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最新号より試し読み季刊地域No.61 (2025春号)

静岡

【小さい農業を増やす】下限面積廃止で農地の貸借急増!細切れ農地が豊かな農LIFEの入り口に

農家が足りない。耕作放棄地が増えていく。だが、一方でぜひ注目したい動きがある。これまで本誌でも何度も取り上げてきた「小さい農業」の広がりだ。
とくに2023年4月の農地法改正で農地取得の下限面積が廃止されたことが追い風となり、その勢いが増している。実際に静岡県浜松市では最近2年間で小面積の農地取得が急増している。

静岡県浜松市、文・写真=編集部

10aの農地で野菜づくりを楽しむ大竹さん

大竹さんが昨年取得した農地。以前は耕作放棄地で木も生えていたが、借りる前に地主が更地にしてくれた 写真=大竹峻さん提供

 2月上旬、静岡県浜松市長上地区にある10aほどの畑を訪ねると、大竹峻さん、佑くん親子が楽しそうに葉物野菜やダイコンを収穫していた。大竹さんは楽器メーカーの社員で、ここは昨年大竹さんが地主と3年間の貸借契約を結んで、初めて手に入れた農地だ。

大竹峻さん(41歳)

 大竹さんは7年前、市民農園を借りて野菜づくりを始めた。佑くんに障害があることがわかり、この先どうしようかと思案していた頃だという。農福連携で有名な市内の農家を見学させてもらい、障害者も活躍している農業の世界に興味をもった。そして、市民農園の2aほどのスペースで自分でもレタスなどをつくってみた。

 野菜づくりは未経験だったが、動画サイトや書籍でたくさん情報が得られるから問題なかった。むしろ「ビギナーズラックでしょうか。すごくよくできたんです」と大竹さん。市民農園の他の人はレタスが結球しないのに、大竹さんの育てたレタスはきれいな球になったのだ。しかし、「翌年はなぜか全然とれなくなって……。それでかえって心が燃えたんですね」。

 いつしか野菜づくりは大竹さんの何よりの楽しみとなる。土日はもちろん平日の出勤前にも農園に足を運んだ。近所の農家のもとで栽培技術も教えてもらった。そして昨年、農業委員に紹介されて農地を取得。さらに会社に副業申請を認めてもらい、庭先で野菜の無人販売まで始めてしまった。

とても素敵な無人直売所。現在は年間30品目以上の野菜をつくり、1日に4000円以上売れることもある写真=大竹峻さん提供

 今は、自分でつくったものをとって食べることがとても楽しいという大竹さん。佑くんが畑で昆虫を見つけて喜ぶ姿に目を細める。子供と畑で過ごすこの時間も嬉しい。畑があることで、生活に農作業が加わることで、大竹さんの暮らしはずいぶん変わった。

野菜を収穫する大竹さん親子。子供が一緒に作業してくれることが嬉しい

育てた野菜で料理を提供する高さん

2人が経営するうめ農園食堂。昨年開店。店の横で農産物の直売もやっている

 浜松市村櫛町で「うめ農園食堂」を経営する高梅生さんと入戸野忠博さん夫妻も、10aほどの畑を取得し、野菜づくりに励んでいる。きっかけは中国出身の高さんが、農薬を使わずに育てた野菜を食べたいと、4年前に市民農園を借りたこと。さらに、好物の洋ナシも育ててみたいと農地取得を考えるようになった。

 浜松市では以前から、農家が誰かに貸したいという農地の情報を集めてリスト化した「農地銀行」という仕組みがある。入戸野さんは市役所に通い、リストから自分たちが耕作するのにちょうどいい小さい農地を探し出したそうだ。

 2人が経営する食堂は浜名湖の公園近くにある。高さんがつくった料理を提供し、弁当も販売する。畑で育てる野菜は自家消費だけでなく、その材料にも使われる。

 畑があれば「自分がつくりたいものを何でもつくれるのがすごくいい」という高さん。料理でひんぱんに使うニラや、栽培する人が近所におらず手に入りづらい、中心部まで赤いダイコンやパクチーのような野菜を無農薬でいろいろ育てている。高さんが作る本場仕込みの中華料理はお客さんにも好評で、近隣に食堂が少ないこともあり、公園の来客だけでなく、地元の人からも喜ばれている。

