の結いや大家族のなかで個人が支えられてきた。人間は互いに支え合うのが本来の姿で、この50年のほうがおかしかったのではないか。いま、山間の集落が存続の危機を迎えていることを訴え、仲間を募れば、応じてくれる人がけっこういるのではないか、と。
息子の啓祐さんは、畑作物で稼ぐ道の代わりに、奥さんの桂子さんと農家民宿「ちんちゃん亭」を開業した。4年前のことだ。「実家のような『居心地の良い』民宿」がキャッチフレーズ。ここに集う人たちからも刺激を受けて自給家族構想は生まれたそうだ。

現在は法人のオペレーターや補助作業を担う30代、40代の3人も、ちんちゃん亭が縁でつながったIターンの人たちだ。彼らも法人の仕事だけでは食べていけないが、道路の草刈りや新聞配達の仕事を組み合わせるとそれなりの収入になるという。
「わざわざ田舎に来る連中は、そういう生き方に幸せを感じている。だからやりがいをもって喜んで仕事をしてくれる。作業も速くて丁寧。だから地元の人たちに引っ張りだこ。こういう連中の価値観と、いま私たちがやろうとしていることは合うんですね」と鈴木さん。おかげで、これから先の法人運営にも不安はない。
豊田市北部、押井を含む敷島地区9集落には水田が60haある。今度はこの敷島地区全体で「自給家族による農地保全プロジェクト」が動き出した。
『季刊地域』2020年春号(No.41) 「3000年続いたむらを守るための2本柱 地域まるっと中間管理方式と自給家族」より
ルーラル電子図書館は、一般社団法人農山漁村文化協会(農文協)が運営する「有料・会員制の農業情報提供サイト」です。農文協が発行した雑誌・書籍・事典・ビデオなどを多数収録しており、病害虫の診断から登録農薬の情報、栽培・飼育の技術、加工・販売のノウハウまで、さまざまな角度から農業に関する情報を検索・閲覧することができます。

「ルーラル電子図書館 市町村プラン」とは?
市役所や町村役場の職員のみなさま向けに、おもに農業関連の政策・事業のテーマに沿った記事や動画を集めた、数ページで読み切れる早わかり記事、イラストによる図解、3分でわかる動画など、はじめて担当になった方にもおすすめのコンテンツを揃えた新サービスです。
市役所や町村役場へのルーラル電子図書館導入をご検討の方は、以下のフォームより農文協 電子図書館担当までお問い合わせください。