このコーナーは、「ゆるがぬ暮らし」「ゆるがぬ地域」づくりに取り組む、全国各地の耳寄りな情報です。webではその中のむら・まち元気便から“ちょっとだけ”公開します。

農高でも活躍!
ジャガイモ超浅植えとモミガラくん炭

酒井 潮


モミガラくん炭を培土にした苗は軽い

埼玉から
 川越総合高校総合学科3年生の「作物」という授業では、生徒22人が水田約2haを含む実習圃場でイネや野菜づくりを学んでいます。
 担当の渡部岩央先生は2014年度、春作のジャガイモをつくるのに、本誌の姉妹誌『現代農業』でもおなじみの「超浅植え」をやってみました。種イモがかろうじて埋まる程度に浅く植え付け、黒マルチをかけたら、追肥も土寄せもしない。収穫は拾うだけ。これでジャガイモがゴロゴロとれるという方法です。収量が安定し、掘り起こさないので手間がかからず、生徒も喜んでくれて良いこと尽くしだったそうです。
 また、消石灰を葉っぱにかけると、中が黒ずんです入りになるイモ(空洞果)が出なくなったといいます。
 2016年度には、イネの育苗培土にモミガラくん炭を使ってみました。それまでの土の培土では苗箱が6kgにもなります。生徒の8割は女子のため、これでは重くて大変です。そこで、10〜20a栽培しているもち米で床土を全量モミガラくん炭に替えてみたところ、水を入れても3kg程度。皆スイスイと作業をしていたそうです。
 今では、機械植えする分はすべて、床土にモミガラくん炭を使っています。自校で出たモミガラを、冬の間にドラム缶で、30kg入り米袋に50袋ほど焼いておくそうです。

離島で日本ミツバチ復活プロジェクト

稲福真一


日本ミツバチの採蜜

島根から

 隠岐諸島の西ノ島で教員を務めていた安達和良さんは、いつかミツバチを飼いたいと思い、約30年前から蜜源になる木を植えたりして準備してきました。
 しかし生息調査をしてみると、以前はそこらじゅうにいた日本ミツバチが、マツクイムシの防除のせいか、西ノ島では2集落でしか見られなくなり、隣島の知夫里島や中ノ島(3島合わせて「島前」)では絶滅してしまっていることがわかりました。これを憂えた安達さん、約15年前、日本ミツバチを復活させるプロジェクトを立ち上げたのです。
 初めて群れを捕獲し、3群に分蜂させることに成功したのが10年前。だんだん上手になり、毎年30群ずつ増やせるようになりました。
 これが軌道に乗ってきたところで、西ノ島で増やしたミツバチを巣箱ごと知夫里島と中ノ島にいるプロジェクトのメンバーに譲り、各島々で増やしてもらうことにしました。2島でもしだいに日本ミツバチが定着しています。メンバーも45人に増えました。
 その仲間のなかから、ハチミツを商品化し観光協会の店などで販売する人も3人出てきました。奈良から移住してきたIターン者や、岩ガキの養殖を本業とする漁師など、顔ぶれも多彩です。
 マツ枯れが進みマツがなくなった島前では、マツクイムシ防除もなくなりました。今、日本ミツバチの楽園になりつつあるようです。

地域の神社のしめ縄は老人クラブがつくる

荒井康介


しめ縄をなう

長崎から
 五島市の大川原集落では毎年旧暦の9月25日、神社に奉納する大きなしめ縄を老人クラブの会員が中心になって集落総出でつくる。公民館に40〜50人が集まり、木槌でワラを叩く人、縄をなう人など流れ作業で行なう。
 使うのは、天日干ししたもち米のワラ。集落の農家がそのために青刈りする。
 神事に使う縄は、市販のものと違って「左ない」なので、つくるには特に熟練が要る。人手不足がいわれるが、ここ大川原では経験を積まないと縄をなわせてもらえないそうだ。
 縄ないを指導するのは80歳代の会員。代々、年長者から伝えられてきたのだ。
 7年に1回の「七年祭」のときは特に盛況だ。境内に鳥居が7?8基立ち、神社から大川原集落へ神輿が出る。都会に出て行った若手もこの日は家族を連れて帰ってくる。「都会に住んでいても大川原が自分のふるさとだと感じるんでしょう。いい祭りだ」と大川原老人クラブ会長の谷川七兵衛さんはしみじみ言う。
 神主さんに届ける米俵十数個も皆でつくる。
 近隣では後継者不足で俵やしめ縄を毎年つくるのが難しく、前年のものを連用している地区もあるというが、ここ大川原では毎年新しくつくっているそうだ。「大川原に生まれてよかったなあと思う」。谷川さんは誇らしげに語る。

