2025年11月28日、『季刊地域』の執筆陣が語るセミナー「ゆるがぬ暮らしをつくる~『季刊地域』セミナー」が開催されます。セミナーの開催を記念して、講師・鴫谷さんの記事をご紹介します。

執筆者:鴫谷 幸彦(新潟県上越市・たましぎ農園)
『季刊地域』2024年夏号(No.58)「開拓事業やりたい人がやりたいことに挑戦」より

執筆者:鴫谷 幸彦
新潟県上越市の農家。農地を維持しながら新規就農者を育てる「川谷もより農地中間管理チーム」の実践に携わる。
「百笑百年物語」
住民みんなが夢を出し合い、話し合いを重ね、2016年に完成した地域ビジョン「百笑百年物語」。今回は、新たな挑戦を描いた「開拓事業」について紹介します。
川谷もよりにある豊富な地域資源を活かし、「やりたい人がやる」というスタイルで新たな仕事づくりを進めようという部門です。チャレンジ精神を持つ人を応援することで、新しい取り組みが始まり、それがまた地域の魅力となるような好循環を生むことを狙いとしました。
面白くてうれしい野菜の直売
川谷もより地区から車で30分のところに道の駅よしかわ杜氏の郷があり、その中に「四季菜の郷」という農産物直売所があります。しかし、少し遠いという地理的な理由と、そもそも野菜は自家用で、売ってお金に換えるという感覚が当地にはほとんどありませんでした。
もともとこの直売所に野菜を出荷していた曽根正良&タツ子さん夫婦が、「みんな出したらいいのに」とビジョンづくりの話し合いで熱心に訴えたことで、集出荷の仕組みができました。野菜は自分で袋詰めしてバーコードまで貼り、地区内に設けた2カ所の集荷所に出しておくと、毎朝集出荷係が直売所まで持っていくという仕組みです。
始めた頃は、あまり気乗りしない人が多かったようですが、売れ始めると面白くなってきて、出荷量はうなぎのぼり。出荷者は現在11軒で、年間合計300万円ほどの野菜や加工品を出すまでになりました。
事業を始めた季節が春だったことも奏功しました。山菜の宝庫である当地です。自家用か人にあげるだけだった山菜は、栽培せずともお金になる最強の産物になりました。最初の売り上げ金を手にした松浦チヨ子さんが、嬉しさのあまりみんなにアイスをおごって散財した「アイス事件」まで起きました。個人的に痛手だったのは、それまでろくな野菜をつくれず、みんなから野菜をもらっていたわが家に、野菜が来なくなった点です。

直売所にとっても、高齢化により生産者が減るなか、山菜や野菜が安定的に供給されることは大きなメリットとなっています。将来的には出荷者が順番に集出荷する仕組みを目指していますが、現在は中山間直接支払の棚田加算を活用し、集出荷係(4〜5人)には賃金と車の借り上げ料を払っています。

「いちさんプロジェクト」で山林保全

ビジョンづくりの話し合いで「自伐型林業で熱エネルギーを自給したい」という若者と、「田んぼの周りの(他人の山の)木が日陰をつくって困る」という人の意見を融合させて生まれた取り組みがあります。
雪などで折れた木や、田んぼに日陰をつくる木や害獣の隠れ場所になっている木などを切って玉切りし「薪の広場」に持ち込むと、軽トラ荷台山盛りで4025円がもらえます。さらに、そこで薪割りし、薪棚に積む仕事で1㎥2025円もらえます。これを夏の間乾燥させ、秋に薪ユーザーに販売します。地域住民向け販売価格は、軽トラの荷台にあおりの高さ擦り切りにきちっと並べて(約0.8㎥)4000円。広葉樹と針葉樹のミックスですがお得です。

