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季刊地域Vol.59 (2024秋号)試し読み

福井

健康の鍵は畑にあり! 1袋のボカシから始める わらしべ長寿戦略

岩田竹矢(福井県若狭町国民健康保険 三方診療所)

若狭町内の上中診療所のリハビリ室で始まった小さい畑。中央が筆者。右はデイサービスの利用者さん、左はセラピスト(理学療法士)

畑仕事は高齢者の生き甲斐

 私が住む若狭わかさ町は、福井県南部に位置する人口1万3000人の、海あり山あり湖あり(ラムサール条約指定の三方五湖)の町です。縄文時代の遺跡や古墳が多くあり、太古の住民にも生活に適した環境だったと想像されます。

 私は町営診療所にやって来て12年になる医師です。第二の故郷で住民同士の付き合いも楽しみつつ若狭町ライフに浸かっています。慢性疾患や老いの経過を診て、多くの住民を看取ってもきましたが、年々強く思うことがあります。それは、薬を処方して血圧を10下げ、糖尿病の指標のHbA1cを1下げることが、住民の健康と人生にどれだけ寄与し得てきたか?

 患者さんの生活行動パターンが露わとなる現象に、〝雨上がりの日の診療所は閑古鳥〟があります。なぜなら患者さんの気持ちはレッツゴー畑! 元気な高齢者は畑に行き、元気でなくなってきた高齢者はデイサービスに行く、が老衰プロセスでの分岐点です。下肢筋力低下や認知症で畑に行けなくなくなったら、デイに行くのです。

 そこで、高齢者の健康の鍵は「畑」にあり!と私は考えました。膝や腰が痛くとも、楽しい畑には無理してでも出掛けます。面倒な草取りも、嬉々と語ります。しかし膝と腰をさらに痛め、診療所に湿布をもらいに来られます。このように、痛みを押してでも出て行く「畑仕事」は高齢者の生き甲斐です。

疾病を薬でなくボカシで治す

 私は高齢者の疾病を「薬」ではなく「ボカシ」で治してみようとひらめきました。畑仕事を縁の下で支えるべく、ボカシをつくって配布する「治療」を始めてみました。ボカシは簡単につくれる有機肥料で、私は発酵鶏糞・米ヌカ・モミガラを材料とします。嬉しいことにボカシの原価はタダ同然。発酵鶏糞はホームセンターで15kg125円ポッキリ。米ヌカは精米所にてタダ。モミガラもカントリーエレベーターにて持ち帰り自由。円安も物価上昇もどこ吹く風です。こんなエコノミーなボカシは、廃物利用のエコロジーな肥料でもあります。

 つくり方も簡単。庭に置いた廃物浴槽に材料を入れ、自宅前にある三方五湖の天然水を注ぎ、毎日かき混ぜるだけ! ボートのオールで底からかき混ぜて、均一な湿度で熟成させるのが品質の肝。手間・暇・情熱を注ぎ、4週間熟成で完成。完熟ボカシはウンチ臭さも消えていい感じ。知人の軽トラで予約の患者さん宅まで宅配し、診療所外来で声を掛けてくださればその場でお渡ししています。

 ユーザー患者さんの生の声は「野菜がよく育ちます!」と高評価。診察室での会話も、畑の話題からスタート。診察室で「ボカシ要りません?」の宣伝も、日常診療の一環。畑を語る患者さんはイキイキ元気で、生活と人生まで垣間見えます。

 私にとってありがたいことに、新鮮野菜の差し入れはしばしば。ツヤツヤ野菜を見て、ボカシ効果は絶大だと実感します。患者さんは自分が育てた野菜を人つまり私にあげるのが喜びで、生き甲斐にもなり得ているようです。だから私は作品を喜んでいただくようにしています。私からは、地域医療の形でお返ししよう!とのモチベーションにつながります。

庭でボカシづくり

健康も地域もカネもつくりたい

 私が掲げるコンセプトは「1袋のボカシから始まるバタフライエフェクト」。野菜をつくる畑仕事「運動療法」と、有機野菜を食べての「食事療法」が、健康サイクル形成の医学的二本柱です。

 果ては処方する薬が減り、タダ同然のウンコが医療費削減をもたらす効果にも期待します〈健康づくり〉。「いわたのボカシ」をブランド化し、「岩田先生のボカシで、ええ野菜ができるでぇ〜」と住民同士に会話を生むツールにしたい。とれ過ぎた野菜は住民同士でギブ・アンド・テイクし、生活を支え合う食料としたい〈地域づくり〉。地域内流通を進め、地産地消アグリビジネスに発展させる妄想も膨みます〈カネづくり〉。かくして1袋のボカシから始まる「わらしべ長寿戦略」が、私の狙うバタフライエフェクトです。

 バタフライエフェクトは私の手を離れて広がりを見せ始めました。同じ町内の診療所リハビリ室に提供したところ、畑仕事をリハビリに取り入れて拡大中。

 畑仕事つまり農耕とは、二本足歩行となった人類が、地球つまり足元にある地面に対して体をかがめて行なう労作であり、膝や腰に負担を掛けるのは必然です。野良仕事は運動療法となる一方、運動器を痛める諸刃の剣です。この矛盾を克服すべく、膝と腰を痛めない「畑仕事ボディメカニクス」の開発をリハビリ室のセラピストに要請しています。

「Think Globally, Act Locally」との言葉があります。わらしべ長者のわらのごとき1袋のボカシ提供が、高齢者の畑仕事健康療法につながり、その先に「地産地消アグリビジネス」に至る構想を抱いています。メディアに取り上げられるのは「元気な若者が地域に定着してアグリビジネスを軌道に乗せている」事例ですが、私の構想は「元気でない高齢者を集めて、畑仕事を介して元気にする。高齢者の集団営農が若者も巻き込んで横と縦のつながりを生み、アグリビジネスが地域経済を豊かにし、町も元気にする」ものです。

 国の舵取りをする政治家でさえ解決策を見出せない少子高齢化問題を突破する逆転策として、若狭町が日本の、いや世界のトップランナーに躍り出るチャンスだと密かに画策しています。

」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌(紙・電子書籍版)でご覧ください。

  • ・使い切れないシカ肉は屠体給餌で活かす
  • ・唄は農につれ農は唄につれ
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農文協 編
「カタイ土をやわらかくしたい」「日照りにも長雨にも強く育てたい」「できるだけお金をかけたくない」。そんなときこそ、有機物の徹底活用。米ヌカやモミガラ、鶏糞、竹、廃菌床など、使える有機物は身近にいっぱいある。本書はそんな有機物の使い方をわかりやすく解説。それぞれの有機物の肥料成分、堆肥やボカシ肥のつくり方、発酵に働く微生物の種類と役割などの基本から、熟度別堆肥の使い方、堆肥の部分施用など実践的な情報まで収録。有機物別さくいん付きで、身近に使える有機物探しにもってこい。
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