農山漁村には、耕作放棄地だけでなく、限界集落など、マイナスの通念、固定観念が多い。「巻頭言」の「現場で事実に驚く」ということは、本誌でも『増刊現代農業』でも肝に銘じてきたことだ。98年の「定年帰農 6万人の人生二毛作」は、日々農村を回る農文協職員の実感、帰郷の際に「むらおこしグループ」(兼業先を定年退職した9人)や「トンボの会」(定年後Uターンの130人)を知っての驚き、前年発表の「95年の新規就農者10万人のうち、5万9800人が60歳以上」という統計から企画したもの。その発行後、「NHKが『6万人』の根拠となった統計を求めてきたのですが、どちらの統計でしょうか?」と農水省の当の統計担当部署から電話。現場で事実に驚くことなく統計だけを見ていても、数字の意味を実感できないのだと思った。
 静岡市の朝市応援事業はアンケートで952戸中721戸が農業継続の意思を示したことから始まった(30ページ)。「日本の耕作放棄地は埼玉県の面積に匹敵」とひとくくりにしても何も始まらない。[甲斐]

 秦野市で定年後、新規就農した廣瀬清彦さんと大塚盛夫さんはともに66歳。神奈川県の「中高年ホームファーマー事業」で知り合った。耕作放棄地を県が借り受けて復元した畑で、基礎的な栽培技術を学ぶというもので、廣瀬さんは大塚さんのことを「きれいにマルチを張る人だな」と感心して見ていたという。次に2人が出会ったのは「はだの市民農業塾」(14ページ)。廣瀬さんは新規就農コースを最初から受講して1年で修了、大塚さんは農業参画コースから2年かけて学び、1年遅れて就農した。元商社マンと元電機メーカー勤務の性格のちがいだろうか。2人は農業塾OBの研鑽と情報交流のために今年結成された「はだの市民農業塾就農者連絡協議会」の会長と副会長に就任した。農業がつないだ縁はつづく。[阿部]

 仲卸「大治」(64ページ)の堀さんによると、「東京野菜」の生産者は当時の常務が練馬の直売所で発掘した。堀さんは新島の「豚芋」を見て、外食で使えると直感した。仲卸の開発業務とは、地域資源を掘り起こし、農の可能性を切り拓く仕事でもあると感じた。直売所のように地域と向き合う流通は、売り場も食卓も豊かにしてくれる。[馬場]

 かーちゃんの力・プロジェクト事務局の五十嵐裕子さん(39歳)は、福島大学のゼミの先輩だった(98ページ)。学生時代、冬の飯舘村へ寝袋ひとつで調査に入ったという五十嵐さん。「見かねた村のかーちゃんたちが米や炊飯器、味噌など次々に持ってきてくれた。あのときの御恩に報いたい」と。先輩同様、いまこそ福島の力になりたい。[蜂屋]

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