田んぼの日当たりがよくなり、熱エネルギーの自給もできて、獣害も減る一石三鳥! その名も「いちさんプロジェクト」です。独立採算体制を目指していますが、現在は棚田加算から、玉切り材の買い取り価格の一部と、薪割り賃金、薪割り機の借り上げ料を補助しながら成り立っています。
自伐型林業や害獣肉の活用など、山林にはまだまだ新しい仕事のポテンシャルがあると思います。
新商品開発
地域には旧川谷小学校舎を活用した二つの農産加工があります。一つは企業組合川谷もより農産加工所の味噌と漬物。もう一つは星の谷ファーム(天明香織さん)のブルーベリーソースです。ビジョンづくりをきっかけに、地域の農産物を使い付加価値を高めるこれらの農産加工の大切さが認識されるようになりました。新たな商品としてブルーベリージャムや粕漬けたくあんなどが生まれました。
今後は、いろんな人が新商品で盛り上げ、川谷独自の産品が増えることを期待しています。

新しい仕事をつくる
「誰もが働けて暮らせる地域にしたい」
これはビジョンづくりの話し合いで、ダウン症の娘さんを持つ天明さん夫婦から出た夢でした。ビジョン策定から8年が経ち、このことの大切さがじわじわと感じられるようになってきました。
新しい仕事として天明さんが始めたのが平飼い養鶏でした。ニワトリの世話や採卵なら、家族の中で仕事ができると考えたからです。
また川谷もより農産加工所では、それまで引きこもりがちだった住民2人を雇用。様々な理由で心に傷を持つ彼らですが、一緒に仕事をするうちに人と話す機会や役割が生まれました。1人は頭脳明晰で正確な仕事に定評があり配達や納品専門になり、もう1人は体格がいいうえにどんな作業でも体の使い方がうまいため、高齢スタッフの補助に活躍しています。2人とも元来の優しい性格もあり、今では欠かせないメンバーとなっています。
農も福もごちゃまぜだから幸せ
先に紹介した野菜の直売事業も、高齢者でも所得を得られ続ける大切な仕事になってきました。稲作をリタイアしても、歩いて行ける畑で野菜をつくって稼げるからです。話し合いの時に「野菜畑で野良仕事しながら死ねたら本望!」とみんなを笑わせたのは、野菜づくりが好きでたまらない曽根タツ子さんでした。
福祉施設での悲惨なニュースや度重なる園児の事故を知るたびに、この国は福祉という言葉を履き違えていると感じています。「健常者」を自称する大人の経済活動のために、高齢者や子供、あらゆる社会的弱者を暮らしから隔離する制度を強めている一面があるからです。これは誰もが幸せになるという福祉の本来の意味に逆行しています。
川谷もよりには、子どもの遊び声をうるさがったり、高齢者を邪魔者扱いしたりする人はいません。人数が少ないからこそ、お互いの存在を大切に思うことができます。
近年「農福連携」という言葉が定着してきました。人手不足の農業と、仕事不足の福祉とをマッチングさせることが一番の目的のようで、あまり好きな言葉ではありませんが、そこには「誰もが大切な存在である」認識を新たにするチャンスがあることを、川谷もよりの取り組みから感じます。
川谷もよりではこれからも、いろんな仕事があるから面白く、農も福もごちゃまぜだから幸せなんだといえる、本来の農村の姿を取り戻すべく、ビジョンの実現を進めたいと思っています。
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『季刊地域』の執筆陣が語るセミナー 第1回は、2025年10月23日に開催しました
第一回目の「季刊地域」セミナーでは、和歌山県に移住し、地域資源を活かしたグミの開発やキャンプ場オープンに挑戦する猪原有紀子さんを講師にお招きし、地域マーケティングについて、お話いただきました。
三兄弟の母としての暮らしと、地域ビジネスを両立する姿に注目が集まっています。
セミナー参加者の声(アンケートより)
素晴らしかったです…!営業とマーケティングの違い、マーケティングファネルのことなど、とても明確で明快に説明してくださり、とてもわかりやすく刺激的でした。やはりWebマーケティング会社での勤務経験や、グロービスで経営を学ばれた強みが、最短で結果を出せる力につながっているのだなと思いました。質問にもとても誠実に答えてくださり、共感を呼ぶことでファンを増やしていくことができる、天性のものも兼ね備えた方であると感じました。素晴らしい方を発掘(?)されましたね。(ご本人からの営業だということなので、”発掘”ではないかもしれませんが…)(広島県・Mさん)

(近日中に、アーカイブ版の配信があります)