昼時には高さんがつくった弁当や総菜が店先に並ぶ

 中国にいた頃に野菜づくりの経験がある高さんと違い、入戸野さんはまったくの初心者だったが、高さんに教わりながら一緒に作業を覚え、最近は菌資材を使うなど栽培法を工夫するようにもなった。入戸野さんはいう。「私のように農業を知らない人ってたくさんいると思います。でも、とにかくまずはやってみるといいと伝えたいです」。

意欲ある参入者を重視した農地法改正

 農地を利用する権利は賃貸借や売買で取得できる。ただし、農地の適正利用や保護を目的に、農地法ではさまざまな制限が定められている。その一つである下限面積は、農地法3条で定められていたもので、農地取得後に最低これだけの面積を経営しなければいけないとされてきた基準だ。浜松市では、一部に30aや20aに設定している地区もあったが通常は50aだった。

 つまり、大竹さんや高さんらのように、非農家が新たに農地を手に入れて農業を始めるにはまとまった面積が必要で、これが新規就農のハードルになっていた。しかし、農水省は「農業者の減少・高齢化が加速化する中にあっては、認定農業者等の担い手だけではなく、経営規模の大小にかかわらず意欲を持って農業に新規に参入する者を地域内外から取り込むことが重要であり、これらの者の農地等の利用を促進する観点」(23年3月農水事務次官通達より)からこれを廃止。23年4月以降、大竹さんや高さんらのように、小面積でも農地取得が認められるようになったのだ。

あわせて読みたいバックナンバー:下限面積廃止で経営の大小を問わず「農業を担う者」を呼び込む(『季刊地域』2023年春号(No.53))

下限面積廃止で経営の大小を問わず「農業を担う者」を呼び込む
下限面積廃止で経営の大小を問わず「農業を担う者」を呼び込む:概要:『季刊地域』2023年春号(No.53) 34ページ〜37ページルーラル電子図書館

小面積の農地取得申請が100件以上!

 こうした「小さい農業」の増加に大きな期待を寄せているのが、市の農地利用課職員で農業委員会事務局でもある加藤裕さんだ。

浜松市産業部農地利用課の加藤裕さん。自分でも小面積の農地を取得して農LIFEを満喫中

 加藤さんによると、以前なら新たな農地取得は年間5件前後。それが、23年度は63件も取得申請があり、取得面積の合計は約5.8ha。24年度は12月までに81件、約7.3haにもなり、このペースでいくと申請は年間100件を超える見込みだという。

「平均すると10a未満の農地の取得が多く、やはり下限面積の廃止で小面積から農業を始める人が増えてきたといえそうです」と、加藤さんもその急増に驚いている。

 具体的には貸借による取得が多いそうで、大竹さんも高さんらも現在耕作している農地は3年間の貸借契約で取得した。農地の持ち主と期間を決めて契約を交わし、農業委員会に届け出て認可される。地主と互いに了承していれば、期間終了後も貸借契約を更新して利用を続けられる。

 なお、浜松市は耕地面積が約1万1700haと、たいへん広いため、農業委員と農地利用最適化推進委員とは別に、100人以上の調査委員という役職を設けている。新規の農地取得申請があると、調査委員による調査会が開かれ、取得内容について確認。また、取得から1年後に農地の利用状況を調査して無用な転用防止などに努めている。

耕作放棄地対策の鍵は「農LIFE」にあり

 農業算出額が500億円を超える浜松市だが、耕作放棄地は年々増え続け、現在は1000ha以上に広がっている。地域の農地を守るため、加藤さんも農業参入企業の誘致など日頃からさまざまな手立てを検討している。しかし、たとえば大竹さんの畑がある長上地区では、ショッピングモールの開発に伴って宅地化が進み・・・

特集:農家が足りない! 増やすために動く」のコーナーには以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌でご覧ください。

  • ・農家が足りない!――昨今の実情
  • ・小さい農業の応援に行政が乗り出した
  • ・技術・農地・機械のハードルを下げて 小さい自然栽培農家を増やす
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