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【米価高騰を考える】vol6(最終回) 安心して米をつくるための「岩盤」、直接支払いが必要だ 

令和の米騒動では、米価高騰以前の低米価や、資材・燃料代の高騰に苦しんできた稲作農家の実情にも注目が集まりました。高騰した米価がいつまでも続くとは思えません。今回の参議院選挙でも、立憲民主党の「食料確保・農地維持支払制度」、国民民主党の「食料安全保障基礎支払」といった直接支払いが公約に掲げられています。
両政党が提案する制度の原点は、民主党政権(2009~2012)が実施した戸別所得補償制度でしょう。『季刊地域』2018年冬号(No.32)には、政権交代後の自民党が戸別所得補償制度を廃止するのと引き換えに新設した「収入保険」の問題を指摘しながら、米農家の所得の下支えとしての直接支払いについて解説した記事がありました。その一部をお届けします。

文=鈴木宣弘(東京大学特任教授)、イラスト=ほししんいち、写真=編集部

『季刊地域』2018年冬号

●前の自公政権が提案した対策は強固だった

 民主党への政権交代と同時に、戸別所得補償制度によって所得の下支えとしての「岩盤」が具体化した。ただしそれは、固定支払いと変動支払いの組み合わせ、具体的には、米1俵当たりの平均コスト1万3700円と平均販売価格1万2000円との差額(1700円、10a当たりにして1万5000円の固定支払い)と、基準価格(過去3年の平均販売価格)と当該年の米価との差額(変動支払い)の組み合わせであった。米価下落が続くと両者に「隙間」が生じる。したがって、じつは1万3700円が岩盤にはなっていなかったため、のちに基準価格の固定が行なわれた(図1)。

民主党政権時の戸別所得補償制度
図1.民主党政権時の戸別所得補償制度

 その点で、注目すべきは、前回の自公政権でベストの選択肢として示された提案である(*1)。完全に生産費を補填するもので、政権交代後の当初の戸別所得補償よりも強固なセーフティネットだった。

 提案書に曰く、「いわゆる品目横断的経営安定対策は、補填基準が5中3平均(過去5カ年中、最高と最低を除く3カ年の平均)の価格であることから、米価が年々下落する局面では基準自体が下がり、補填額も徐々に減っていくこととなる(*2)。

 他方、新たな米価下落対策は、生産費を確保できる補填水準が維持されることで、中長期的な経営の安定化を図ることが可能となる。さらに、米の場合には、中・小規模農家の占める割合が大きい(担い手以外の販売農家による作付けが全体の約4割)ため、担い手だけでなく、それ以外の販売農家も対象にする対策とすることで、生産調整に関する不公平感を解消するうえで十分な効果が期待できる」。

*1 2009年、石破現首相が農水大臣だった際に、米政策改革の方向としてシミュレーション結果が示された。その中でベストとされたのは、販売農家を対象として、農家の手取りが平均生産費を下回った場合にその差額を補填する対策だった。

*2 品目横断的経営安定対策の販売収入の補填では、標準的収入(過去5年の中庸3年の平均収入)と当該年の収入の差額について、減収額の9割の範囲内で補填するとされていた。これをナラシ対策と呼ぶ。米価の低下が続くと標準的収入の基準が下がってしまう。

●農家の声で実現した政策を政争の具にした

 戸別所得補償が具体化したのは民主党政権であったが、政権政党にかかわらず、現場の声がナラシに岩盤を追加する形で「進化」させていたのである。だから農家は、戸別所得補償の法制化と長期継続を求めていた。戸別所得補償が中小規模の農家を対象にすることで「貸し剥がし」が起こり、構造改革を阻むとの批判もあったが、むしろ担い手は経営の見通しが立つので投資しやすく、規模が大きくコストの低い経営ほど交付金のメリットが大きいため、規模拡大が進んだとの評価が優勢である。全国の大規模稲作経営組織が廃止に強く反発したことが、岩盤政策への肯定的評価を物語っている。

 3年前の秋、大規模稲作農家の方から筆者に深刻なメールが届いた。その内容は、概略「2014年産米の価格低落は深刻で経営の存続に関わる。イネ刈りは終盤を迎えているが、青米が多く収穫量・品質ともあまりよくない。三重苦の秋である。まさに岩盤対策の復活が必要である」というものであった。