集落手製の造形展示会

香川貴文


松ぼっくりやスギの葉でつくった怪獣

鹿児島から
 長島町内の主要道路沿いにはところどころ、キングギドラやゴジラなどの怪獣、パンダのシャンシャン、魚など、数m級の巨大な置物がある。町で2年に1度、10月から11月にかけて開催される「ながしま造形美術展」に出品された後の展示品だ。
 この美術展、各集落や団体が一丸となり、スギ・竹・貝殻など身近な自然素材や、空き缶・ペットボトルなど廃材を利用して、一つの造形物を製作するというもの。どの集落にもいる鉄筋工や大工、土工などの技術を持った人が活躍するそうだ。
 材料はその集落内のものを使うのがルール。例えば巨大な魚の鱗なら、特産の貝を張り合わせてつくっていたりする。動物の毛にはスギの葉やイネを使った作品が多い。田尻という集落では以前イノシシの展示物をつくったが、その毛をイネで再現するため、刈り取り時期から逆算して播種したりと大変だったそうだ。その毛を張り付ける際は、集落の子供たちなど大勢で協力する。
 展示品の製作と出品には町から6万円の補助が出る。また、展示品はよそに販売することもでき、近隣の出水市などで展示されている作品もある。多くの場合10万円以上で取引するので、売れると集落にそれなりのお金が入る。

農村の日常を千代紙人形で再現

宮本奈緒


養蚕の作業を表わした千代紙人形

群馬から
 渋川市赤城町の持柏木という山奥の集落のおばあちゃんたちはとっても仲良し。ここの集落は昔全員で養蚕をやっていて、泊まり込みで共同作業した仲だからです。その養蚕組合が、現在の「ふれあい・いきいきサロン」持柏木支部の母体となっています。
 サロンでは、おばあちゃんたちが自分で企画して、ペットボトルボウリング大会やカラオケ、輪投げ大会や地域をめぐる散歩などを月1回、14〜15人で開催しています。とりわけみんなが楽しみにしているのが、年に1回の町田喜和子さんの千代紙展。
 喜和子さんはメンバーの一人で、千代紙で人形をつくるのが趣味。表現するのはすべて「農村の日常」です。昔の養蚕の共同作業や原木シイタケづくり、縄ない、田植え、ジャガイモの収穫、子供の遊びや運動会、婚礼などの様子を、それはもうリアルに再現しています。
 シイタケなら、太さや曲がり具合が少しずつ違う原木が組み合わされ、駒を打ったところまでも! 養蚕では、背負い籠に入ったクワの葉、繭を煮ているところ、糸を繰る作業など、工程が細かく描かれています。飼育棚に乗った蚕も、一匹一匹が動いているかのような細かさです。
 人形の帽子には「きわこ」や「よしお」などと実際にいる人の名前が書いてあるため、懐かしくて泣いてしまう人もいるそうです。

子育て主婦がつくる米袋グッズが大ヒット

樋口維史


米袋グッズ 写真=高木あつ子

新潟から
 米どころ、南魚沼市の若い主婦たちがつくった米袋グッズが大ヒットしている。米袋バッグとブックカバー、ミニミニ米袋のブローチ、ストラップ、ピアスなど。ブローチやストラップには本物の米が入っている。
 これらの商品をつくっているのは「NPO法人みんなの庭」メンバー約20人。子育て中の主婦らお母さんたちが集まり、子育ての悩みを話し合ったり、働いて収入が得られる場をと、2013年に立ち上げられた。
 メンバーの一人は、実家が米農家。お金をかけてオリジナルの袋をつくるが、空になったら捨てられる。「もったいない。何か使えないか」と考えたのがきっかけで、この活動が始まった。
 米袋は3枚構造になっており、バッグにするとたいへん丈夫。紐の部分まで余すことなく使いきり、袋の文字や絵柄をそのままデザインとして活かした商品になっている。材料の米袋は、近隣のレストランや農家からもらってくる。
 米袋グッズは、地元の飲食店や土産物屋など、さらに東京の米屋やネットでも販売。毎月100〜200点製作し、10万〜30万円の売り上げになる。それぞれ無理のないペースで仕事をし、自分がつくった商品の売り上げは自分の収入になる。「子供に服を買ってあげよう」など、楽しみも広がる。
 現在では米袋グッズづくりのワークショップも開いているそうだ。

放牧の敵、アザミ除草をイベントに

佐藤孝史


アザミを掘り取る

長崎から
 平戸市の山頭草原では、多くの農家が牛を放牧しています。しかし、牛が食べる草に混じって厄介な草が生えています。葉や苞に無数のトゲがあるアザミです。牛が草を食べようとして口にアザミのトゲが刺さることがあり、放牧農家が困っていました。また、遊んでいる子供たちの足に刺さることもあります。草原の環境整備を行なっている山頭牧野組合が除草しようにも、手が回りません。
 一方ここでは毎年4月初め、春休みで帰省中の家族などを対象に「山頭草原まつり」が開かれています。NPO法人山田・舘浦地区まちづくり運営協議会主催のイベントで、旧暦のひな祭りの日に家族でピクニックに行きお弁当を食べるという、古くからの風習を受け継いだお祭りです。
 ただ、最近ではやや盛り上がりに欠けるようになってきたといいます。そこで、「アザミの除草を草原まつりのイベントにしてしまおう」となりました。2016年、牧野組合とまちづくり運営協議会の共催で第1回が行なわれました。
 子供から大人までの約100人が、みんなで1時間ほどかけてスコップでアザミを掘り起こしました。その後、子供たちが草原をソリで滑り降りたり、絶叫大会や宝探しで楽しんだ後、開放感溢れる草原でお弁当を広げます。
 リニューアルされた草原まつりは18年で3回目を数えました。

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