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【米価高騰を考える】vol.5 市場価格に左右されないお米の流通②――自給家族を全国に広めたい

春の田植え体験に集まった自給家族のみなさん

令和の米騒動で米価が高騰している今、消費者にとって生産現場が自分ごとになるような新しい米販売の動きも始まっています。『季刊地域』2025年冬号(No.60)で取り上げた「自給家族」もその一つ。目指すのは、生産者と消費者を米で結ぶ新しいかたちの「結」です。

鈴木辰吉(愛知県豊田市・しきしまの家運営協議会事務局)、文・写真=編集部

『季刊地域』2025年冬号

●移住者は増えたが…

 2009年、愛知県豊田市の山村部に位置する敷島自治区(10集落、389世帯、873人、旧小学校区)に、国の雇用対策事業を活用した豊田市「日本再発進!若者よ田舎を目指そうプロジェクト」により10人の若者がやって来た。都市部から移住、新規就農しようという彼らに刺激を受け、翌10年に策定したのが「しきしま(ハートマーク)ときめきプラン2010」である。いわば、住民自らのふるさとを守り抜く決意。これにより排他的であった地域は一変した。プランを道しるべに空き家活用による移住者受け入れに取り組み、その後の10年間で40世帯、98人の移住者を受け入れた。

 この取り組みが評価され、敷島自治区は、20年度の過疎地域自立活性化優良事例表彰で最高賞の総務大臣賞を受賞した。しかし、移住者の受け入れで小学校の児童数が増えたりスモールビジネスの起業が相次ぐなどの効果をもたらしたものの、人口減少・高齢化に歯止めがかかることはなかった。

●縮む社会を受け止めながらつなぐ

 敷島を幸せな暮らしの場として次世代につなぐにはどうしたらいいのか。

 当初のプランから10年がたち、20年策定の「しきしま(ハートマーク)ときめきプラン2020」は、人口の奪い合いや地域間競争ではなく、縮んでいく社会を受け止めることから出発しようと考えた。それには、「結」のあったかつての共同体中心社会を再構築する。そして住民同士が支え合い、都市とつながる「関係自治」の実現に大きく舵を切った。関係自治とは筆者の造語で、地域住民と「関係人口」がともに自治の主体となって地域課題を解決することである。重点プロジェクトとして、「支え合い社会創造」「農用地保全」「未来に向けた構造改革」の三つを掲げ、活動拠点「しきしまの家」を整備することにした。

 この「プラン2020」は、国の新政策の活用により大きく前進することとなった。21年に、中山間地域等直接支払制度の広域化加算と集落機能強化加算、それに農村RMO(農村型地域運営組織)モデル形成支援事業の創設が市を通じてもたらされたからである。

 23年度には、自治区内に八つあった中山間直接支払の集落協定を「しきしま集落協定」に統合、高齢者の移動支援や草刈りなどの支え合いの仕組みづくりに着手した。同時に、農村RMOモデル形成支援事業の採択を受け、様々な実証事業がスタート。ただ、農村RMOのモデル形成では、農用地保全、地域資源活用、生活支援に関わる事業を網羅する必要があるが、農地を荒廃から守る農用地保全は極めて解決が困難な課題である。

●生産者と消費者が「家族」になる

 だが、しきしまには“伝家の宝刀”「自給家族」があった。筆者が暮らす自治区内押井町を発祥とする自給家族とは、生産者と消費者がお米を通じて疑似家族となること。地域外に暮らす関係人口としての消費者家族の力を借りて、農地・農村景観を保全しつつ、安全で美味しい米を長期安定供給するCSA(Community Supported Agriculture)農業である。

生産者と消費者がつながって、双方が豊かになる

 山村の暮らしの持続を応援し、安全で美味しいお米を安定的に確保したい自給家族は、生産コストに見合う玄米1俵(60kg)あたり3万円(24年産)を栽培契約料として前払いし、生産の喜びもリスクも生産者と共有する。生産するお米は、農薬と化学肥料を慣行栽培の2分の1以下に低減した特別栽培米。遊休農地も活用しながら自給家族を増やせば、農地が守られるという仕組みだ。契約家族は、お米の受け取りや農業体験、収穫祭などで「里帰り」の機会もある。

 これを敷島自治区全体に広げる「しきしまの家・自給家族」の実証が24年度から始まった。押井町の103家族を含む200家族の参加を得て300俵を供給。これにより合計7haの農地を荒廃から守るという高い目標を立てた。

●農村RMOと「自給家族」は相性がいい

  そこに起きたのが「令和の米騒動」である。スーパーの店頭から米が消えるという事態の後押しもあって、10月中旬には参加家族が目標を上回る225家族となった。受け付けを締め切った後も問い合わせは途絶えることがない。

 20年度に筆者らが押井町で自給家族を始めたとき、これは中山間地域の農用地保全の切り札になると思われた。それから4年が経過する間は、22年に豊田市内の羽布町のKINOファームが50家族の自給家族を誕生させたものの、それ以上の取り組みの広がりは見られなかった。いま思えば、農家が片手間で取り組むにはハードルが高すぎたのだと思う。

 裏を返せば24年に「しきしまの家・自給家族」が好評を得たのは、農村RMOの実証事業として補助金などを活用しながら、十分な宣伝をともなう運動として展開する態勢が確保されたからに他ならない。いま全国で農村RMOの設立が相次いでいるが、補助終了後の継続性が課題になっている。「しきしまの家・自給家族」が成功モデルを示すことで展望が開けるかもしれない。

●山間の農業・農村が生き残る切り札に

  私たちは自給家族への参加希望に応えるため、この1月に25年産米からの契約家族の募集を新たに始める予定である。

 令和の米騒動以来、世の中では米価の高止まりが懸念されている。生産費上昇分の価格転嫁を大幅に上回る異常な水準の米価が見られ、これに便乗するつもりは毛頭ない。だが、押井町で始めて以来5年間固定してきた1俵3万円の契約料は、見直しが必要な時期を迎えている。「家族」の意見を踏まえ適切な価格を導こうと準備を進めている。結果、市場より安いお米になるかもしれないが、「家族」との信頼関係のほうがはるかに大事である。

 自給家族は、私たちの専売特許ではない。米でつくる関係人口・自給家族を、条件不利地の山村が生き残る切り札として全国に広めたいと願っている。

●しきしまの家・自給家族の仕組み
 2024年に自給家族米の生産農家を募集すると、敷島自治区内7集落から18人が手を挙げた。下は40代のIターンから一番上は84歳。まだまだ元気な高齢者が担い手の多くを占めている。18人の栽培面積の合計は3.5ha。20年に押井町で一般社団法人押井営農組合が始めた自給家族米もほぼ同面積。
 活動拠点のしきしまの家には穀物保冷庫を備え、米の受け渡し・発送のステーションにする。1俵3万円のうち2万5000円を生産者が受け取り、5000円がしきしまの家運営協議会へ。農村RMOの運営資金になる。

*その後、自給家族米の価格は玄米1俵3万9000円(税込)となった。新たに2ha弱の特別栽培米を準備できたので、25年春から100家族を追加募集(計330家族)したところ、すぐに募集枠が埋まったそうだ。


米価高騰を考える(全6回)


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