 自公政権は民主党政権時に導入されたものをすべて白紙に戻した。だが、政策は政争の具ではなく、現場の生産者や消費者のためのものだと肝に銘じるべきである。

●モラルハザード、バラマキ批判には妥当性がない

 岩盤の提供は、農家のモラルハザード(意図的な安売り)を起こすとして問題視されてきたが、必ずしもそうではない。

 標準的な経営において、例えば、目標水準1万4000円/60kgと現実の当該年の標準収入1万2000円/60kgとの乖離幅2000円の9割である1800円を固定支払いとして補填すると考えてみよう。努力の結果、当該年の収入が1万6000円になった経営でも1800円はもらえる。それを、わざと8000円で安売りしたとしたら、1800円をもらっても経営は苦しくなるだろう。高い価格で販売しようとする経営努力を促す要素が組み込まれるのである。

 一方、戸別所得補償により米の販売価格が安くなるのを問題視する声もあった。だが、価格が安くなれば消費者の利益は拡大する。消費者利益の増大のほうが財政負担の増加より大きくなり、日本社会全体の経済的利益は増加するということが経済学的にも示されている。そもそも「消費者負担型から財政負担型政策へ」と言ってきたのは政府である。

 また、販売農家全体に支払うことを「バラマキ」とする批判もあるが、その批判は当たらない。全国平均の生産コスト1万4000円を基準に補填するとしてみよう。生産コストが1万2000円の経営にとっては「ボーナス」になり、生産コストが1万7000円の経営には赤字のごく一部しか補填されないので、経営改善を促す効果が組み込まれる。補填基準が高すぎれば「バラマキ」となるが、全国平均で設定する場合には、むしろ逆に、かなりの「切り捨て政策」と批判されかねないほどである。つまり、支払い対象でなく支払い水準での調整が可能なのである。

●米国の収入保険は不足払いとセット

 今回の収入保険の導入にあたっては、米国も収入保険が主流になっており、それを手本とするという言い方がされる。米国は「2014年農業法で抜本的改革によって収入保険型に移行した」という言い方もされる。だが、ここには大いなる誤解がある。

 まず、米国では穀物について、目標価格(生産コストに見合う水準)と市場価格との差額を補填する「不足払い」(PLC)という岩盤政策がしっかりとある(図2)。トウモロコシ、大豆、小麦、米の目標価格は、小麦以外は2009~2010年の生産コスト(世界食糧危機で肥料・農薬・飼料価格も高騰した)を上回る水準に設定されている。2014年農業法では、農家は不足払いと「収入補償」(ARC)のいずれかを選択することになっている。収入補償は基準収入の86%を補償する仕組みだが、収入補償の基準収入を計算する販売価格については、「販売価格が目標価格(生産コスト)を下回る場合は、販売価格の代わりに目標価格を用いる」という形になっている。つまり、そもそも収入補償に岩盤が入っているのである。

図2.米国の価格補償の仕組み

 これは、前の自公政権のとき、2007年導入のナラシでは継続的な価格下落時に所得を支えられない、との現場の切実な声に対処しようとしたナラシの改善策と同じ考え方である。すなわち、例えば「5中3」の3年のうちに生産コスト1万4000円/60kgの米価を下回る年があったら、その年の値は1万4000円に置き換え、これを実質的岩盤にするというものである。

 このように米国では、不足払いか収入補償で生産コストに見合う岩盤が確保されているうえに、各農家の選択で加入する収入保険が準備されているのである。岩盤を廃止し、コストに見合う収入補償なしで、農産物価格がどこまで下がっても下がった状態での平均収入しか支えない「底なし沼」の収入保険のみが残されるわが国とは決定的に違う。

●日本の農政は世界に逆行している

 日本の農業は世界で最も過保護であると日本国民は長らく刷り込まれてしまっているが、実態はまったくの逆。世界で最もセーフティネットが欠如しているのが日本といっても過言ではない。

 欧州諸国では農業所得の90~100%が直接支払いの補助金で、米国では農業生産額に占める農業予算の割合が75%を超える(表)。しかも、欧米諸国は所得の岩盤政策を強化しているのに、わが国はそれをいっそう手薄にしようとしている。

表.農業所得に占める補助金の割合と農業生産額に対する農業予算の比率

 欧米では、命と環境、地域、国境を守る産業を国民全体で支えるのが当たり前なのである。農業政策は農家保護政策ではない。国民の安全保障政策なのだという認識を今こそ確立し、「戸別所得補償」型の政策を、例えば「食料安保確立助成」のように、国民にわかりやすい名称で復活すべきである。


(季刊地域No.32「収入保険は頼りになるか?」の一部を抜き出した内容です)


◎『季刊地域』2025年夏(No.62)には、直接支払いについて研究者が解説した記事が2本あります。そのうちの「『令和の米騒動』でわかった 今こそ直接支払導入の好機」は「最新号より」の試し読みでご覧になれます。

米価高騰を考える(全6回)


『季刊地域』2018年冬号「収入保険は頼りになるか?」の全文は、ルーラル電子図書館でご覧ください。

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